第111話 父と娘の意外な再会




 ネイミア王城の『謁見の間』も、以前招かれた『ミルロード王城』と差ほど変わらない広々とした造りだった。


 警備目的の騎士達を始め、国を支える重鎮達が両側に並び、その中央の奥にある二つ玉座に二人の男女が腰かけている。


 ネイミア王国の現国王である、ハーラルト・ナダス・ネイミア。

 その妻であり王妃である、ザビネ・ナダス・ネイミア。


 暗殺されたとされる、イサルコ王太子殿下の両親だ。


 ハーラルト王は40代前半くらいで丁寧にそろえた髭を蓄えている。

 年相応の王様という感じだ。

 

 ザビネ王妃も同じくらいの年齢っぽく如何にも気品溢れる女性という印象を受ける。

 しかし急遽、息子が亡くなったことがショックのようで、白いハンカチを口元に抑えて嗚咽を漏らしていた。


 さっきの「身体検査」の件もあり、とても友好的に招かれたという雰囲気ではない。

 はっきり言えば葬式だ。


 俺達はソフィレナ王女を中心にして赤絨毯の上を歩き、二人に近づくと膝をつき頭をさげる。


 ちなみに『謁見の間』に招かれたのは、ソフィレナ王女と俺達パーティだけである。

 他の王宮騎士テンプルナイトと侍女達は客間で待機となっていた。



「よく来てくれた、ソフィレナ王女よ。わしがエルミア王国国王ハーラルト・ナダス・ネイミアだ……そして突如、このような事態になってすまない。護衛パーティの者達も迷惑を掛けてしまったようだ」


 ハーラルト国王は頭を下げて見せ、涙声で謝罪してきた。

 親衛騎士でえるスペンサー達の対応から、息子が殺されたことで気が荒ぶっていると思ったが、下々の俺達にも気配りしてくれる人格者のようだ。


「……いえ、ハーライト陛下。わたくしも驚きのあまり、まだ事態が呑み込めてない状態でございます」


 ソフィレナ王女は抑揚のない口調で丁寧に言葉をかける。

 普通、婚約者の死を悲しむものだが、顔も合わせたことのない相手に対してどう感情を向ければ良いのか戸惑っている様子だ。


「そうだな……わしも、まだイサルコが死んだとは信じられん。何故、このようなことになってしまったのかさえわからないでいる……」


「うう……イサルコ……」


 悲しみを堪えるハーライト王の隣で、サビネ王妃がすすり泣いている。


 ソフィレナ王女は勿論、俺達もどう反応したら良いのかわからない。

 こうして黙って跪くしかないだろうな。

 

「現在、まだ捜査中だが死因だけに、今も城内を中心に徹底して調べている最中だ。したがって何人たりとも城の出入りができないよう封鎖している……すまないが、二~三日は捜査協力で滞在してほしい」


「……わかりました。ですが、ハーライト陛下……そうなると、わたくしの今回の婚約は?」


「相手がいない以上、当然破棄になってしまう……本当にすまない。其方の父君である、ゾディガー王には、わしから伝えておこう」


「……はい、陛下。ありがとうございます」


 ソフィレナ王女は深々と頭を下げる。

 

 変な意味、元々断る前提だから結果オーライか。

 すぐ帰してくれとはとても言いにくいから滞在は仕方ないかもな。


 だが何か腑に落ちない――。


 おそらく、ソフィレナ王女の到着に気を取られている隙をついての犯行か?


 あまりにもタイミングの良さから、犯人はずっと王城内で潜伏して可能性が高い。

 それとも内輪の犯行なのか?


 だが、特殊スキル能力での暗殺となると城内で潜伏しているとは限らない。


 遠距離からでもキルする能力はあるし、何かのきっかけで能力が発動する『起動型』もあるからな。

 考えたらきりがないが、こうして時間が経過すればするほど的が絞れなくもなるだろう。


 どの道、犯人がこの結婚を良しとしていないのは確かだ。


 まぁ、痕跡を辿れるセイラもいるし、本当なら俺達が率先して捜査すれば何かしら全貌が見えてくるかもしれない。


 だけど、ここは『ネイミア王国』だ。

 俺達がしゃしゃり出て動くことはできない。

 

