第98話 グレー・オブ・アッシュ




~アリシアside



「クソォッ、仲間か!? まさか飛行能力を持つ奴がいたとは……しかし――!」


 フェイザーは悔しさに顔を歪めるも幻獣車両の外壁に異空間を生成する。

 吸い込まれる形で、再び内部へと入って消えて行った。


「また内部に侵入されたか!?」


 通常なら、あの左足では思うよう動ける筈がない。

 だが、フェイザーの特殊スキル能力なら、下手に歩くより瞬時に移動することができる。


 おまけに一ヵ所から複製コピーして複数の攻撃として繰り出すことも可能。


 ソフィレナ王女の居場所は知られてないとはいえ、しらみつぶしに捜索されたら、きっと見つかってしまう。

 フェイザーとて必死なのだから――。


 クロウ様達が屋上へ辿り着くまで、およそ1分くらいか。


 それ以前に、あのままフェイザーに身を隠されても厄介だ。

 やはり奴とは早急に決着をつけなければならない。


「ユエル! 私達も内部に入るぞ! 5階の窓に近づいてくれ!」


「はい! なんとかやってみます!」


 必死だが曖昧な返答をする、ユエル。


 彼女の特殊スキル、《イクアリティ・フェイト公正なる運命》の両翼は飛行能力こそあるが、あくまで紙滑空機グライダーのように風に乗って宙を舞うことしかできない。


 多少、コントロールはできるようだが、鳥のように自在に飛ぶまでにはいかないようだ。

 おまけに、私がこうしてしがみついていることで、ユエルにとっては重量オーバーとなっている節もある。



 そのユエルは両翼を羽ばたかせ、上手く風に乗って屋上へと舞い上がった。

 コントロールできない分は、私の《マグネティック・リッター磁力騎士》の能力で予め車体に与えておいた磁力で引き寄せながら近づいて行く。


 実は万一にユエルと遭遇しなかった際の保険として『磁力』を与えていたのだ。


 私とてクロウ様のために『覚悟』はあっても、いたずらに命を捨てるつもりはない。

 ね、願わくば、あの方と添い遂げたいと夢を見ているのだ……(照)。

 

 そして片手でバスタードソード両手剣を抜き、5階の窓ガラスを割って侵入した。



 降りた場所は、王女専用部屋がすぐ見える位置。


 案の定、フェイザーの姿は見えない。

 きっと、どこかに身を隠しているのだろう。


 現状でソフィレナ王女と合流するのは危険だ。

 みすみす彼女を危険に晒してしまうようなもの。


 かといって、このまま放置するわけにもいかない。



「アリシアさん、右肩に怪我をしているではありませんか? 今、回復いたしますね」


 ユエルが気に掛け声を掛けて来る。

 背中の両翼は解除せず、コンパクトに折りたたまれた状態だ。


 そのユエルの姿に、私はある思惑が過った。


「いや、後でいい――それよりユエル。お前の特殊スキルは、確か『生命力』を操ることができるんだよな?」


「ええ。操るというより、奪ったり与えたりするのですが……」


「では生命力を感知することはできないか?」


「両翼で物質に触れれば生命の存在を感じ取ることは可能です。ただ正確な場所の特定には至らないわ」


「それでも良い。やってもらえないか?」


「わかりました――《イクアリティ・フェイト公正なる運命》!」


 ユエルの背後にある両翼が広げられる。

 翼形態から歪で隆々とした両腕のようなギミックへと変形し、天井と床に分かれて触れられた。


「……この階で、わたし達以外の生命を二つ感じます。どちらも王女様の部屋から……それ以上はわからないわ」


「ありがとう、ユエル! それだけわかれば十分だ、行くぞ!」


 私はドレスの裾を持ち上げ、ユエルと共に王女専用部屋へと急ぐ。



 扉を開け、目的の部屋へと入った。

 

 室内には誰もおらず、破損したベッドやテーブルなどの家具類が破損して散乱している。


 一見して部屋中が荒らされた感じだが、奥側にある大きなクローゼットだけは妙に綺麗なまま置かれていた。


「アリシアさん、可笑しいわ。確かに二つの生命を感じたのに……」


「いや、ユエルのスキル能力に間違いはない。ソフィレナ王女は私の指示でこの部屋に隠れている。そして、フェイザーも私達に見つからないよう、室内のどこかで身を潜めているのだろう」


