第46話 スパルトイ・オーバーラン




「クロウ様ーっ!」


 気がつくとアリシアの声が聞こえる。


 俺は周囲を見渡し辺りを確認した。


 見慣れた石柱に規則正しく敷き詰められた石床――。


 なるほど……ここはジークの特殊スキル能力で構成された空間。

 《オブリビオン・アイル忘却の通路》の中ってわけだな。


 奴の罠にはまって、またこの空間に飛ばされてしまったようだ。


「アリシア! ディネとセイラも傍にいるのか!?」


 俺が大声で呼び掛けると、先の見えない前方の通路から三人が手を振って姿を見せる。


 常に直線なのにドーナツのようにぐるりと回ってしまう空間だからな。

 迷うことはないにせよ、仲間達の元気な姿に安堵する。


「クロウ、無事だったんだね~!?」


「まったく何がどうなっているんだい!?」


「本当にご無事で何より……」


 アリシアが言いかけた瞬間、端整な表情が強張り言葉を詰まらせる。

 何故かディネやセイラも何か様子が可笑しい。


「どうした、みんな? 何か問題でもあったのか?」


「いえ、クロウ様……その手は何でしょうか?」


 俺の問いに、アリシアは冷めた眼差しで指摘してくる。


 ん? その手だと……。

 確認すると、俺はずっとユエルの手を握っていることに気づく。


「あっ……ごめん、ユエル!」


「いえ、問題ありません……状況が状況ですから」


 俺とユエルは互いに頬を染めて握った手を離した。


 考えてみれば、未来で彼女と手を握る機会なんてまったくなかったな。

 現代ではかれこれ二度目だけど、なんて繊細で柔らかい感触だったろう。


 そう思うと余計にドキドキしてくる。


「なぁに~? ひょっとして二人でイチャついてたの~、クロウ!」


「アタイって女がいながら、クロウ、アンタ~!」


 ディネとセイラが睨み、何故か俺に向けて顔を近づけて迫ってくる。


「お、おい! 誤解すんなよ! これはだな……」


「んん! ところでクロウ様、妹殿はどうされたのですかな?」


 アリシアが咳払いをしながら聞いてくる。

 俺に忠誠を誓っているから二人のように表には出ないが、あからさまに不機嫌だ。


「ああ。メルフィは今、現実世界にいる」


「現実世界?」


「説明するよ。今、俺達がいる空間は特殊スキルで創造された領域エリア空間なんだ――」



 これまでの一連の流れを説明する。



「なんと……そのジークとやらは侵入者を排除する『竜守護教団』の使徒だったんですね?」


「その通りだ、アリシア。あの口振りだと、以前からミルロード王国の領地に潜伏していたようだ。この遺跡洞窟を拠点として信者を集めながら暗躍するのが目的らしい……んで、邪魔する奴や目障りな冒険者をこうして領域エリアに封じ込めて餓死させ殺しているようだ」


「クロウ、ここから自力で抜け出す方法はないのかい?」


 セイラが尋ねてくる。


「はっきり言って方法はない。一度入り込んでしまったら、能力者であるジークの意志か奴を斃さなければならないルールのようだ」


「そう言うわりには、クロウは随分と落ち着いているね?」


 ディネが不思議そうに猫のような緑色の瞳をより丸くする。


「メルフィを置いてきたからな。もうじき、ここから出られるだろう」


「妹殿ですか? 確かにあの若さとは思えぬ腕の立つ魔道師ウィザード……しかし聞く所によると、相手はジーク以外にも小隊規模の戦力もあるとか? いくらなんでも無謀すぎませぬか?」


 アリシアの言う事も一理ある。

 きっと俺が施したスキルも解除され、もうじき神殿の扉が開くことだろう。

 そして、100近い信仰騎士が雪崩込み、メルフィを襲ってくる筈だ。

 

 ――しかし、それが俺の狙い。


 だからこそ、俺はユエルを引っ張って自らこの領域エリアに入ったと言っても過言じゃない。


 巻き込まれるリスクを回避するため……。


「――メルフィなら大丈夫だ。それより、俺達もやるべきことをやろう。みんな手伝ってくれ」


「やるべきこと?」


 アリシア達は首を傾げ、俺はニヤリとほくそ笑んだ。







 ~メルフィside



 バタン!



