第83話 周到に張り巡らせた罠




 ソーマ・プロキシィを炙り出すためとはいえ……パーティのみんなには嫌な思いをさせてしまった。


 指示した俺も申し訳ない思いで一杯だ。


 特にアリシア……。

 彼女が一番ソーマに目を付けられていたからな。

 

 それでも俺とウィルヴァの二人で立てた打ち合わせ通り、彼女達はきちんと奴の標的役として被害者を演じてくれた。



 全ては、ソーマを調子に乗らせ自分からボロを出させるために――。



 でなきゃ、二言目には決闘を申し込むアリシアがあんなしおらしくしている筈はないし、セイラなんて言葉よりも拳が先に出るタイプだ。


 メルフィだって、とっくの前に竜牙兵スパルトイのスパルを連れ出して、今頃大騒ぎとなっているだろうぜ。


 運が良くてもソーマは女子達にボコボコにされ、今頃は学院の屋上から吊るされているのがオチだわな。


 こうしたみんなの我慢と忍耐力の甲斐もあり、ソーマはまんまと罠にはまり、ついに尻尾を掴むことに成功したってわけだ。




 そして現在。


 思わぬウィルヴァの登場に、ソーマは顔を青ざめパニックを起こしている。


「ヤ、ヤベェ! テンション、サゲサゲ! マジ、ムカツク、パティーンじゃねーか!?」


 チャラすぎて何言っているかわからねーっ。


「ソーマ・プロキシィ。さっきウィルヴァが言った通り、今までの事は全てテメェの正体を炙り出すための演出だ。まさか、こうもあっさり尻尾を出すとは思わなかったがな」


「信じられねぇ! その為に、ウィルヴァは自分から『勇者パラディンの推薦候補』を蹴ったってのか!? オレを陥れるとしても、あのエドアールや教師達がここまで協力する理由がわからねぇ!」


「僕は『勇者パラディンの推薦候補』を辞退してないよ。それ自体がフェイクだからね。無論、成績はわざと落としたけど、その気になれば『不正』を犯したキミよりも、良い成績が収めらている筈だよ」


「ソーマ、お前、期末テスト前に答案用紙を盗んだだろ? 全部知っているんだぜ!」


「何故、お前らがそれを!?」


「夜間、教員室、いや学院内全体はエドアール教頭が監視しているんだ。半身である蝙蝠コウモリを使ってな。あの人は吸血鬼ヴァンパイア、つまり夜行性なんだぜ」


「エドアール教頭もキミのことを不審だと思って色々調べていたようだね。キミのステータスも特殊スキル以外は魔道具で細工されていた痕跡があったそうだ。だから、僕とクロウ君の二人で相談した際は、逆に褒められたくらいさ」


「んで、あの教頭にしちゃ珍しく、ノリノリで協力してくれたってわけだ。スコット先生とイザヨイ先生は打合せ通り、途中で模型と入れ替わってもらったぜ」


 ちなみに三人は『教頭室』の隠し部屋で待機してもらっている。

 俺達パーティとウィルヴァで、ソーマを再起不能にして捕まえるためにな。


「ぐぬぬう……」


 ソーマは悔しそうに身体を震わせている。

 完璧だと思っていた潜入が、事前に見破られたことがショックでもあったようだ。


 ここまで本性を曝け出したんだ。

 もう何一つ言い逃れはできない。


「フッ……アァハハハハッ! ヒィヤーァハハハハハハハハァッ!!!」


 突然、狂ったように笑いだす、ソーマ。


「何、笑ってんだテメェ?」


「ククク……いやよぉ。洗いざらいバレちまって一瞬だけ焦ったわ、いやマジで。けど、よく考えたら、これチャンス到来じゃね?」


「チャンスだと?」


「そうだよ――超ムカつく、テメェらを一網打尽にできる最大のチャンスだぁぁぁっ!」



 ブワッ!



 ソーマが叫んだ瞬間、スライム伸長され俺達の周囲を大きな壁で取り囲むように覆った。

 さらに石膏像を取り込み、大きくなった二つのスライムが融合する。


 その質量が、さらに倍に膨らんだ。


「オレの《ヴァミトゥ・スライム吐瀉物の粘液》は複数戦に特化された能力だ! テメェら雑魚がいくら揃っても、これだけ成長しちまえばなんも怖くもなんともねぇ! 取り込んで消化させてやるぜぇ! ドロドロに溶かしてなぁ! その後にエドアールを始末すりゃいいだけのこと! その気になりゃ、スキル・カレッジごと飲み込んでやんよ!」


「……なるほど、増幅タイプの具現化能力か?」


「ちげーよ! 放射型だっつーの! 口から吐くだろうが! そこ間違えんなよ、コラァ!」


 俺の言動に、ソーマやたらムキになる。

 妙なところにこだわる野郎だ。


「クロウ、駄目だ! いくらスライムを殴っても斬っても、うんともすんともならない! 下手したら拳ごと取り込まれちまうよ!」


 セイラが拳で殴ろうとして失敗し、鋼鉄手甲ガントレッド脱ぎ捨て脱出したようだ。


 アリシアも両手剣バスタードソードをスライムに取り込まれ後退している。


「言っておくがなぁ! オレっちの能力は物理的攻撃じゃ無敵の防御力だぜぇぇぇ!」


「なら、メルフィ! 炎系が凍系で攻撃を仕掛けてみてくれ!」


「わかりました、兄さん」


「させるわけねぇだろうがー!」


 スライムが広がり、メルフィの身体に纏わりつく。


「に、兄さん!?」


「メルフィ!」


「下手な指示をするんじゃねぇ、クロック・ロウ! だが安心しな、女達は簡単には殺さねぇ! まず、テメェとウィルヴァの糞野郎共をブッ殺してから、じっくりねっぷりと犯し尽くしてやんよ! ギャァーハハハハハッ!!!」


