第68話 絶望と希望、成長と進化




「ようやく、くたばったか……残りは、パーティ仲間の小娘達のみ。まぁ、造作もないだろう」


 意識が薄れる間際、ガヴァチが言ってきた。


 小娘達……アリシア達のことか?


 消えかけた命の灯が僅かに回復する。


 しかし身体を動かすことも出来ず、何も見えない。

 辛うじて声だけが耳に入っている。


「じゃあな、クロック・ロウ。生まれ変わったら、竜守護教団ドレイクウェルフェアに迎えてやるよ……フフフ」


 ガヴァチは捨て台詞を吐き、その場を後に立ち去っていく。


 冗談じゃねぇっての。

 誰が両親を食い殺した『竜』を守護する教団に入るかってんだ。


 けど、いくら悪態を思っていても口に出すことはできない。


 頭に受けた傷は脳にも達しているのかわからない。


 いずれ思考が途切れ、今度こそ確実に終わってしまうだろう。


 流石に、二度目の時代遡及なんてないよな……。


 こんな形で終わってしまうのは不本意だけど……。

 あの糞未来に比べりゃ、楽しい三ヶ月あまりだったな……。


 みんな、本当にありがとう――……。



 カチッ……カチッ……カチッ、カチッ、カチッ



 さっきからずっと耳に残る微かな音。


 何の音だ……俺の胸元……内ポケットから?


 確か、ウィルヴァから貰った『懐中時計』が入っている。



 ――まさか、クロウ君。こんな所で諦めるのかい?



 ウィルヴァ?


 何故、あいつが俺に語り掛ける?


 時計の音と共に、はっきりと『ウィルヴァ・ウェスト』の声が響いていた。



 ――キミはまだ僕と何一つ競ってないじゃないか? 僕の好敵手ライバルじゃなかったのかい?



 うるせえ……俺はこのザマだ。


 もう勇者云々なんて言ってられねぇだろうが……お前がユエルを……彼女達を守ってやってくれ。



 ――それはキミの役割だ。キミはまだ本気を出していない。



 本気だと……俺が?



 ――今こそ本気を見せてくれよ。ときの操者として。



 ときの操者?


 ……何故、お前がそれを?


 俺は……俺は何をすれば……いい?


 どうすれば……アリシアを……みんなを守れる?


 ウィルヴァは何も答えない。


 ただ時計の音が、延々と耳鳴りのように響いていた。



ときの操者……」






**********



 夜陰の中。


 ガヴァチは『女子寮』の門前で佇んでいる。


 騎士団の見張りが数名いたが、《ムーバル・ディスク可動円盤》一瞬で始末してやった。

 おかげで、枚数が50枚と増えることに成功する。



 ヴォォォォォォン――



 ガヴァチに付き従う形で、『円盤刃』群が周囲に浮いている。


「……小娘達は五人。特に魔道師ウィザードの小娘が厄介だって話だったな」


 ガヴァチはそうは考えるも、殺し方は極めてシンプルだ。


 多少、他者を巻き込んでも構わない。


 いや面倒だ。


 女子寮にいる全員を始末してもいいだろう。


 その方がより確実だ。


 元々ここは『竜狩り』する冒険者達の育成所。

 竜守護教団ドレイクウェルフェアの『使徒』であるガヴァチにとって将来宿敵となる連中ばかりだ。


 ――『竜』は幼体だろうと駆除するべし。


 確か、スキル・カレッジの理念でも謳われているとか?