 神殿の扉が開かれる。


 クロック兄さんが施したスキル能力が解除されたからだ。


「ようやく開きました! さぁ邪教徒共、自らの不敬を懺悔なさい!」


 さっき指揮していた水色の髪の少女が手にする槍を掲げ叫ぶ。

 その声に反応し、全身に鎧をまとい武装した信仰騎士達がときの声を上げ、一斉に押し寄せ襲ってきた。


 私は、まだ四つん這いのまま動かないでいる。



 クロック兄さん、ああ兄さん……。


 寂しいです。不安です……クロック兄さん。


 大好きな兄さん……私の兄さん。


 だから私とクロック兄さんを……引き裂いた、こいつらを……。



 ――こいつらを許さない!



 ブォォォォォッ!



 私を取り巻くように突風が吹き荒れ、近づいた信仰騎士の何名かが吹き飛ばされる。


「何だ!? 小娘の魔法か!?」


 ジークはその光景に驚愕する。


 私が《フォービドゥン・ナレッジ禁断知識》で咄嗟に放った『上級クラスの疾風魔法』だ。

 勿論、この程度で連中を殲滅できるとは思っていない。


 ――あの子の力を借りることにします。


 そう念じた瞬間、私の肩下げ鞄から人型の何かが降り、とことこと石畳を歩いて行く。


 目の前で止まり、私を守るよう佇む小さな存在。


 赤子ほどの大きさの竜牙兵スパルトイのスパルちゃん――。



「何だ、それは!? 何のぬいぐるみだ!?」


 ジークは眉を顰め指差して問い詰めてくる。


「この子は私を護るために存在する守護衛兵ガーディアン……そして、私の特殊スキル、《フォービドゥン・ナレッジ禁断知識》で生成した古代錬金魔法禁忌術テクノス・タブーの産物……」


古代錬金の禁忌魔法テクノス・タブーだと!?」



 刹那



 カタカタカタカタ――……


 スパルちゃんの体が小刻みに震えだす。


 漆黒の気が体内から溢れだし全身を覆い尽くした。



 ドン! ドン! ドン! ドン!



 太鼓を叩くような重低音が鳴り響く度、スパルちゃんの身体が二倍、三倍と膨れあがる。


 丸みを帯びていた愛らしい部分が消失し、全体に角張った武骨な姿へと変貌を遂げていく。

 やがて大人より二回りほど伸長した。


「何なんだ、こいつ!?」


 ジークを始めする周囲の信仰騎士達がその禍々しい姿に驚愕する。


 とてもと骸骨エネミー系は思えない太く大きい体躯。各所に当てられた鎧は重甲であり、特に両腕には拳闘士グラップラーさながらに鋼鉄手甲ガントレッドが装着され拳部分に漆黒の水晶球がはめ込まれている。

 角つきの兜越しから覗く骸骨の顔は憤怒の表情に歪み、息荒くよだれを垂らしていた。


 凶悪で獰猛な蒔かれた者スパルトイ――そう例えざるを得ない。



「――スパルトイ・オーバーラン竜牙兵の蹂躙。それがスパルちゃんの本来の姿です!」


「ガァルゥァァァァァァッ!!!」


 スパルちゃんは唾液をまき散らし雄叫びを上げる。


 私の背後に忍び足で近づき剣を向けようとする信仰騎士の顔面を拳で殴った。


 すると――



 ボォゴン!



 信仰騎士の顔面から上半身が身にまとう兜と鎧ごと消滅する。

 まるで巨大なスコップで土を抉り取ったような断面と下半身だけが残り、その場に斃れ伏せた。

 不思議に血は噴き出ることなく切断面は黒一色に染まり、淡い紫光しこうの筋が漂うように渦巻いている。


「うわぁぁぁぁっ、何なんだ!?」


 あまりにも奇怪な現象に騎士達は動揺した。


「それが、スパルトイ・オーバーラン竜牙兵の蹂躙の能力です。両方の拳に取り付けられた水晶球は『亜空間サブスペース領域フィールドを発生させます。その拳で殴られた箇所から直径30cmの部分が、その空間へと飛ばされるのです。飛ばされた部分は二度と戻ってくることはありません。そこは物理法則を無視した空間、きっと細切れの塵となり消滅することでしょう。当然この世界に残された部分はやがて死滅いたします!」


「なんだと……そんなバカな!? それじゃ、SR級の特殊スキルを持っているようなもんじゃないか!? たかが竜牙兵スパルトイ如きにそのような能力があってたまるか!」


「古代魔法を甘く見ないでください……特に『禁忌魔法』の類は神の領域に触れるが故、封印され倫理を無視した狂気と背徳の魔法。特殊スキルですら凌駕する力を生むのです!」


 それこそが禁忌。


 触れてはいけない禁断の領域。


 ――即ち『触れざる存在モノ』!






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