第115話 偽りの少女達と裏の本心




 それから――。


 クロック・ロウ達パーティは、帰宅の準備を終えたソフィレナ王女の護衛任務のためネイミア王城を出た。



 ウィルヴァ・ウエストはハーライト王に呼ばれ、地下牢で尋問を受けているドリィ令嬢の立ち合いを依頼され向かっている。


 ドリィ令嬢もウィルヴァの説得に応じるほど信頼を寄せており、またネイミア王城内でも国王や王妃、騎士達に至るまで彼の評価が高かった。


 中には、このままネイミア王国に滞在し、次期勇者パラディンになってくれないかという期待を寄せる程であった。


 ハーライト王もそれを望んでおり、勇者パラディンを目指すウィルヴァ自身も決して悪い話ではなかった筈だ。


 しかし彼は丁重に断り、明後日には新しいパーティ達を引き連れて、祖国であるミルロード王国に戻る予定となった。


 きっとウィルヴァの中で、彼が唯一好敵手ライバルと認めた男、クロック・ロウとの決着をつけたいという思いが強かったのかもしれない。


 五年後の未来では確実に勇者パラディンの座を手にしたウィルヴァが、その時代では歯牙にもかけなかった雑用係ポイントマンの男に、ここまで気持ちを揺さぶられるとは運命の徒と言うべきなのか……。




 一人の男が『客間』に入って来た。


 恰幅の良い中年の男性。

 貴族の衣装を身にまとい、左胸にミルロード王国の紋章が縫い込まれている。


 ――ランバーグ公爵である。


「すまない。待たせたね、キミ達」


 ソファーにくつろぐ、四人の少女達に向けて言葉を発した。


 ウィルヴァの新しいパーティとなった冒険者達だ。


 銃術士ガンナーのカーラ、付与魔術師エンチャンターのロータ、女部族戦士アマゾネスのフリスト、暗殺者アサシンのスヴァーヴ。


 四人は立ち上がり、ランバーグに丁寧に頭を下げて見せる。


「皆どうか、頭を上げてほしい。年齢は上ではあるが、『竜守護教団ドレイクウェルフェア』内では、隠れ『信者』の私などより『使徒』であるキミ達の方が立場は上なのだから……」


 穏やかな声質に促され、四人は頭を上げる。


「それにしても、ランバーグ公爵様。些かシナリオが異なった様子でしたが?」


 カーラが丁重に聞いてきた。

 勝気な雰囲気とはことなり、礼節をわきまえた口調である。


「ええ……本来なら、ソフィレナ王女を毒殺させる予定だった……その為に闇商人へと変装した私がドリィ令嬢に特製の『呪殺術毒カースポイズン』を手渡したのだが、思わぬイレギュラーが発生したのでね」


「――クロック・ロウですか?」


「……そうだね。本当は片道切符の筈だが、何故か王城まで護衛してきた。彼の特殊スキルは厄介だ。死なない限り何度も『巻き戻し』ができるからね」


「《タイム・アクシス・クロニクル時間軸年代記》でしたっけ? 稀に見ない高度なレアリティを持つ特殊スキル……彼は一体何者なのですか?」


「さぁね。邪魔な存在には変わりないよ……我ら『教団』と『息子』にとってね」


 ランバーグの口から『息子』というワードを出た瞬間、カーラ達の表情が曇る。


「ウィルヴァ様……あの方は、このことをご存じないのですね?」


「無論だ。彼は私の正体も知らないし、本気で『勇者パラディン』を目指している優秀な息子だよ。義理だがね……どうしたんだね?」


「い、いえ……それにしても何故、対象者を『イサルコ王太子』に変更させるよう仕向けたのです?」


「一度回してしまった歯車は行きつく所まで止められないモノ。それに、私は『反国王派』として、この結婚を成立させるわけにはいかない。それに、ドリィもイサルコに思うところはあったようだからね。だから、私の『特殊スキル』で印象操作したのさ……イサルコが自分を捨てて、ソフィレナ王女を選んだとね。したがって『毒』を盛ったのは、あくまでドリィ令嬢自身の意志であり行いだよ」


「しかし真実は違っていた――ウィルヴァ様の調べで、二人は想い合っていた。しかも、ソフィレナ王女の去り際の良さから、結婚には乗り気でなかった様子も伺える。クロック・ロウではありませんが、少し待てば自然とゾディガー王の面子を潰すことぐらいできたのではないでしょうか?」


 ランバーグが『反国王派』を主張する割には、ソフィレナ王女とゾディガー王はほぼノーダメージである。


 結局、闇雲にネイミア王国を搔き乱しただけに過ぎない。

 カーラだけでなく、他の三人の少女も黙っているが頷き同じ考えのようだ。


「……キミ達の言いたい事はわかるよ。『教皇』様にも目立つのを控えるように教えられているからだろ? しかし、あのまま放置していたらドリィ伝手に『毒』の出所がバレても厄介だ。渡してしまった手前、使ってもらわないと困る背景もあったんだ……何せ、『呪殺術毒カースポイズン』は私のオリジナルだからね。わかる者が調べれば特定されてしまう可能性もあったんだ……そうなれば、『教団』や匿っている『竜聖女』様にも迷惑がかかるだろ?」


「確かに困りますね……出過ぎた発言、申し訳ございません」


 ランバーグの主張に、カーラ達は表面上頷き理解を示している。


 だが、彼女達は同時のこうも思っていた。


 ――この男、本当に『教団』の味方なのだろうか?