「邪教徒共……貴様らに、そっくりそのまま返してやるぞ」


 ガヴァチは門を潜ろうと一歩足を踏み出した。



「――知らねぇのか? そこは男子禁制なんだぜ」


 それは聞き覚えのある男の声だった。


「まさか!?」


 ガヴァチは耳を疑いながら振り向き、男の姿を凝視する。


 右足を引きずりながら、ゆったりとした足取りで近づいてきた。


 暗殺者アサシンが好む、漆黒のコート型防具をまとい、右手には片手剣ブロード・ソードが握られている。

 よく見ると左手首から下は切断されているようだ。

 艶やかな黒髪を夜風に靡かせ、月明かりが男の顔を照らした。


 その容貌に、ガヴァチは目を見開き驚愕する。


「クロック・ロウ!?」


 ガヴァチは、復活した少年の名を叫んだ。






**********



「バ、バカな……貴様はついさっき死んだ筈……確かに俺が殺した筈だ!?」


「虫の息だが生きてたんだよ。本当にギリギリで危なかったけどな……」


 俺は言いながら、ガヴァチに近づいて行く。

 さっきまで引きずっていた右足が回復し、今は普通に歩いている。


 そして――。


 右手に持っているのは、先程切断された『左手』であり片手剣ブロード・ソードが握られていた。

 俺は左前腕の切断面に左手首に押し当てる。

 すると何事もなかったように手首はくっつき、自由に動かすことが出来るようになった。


「左腕が治っただと……? なんだ、貴様……さっきと何かが違う?」


「人族だけに問わず、『知的種族』ってよぉ……何が凄いのかっていうと、死に際から這い上がる底力らしいぜ。俗に言う『火事場の馬鹿力』ってやつか? 特殊スキルにもそれが言えるらしいな……よく身に染みて思ったぜ」


「だから何だって言うんだ、このガキィ!?」


「成長……いや『進化』と呼ぶべきだな。ガヴァチ……テメェが死ぬ寸前まで追い込んでくれたからだぜ」


「進化だと!? 潜在的に宿る特殊スキルが……バカな! 聞いたことないぞ!」


「知らねぇよ。一つだけ言えるのは、俺は他者とは違う『ときの操者』っということだ」


ときの操者だと!? 一体何なのだ貴様……クロック!?」


「――とにかくだ! アリシア達には手出しさせない!! みんなは俺が守る!!!」


 俺は両方のブロード・ソードを抜き、ガヴァチに向かって突進する。


「フン! 今度こそ、確実に殺す――《ムーバル・ディスク可動円盤》!」


 ガヴァチの周囲で浮遊する『円盤刃』が一斉に襲い掛かってくる。


削除スキップ!」


 攻撃が届く前に、俺の身体は一瞬だけ消えて約1メートル先に出現した。


 『円盤刃』の攻撃は全て虚しく空を切る形となる。


「瞬間移動だと!?」


「ちげーよ。自分の移動時間を行きつく先へと『時間短縮スキップ』させたんだ。これが進化した能力の一つだぜ」


 ほんの数秒程度だが、俺自身あるいは触れた者の時間短縮スキップできるようになった。

 この能力で、今のように瞬間移動っぽい回避もできるし、ノーモーションで攻撃を当てることも出来るようになったのだ。


「なるほど、しかし忘れたか! 同じ空間内での《ムーバル・ディスク可動円盤》は、俺の意志で自在に操作できることを!!!」



 ヴォォォォォォン―!



 ガヴァチが叫んだ瞬間、俺の右大腿部が後ろから斬り刻まれ切断された。


「うぐ! この野郎――ッ!」


 能力効果で痛みはないも、カヴァチに向かって駆け出していたこともあり、勢いよく前のめりにバランスを崩してしまった。


 俺は倒れる瞬間、右手に持つブロード・ソードを真っすぐ投げつける。


 剣は弧を描き、カヴァチに向かって飛んでくもあっさり躱されてしまう。

 結局、遠くの地面に虚しく突き刺さって終わった。


「そんな見え透いた攻撃が当たるか! 暗殺者アサシンを舐めるなよ! どうやって復活したか知らないが、もうその足ではいくら『時間短縮スキップ』しようが逃げれまい!」


 カヴァチは勝利を確信し、増殖するムーバル・ディスク可動円盤に指示を送る。

 数えるのが面倒になるほどの『円盤刃』が、倒れ込んでいる俺の周囲をぐるぐると旋回し、徐々に距離を詰めていく。


「……確かに、これはもう絶体絶命ってやつだな」


「そうだろ! もう一度、死ねえェェェ、クロック・ロウ!!!」


「いや、テメェのことだよ、ガヴァチ――」


 俺が言った刹那。



 ズバァァァ!



 カヴァチの左大腿部が同じように斬り刻まれ切断された。


「な、何ィィィィ!?」


 そのままバランスを崩し、片膝を崩して倒れこんだ。


「これがもう一つの進化だ。自分や受けた攻撃や破壊した力を相手へそのまま与える『再生リプレイ』能力。お前のスキル能力で傷つけられた右足のダメージをそっくりそのまま、お前にお裾分けしてやったんだ。それに――」


 俺は右大腿部の傷口に『右手』を当てる。

 すると、刻まれた右足が巻き戻される形で再生し、元の状態へと回復した。


「なんだとぉ!?」


「以前なら右手と左手で使い分ける必要があった『早送りフォワード』と『巻き戻るリワインド』が、左右関係なく発動できるようになった」


 だから左手を失った状態でも、俺は復活することができたってわけだ。






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