 自分から捜査協力に手上げしてもいいが、俺達の任務は『ソフィレナ王女を護衛』すること。

 イサルコ殿下を暗殺した犯人が、万一「反国王派」を掲げている奴なら、ソフィレナ王女を狙う可能性もある。


 だとしたら長居は無用。


 俺達が潔白なのは検査で証明されているなら、本当ならすぐこの城から出るべきだ。

 けど、この雰囲気ではそれはできそうにない。


 やはり犯人を捕まえるしかないのか――。



 そう考えていた時、誰かが『謁見の間』に入ってくる。



 身形の良く正装をした中年の男。

 頭頂部の髪が薄く、下腹部出っ張ったふっくらとした体形。

 丸顔で、ニコニコした温厚そうな顔立ち。


「おお、ランバーグ公。進展状況は如何なものか?」


 ハーライト国王が、その中年男の名を呼んだ。


 ……ランバーグだと?


「お、義理父おとう様……」


 俺の後ろでユエルは呟いている。


 ユエルの義父?

 ってことは、このオッさんがウィルヴァの義父にもあたる、ランバーグ公爵なのか?

 ミルロード王国の重鎮の一人で「懐刀」と呼ばれる人物だ。

 

 ランバーグ公爵は、ソフィレナ王女から離れた場所で膝をつく。


「はっ、ハーライト陛下。失礼ながら、まだご報告できる段階ではありません……わたくしは、ソフィレナ王女が到着されたと聞き、自国の家臣としてこうして様子を見て参りました次第でして……」


「……そうか、早とちりしてすまない。其方の立場であれば優先しなければならぬこと……良かったら場所を設けるので、皆でゆっくりと話すが良い」


 ハーライト王がそう言い、指を鳴らす。


 そのまま召使いに誘導され、俺達は別室へと招かれる。




 豪華な調度品と装飾の品々が並ぶ、これまた芸術感のある部屋だ。


 ランバーグ公爵に促され、俺達はソファーに腰を下した。


 生まれ持った顔つきだからだろうか?

 丸顔なのに両目が細いこともあり、特に可笑しくないのに笑っているように見える。

 一見して人柄は良さそうで、とても義理娘のユエルを冷遇してそうな雰囲気は感じられない。


「どうして、ランバーグがこの城にいるのです?」


 ソフィレナ王女が聞いている。


「おや? ソフィレナ王女は聞いておりませんでしたか……王女の結婚を機に、ミルロード王国とネイミア王国の外交再開の手続きと、落ち着くまで王女の護衛をする目的だったのですが……その為に『息子』を連れてきた次第でして」


 息子? ウィルヴァのことか?


 ……そういや、ランバーグ公爵もウィルヴァを連れて、既にネイミア王国に来ていたんだよな。

 目的とは、ソフィレナ王女が嫁ぐことで、両国の外交を再開させようとしていたのか?


 それまで、腕の立つウィルヴァに護衛させようとしていたようだ。


 案外、ガチの政略結婚ってか?

 まぁ、ゾディガー王も残りの余生で思惑は色々あるだろうが……。


 どの道、結婚がおじゃんになった時点で無意味になっちまったけどな。


「そうだったのですか……わたくしの事に関しては、もうその必要はなくなってしまいましたわ。事が落ち着けば、祖国に戻ろうと思っております。護衛はクロウ達にお願いしているので結構ですわ」


「……そのようですね。そうか、キミがクロック・ロウ君だね?」


 ランバーグ公爵は俺に視線を向けて話しかけてくる。


「はい、そうです」


「キミの噂と評判は多方面から色々と聞いているよ。特にユエルが世話のなっているね」


「……いえ、そんな」


 あっ、これチャンスじゃね?


 このオッさん、優秀なウィルヴァを寵愛しているようだが、ユエルにはおまけ程度しか思ってないようだからな。

 ユエルがどれだけ優秀な子かアピールして見直してもらおう。


「俺の方こそ、ユエル……いえ、娘さんにはいつも助けられております。こうして無事にクエストをこなしているのも、彼女が傍にいてくれるからです」


「……クロウさん」


 俺の賞賛に、ユエルが頬を染め照れて俯く。

 彼女の好感度が上がったのかな?

 反面、他の女子達から睨まれているけどね……なぁに毎度のことさ。


「そうか……良かったな、ユエル。いい仲間ができたようで、父さんも安心だよ」


 優しい微笑み穏やかなで義理の娘に声を掛ける、ランバーグ公爵。


 なんだ? 思っていたより、いい人っぽいぞ。

 建前の態度なのか? 見直してくれているのか?


「はい……お義理父とう様……」


 一方で、ユエルはどこか他人行儀で微妙な反応を見せていた。






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