 どこか矛盾を感じ胡散臭さを感じつつある。


 しかし、『竜聖女シェイマ』を匿い、『竜守護教団ドレイクウェルフェア』に貢献しているのも事実。


 今は手を組まなければならない。


 ……あの勇者パラディンを目指す、銀髪の青年のためにも――。


「そもそも、ダナスとフェイザーさえヘマをしなければ、ランバーグ公爵様が自ら動かれる必要もなかった事ですね」


「……いや、『王女暗殺』を依頼したのは私達『反国王派』の都合であり責任だ。それこそ、クロック・ロウさえ護衛につかなければ……完全に、エドアールにしてやられたよ。今回の件でより難しくなったのは確か……ソフィレナ王女の件は、しばらく様子を観るしかないと思っている」


「クロック・ロウの件は、私達にお任せを……奴は『教団』にとっての敵でもありますから」


「わかった。ウィルヴァのことも含め、キミ達に任せよう……上手く彼を『竜神』様のご加護へと導いてくれたまえ」


「「「「はい」」」」


 最後は、四人の少女が声を揃えて返答する。


 ランバーグは微笑むと荷物を持って、『客間』出て行った。




 しばらく沈黙が流れる――。



「アンタ達、どう思う?」


 カーラが仲間の少女達に振った。


 眼鏡を掛けたハーフエルフの少女こと、ロータが頷いた。


「……はい、ですぅ。クロック・ロウの件は、シェイマ様の私怨のような気もしなくもないですが、『教皇』様の意に反するような存在であれば抹消デリートも視野に入れなければなりませんですぅ」


「オレはどうでもいい。けど、ウィルヴァ様が決着を望む相手……それが片付くまで生かしておかないと、ウィルヴァ様が可哀想だと思う」


「……フリストに賛同」


 蛮族風バーバリアンであるフリストの隣で、悪魔族デーモンのスヴァーヴは片手を上げて見せた。


 しかし、カーラは首を横に振るう。


「アタシが言いたいのは、クロック・ロウじゃない――ランバーグ公爵様についてだ」


「ランバーグ公爵様ですかぁ? カーラ、何が言いたいんですぅ?」


「相変わらず、すっとぼけてんね、ロータ。アンタ達もわかっているだろ? シェイマ様はランバーグ公爵を信頼しているようだけど、アタイは一切信用してないよ」


 はっきりと言い切るカーラに、三人は無言で頷いて見せた。


「クロック・ロウに関しても、ありゃ何か隠し事しているね……影で『反国王派』を掲げている懐刀の割には矛盾した点が多いよ」


「……案外、自作自演。別な目的がある模様」


「フリストとスヴァーヴの言う通り、アタシもそう思う。けど、まだ詮索できる段階じゃないね……それに、ウィルヴァ様――心から忠誠を誓ったアタシ達にとって事実上、人質のようなもんだ。あの方に害が及ぼさないよう、内密に警戒しなければならないよ」


 カーラの呼びかけに、三人の少女は力強く頷き同調する。


 同時に少女達は、こうも思っていた。


 今回の事件解決で、ネイミア王国ではウィルヴァの評判は一気に上がった。

 特にハーライト王とザビネ王妃から「次期勇者」とまで思われている。


 ――ひょっとして、最初からランバーグ公爵の本当の狙いはそこなのか?


 ソフィレナ王女の護衛に成功し親密になったクロック・ロウと、低迷ぎみだった大切な義理の息子の差を埋めるための策略。


 本来、クロック・ロウを暗殺する役目を担う自分達が、こうして表舞台に呼び出され、ウィルヴァをサポートするために変更されている。


 竜聖女シェイマに依頼し、そう仕向けたのもランバーグ公爵だと聞く。


 ならば予定通り邪魔なクロック・ロウを暗殺すれば良いのだが、ランバーグ公爵からはそこまでの意志はないようだ。

 寧ろ義理の娘であるユエルを預けて、彼らの成長を見守っている素振りすらある。

 

 ――何かが可笑しい。


 しかし、今更いくら疑念を抱いても仕方ない。


 少女達は考えるのをやめる。


 どの道、竜神様が目覚めれば……いや、教皇様が動き出せば、ウィルヴァが望む『勇者パラディン』など意味を持たなくなるのだから……。


 だが、クロックとの勝負に関しては、ウィルヴァが望むよう彼に勝たせてあげたい。


 たとえ無意味な行為だとしても、何も知らないウィルヴァの願いは叶えてあげたい。



 各国で暗躍する『竜守護教団ドレイクウェルフェア』に所属する少女達だが、ウィルヴァを純粋に想い慕う気持ちだけは本物のようだ。






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