 ソーマの欲望に反応し、スライムは俺とウィルヴァに標準を合わせて伸びてくる。

 この野郎が言うように無敵の防御力と増幅力を持つ粘液スライムのようだ。


 だがしかし――。


「ソーマ君。僕達がノープランで、キミの前に姿を見せたと思っているのかい?」


 ウィルヴァが爽やかに微笑んだ。


「なんだと!?」


 瞬間、ウィルヴァの全身が黄金色に輝く。


 ――刹那、その姿が消えた。



 ゴッ!



 ほぼ同時に、ソーマが吹き飛び壁に激突した。


「ぶべぇ!」


 スライムの一部が蒸発し、大きな穴が開けられている。


 ソーマが立っていた場所に、ウィルヴァが右拳を掲げていた。


「――《ゴールド・フラッシュ黄金の閃光》。全身を『光』に変える事ができる能力さ。その加速力は光熱エネルギーを生み、触れた物を溶解させることも可能なんだ」


「ぐ、ぐぞぉ……よくもオレっちのイケメン顔を殴りやがったな……」


 ソーマは頬を腫らし、小刻みに震わせながらも起き上がってくる。

 思いの外、元気だ。


 よく見ると、自分の身体にスライムを纏わせていた。


「拳撃はもろくらっちまったが、壁に衝突する寸前でヴァミトゥ・スライム吐瀉物の粘液を幾つか吐き出して防御させたんだぜ~、無敵だろ~?」


「別に……次で仕留めるだけさ」


 ウィルヴァは動じず、背中から大剣クレイモアを抜いた。


「おい、優等生……オメェ、バカじゃねぇのウケる~! オレっちには人質がいるだろーが! 実の妹まで見捨てるのかい!?」


「ユエル?」


 気がつけば、ユエルの細い首にスライムの一部が伸びて巻き付いている。

 さらに、ウィルヴァが蒸発させて開けた穴も塞がっていた。


「本当は犯し尽くしてから始末するつもりだったが仕方ねぇ! まだ他の雌共のいるしな……ウィルヴァ、テメェが俺の攻撃を仕掛けようとするなら、妹から先に殺す! 取り込んでの吸収じゃねぇ! このまま首をへし折ってやるよぉぉぉぉ!」


「卑怯者……やはりキミは勇者パラディンになる資格はないね」


「最初っからなる気はねぇつーの、バーカ! マジウケる~!」


 ソーマはウィルヴァを嘲笑う。

 初めは相当ムカついた俺だが、ここまで醜いと滑稽にさえ思えてしまう。


「――もういい、ウィルヴァ。ここは俺に任せな。そんな奴、早くやっちまえ。アリシアも遊んでないで、とっとと武器を回収しろ」


「流石、クロウ様。既に理解していましたか……《マグネティック・リッター磁極騎士》!」


 アリシアは能力を発動させ、磁力で自分の両手用長剣バスタード・ソード鋼鉄手甲ガントレッドを引き戻した。


「なっ!?」


 ソーマは、その光景に目を見開き驚愕する。


「メルフィとユエルは俺が助けてやるからな――《タイム・アクシス・クロニクル時間軸年代記》、リワインド巻き戻す!」


 俺はメルフィとユエルの体に触れ、スキル能力を発動させる。

 拘束されていたスライムは引っ込み、二人は無事に解放された。


「クロック兄さん――!」


 メルフィは感極まって、俺に抱き着く。


「お、おいコラ……」


「兄さん。兄さ~ん♪」


 俺の胸に顔を埋めさせ、ここぞとばかり堪能しているようだ。


「こ、これ、妹殿! 今は戦闘中ですぞ!」


「いくら兄妹でも、ここまでだと引くね!」


「メルフィ、抜け駆けは駄目~!」


 メルフィはアリシアとセイラとディネによって引き離された。


「クロウさん、ありがとうございます!」


「俺達、仲間なんだから当然だろ?」


 綺麗な微笑で丁寧にお礼を言ってくるユエルに対して、俺も笑みを浮かべた。


「クロック・ロウ! 貴様の能力なのか!? なんなんだ、それ~!?」


「面倒くせぇから説明しねーよ。言っとくがソーマ、お前の特殊スキルは既に俺達に知られているからな。能力内容から弱点まで全てな!」


「なんだとぉぉぉっ!?」


 ソーマは腫れた頬を気にせず険しい表情を浮かべている。


 これもメルフィの禁忌魔法、《魔眼の精密鑑定デビルアイ・ハイアプレーズ》で、事前に調べてわかったこと。


 ウィルヴァが言った「ノープランじゃない」っという意味はそういうことだ。






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