「え?」


「ソフィレナ王女、どうか出て来てください」


 私が指示すると、「はい」と女性の声が聞こえる。

 奥側のクローゼットの中からだ。


 クローゼットの扉が静かに開けられ、中から騎士の姿をした少女が出てくる。

 私と同じ顔立ちで、唯一異なった長くブラウン色の絹髪に少し垂れ下がった目尻。


 本物のソフィレナ王女だ。


 私と衣装を入れ替えさせ、ずっとクローゼットの中で身を隠していたのである。

 こちらが声を掛けない限り、物音を立てずにじっとしているよう予め伝えていた。


 ベタな隠れ場所だが、逆にベタすぎて案外気づかれないものだ。


 しかし何故、私は現状で王女を呼び寄せたのか。

 未だ危険な状況には変わらないにも関わらず。


 それには私の考えがあったからだ――。


「アリシア……曲者を討ったのですか?」


「いえ王女、これからです。どうか私達の傍から離れないで頂きたい。ユエル、これで攻撃対象は絞れた筈だ――奴を炙り出してくれ」


「なるほど、アリシアさん。そういうことね――《イクアリティ・フェイト公正なる運命》、吸収効果ドレイン発動!」


 ユエルの背後に浮かぶ、黒色の左翼であり腕と化したギミックは伸長され床に触れる。

 特殊スキル能力を発現させた。


 それは彼女が目視していない生命反応に向けて、吸収効果ドレインを放ったものだ。


 異空間を生成する『転移スキル』とはいえ、この部屋のどこかに潜んでいるのは事前に周知され明白である。

 壁の中や天井と床に潜んでいようと身体の一部がどこかに触れていれば、効果型の能力が適用できるように、ユエルの吸収効果ドレインも具現型とはいえ同様である筈だ。


 特にフェイザーは左足首が無い状態。

 否応でも部屋のどこかに接触しているだろう。


 さらに能力効果も、この室内と限定すれば十分に及ぶ範囲だ。


 そして。


「――おのれぇぇぇっ! いちいち勘に触る連中ばかりだぁぁぁ!」


 私達から真上の天井から輝きを放つ円枠が出現し、フェイザーがロングソード《長剣》を掲げて落下してくる。


 生命力を吸い取られたことにより、その姿は先程と異なり別人の風貌だった。

金色の長髪は真白になっており、肉体は枯れ木のように痩せ衰えている。

 若々しさのない、まるで老人のような姿だ。


 このまま身を隠していれば、全ての生命力が吸い尽くされると判断したのだろう。

 耐え切れず、炙り出される羽目となったのだ。


「貴様を殺して、生命力を取り戻す! 死ねぇ、小娘がぁぁぁぁぁっ!!!」


 フェイザーは、ユエルに向けて斬りつけようとロングソード《長剣》を一閃する。


 ――が、


「……女神フレイアよ。尊い命と正義を貫くため、悪に対する殺生をお認めください」


 ユエルの背後で両翼の腕がさらに変形し、白と黒の拳と化した。


「《イクアリティ・フェイト公正なる運命》――攻撃の型バトルモード! 《グレー・オブ・アッシュ白黒の灰》!」


 初めて目の当たりにした裂帛の気迫。


 ユエルは真上から攻撃を仕掛けて来る、フェイザーに向けて拳の連撃を叩き込む。



 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ――――!!!



「ぶべばぁぁぁぁぁぁ……!」


 全身に拳撃で浴びる、フェイザー。

 悲鳴にもならない声、さらにロングソード《長剣》がへし折られ、身にまとう防具も粉砕された。



 ドゴォォォン!



 フェイザーは吹き飛ばされ、天井に激突する。

 そのまま重力に引っ張られ落下し、床へと叩きつけられた。


 しかし、それだけでは終わらない――。


「ギャアァァァァ! 身体が……ワタシの身体が熱い! 燃えるように熱いぃぃぃぃっ!!!?」


 フェイザーは絶叫し、必死で喉元を掻きむしっていた。

 すると、肉体が酸に焼かれるように溶解され、骨までも溶融されている。


 身にまとっていた衣類以外の跡形はなく、フェイザーは消滅してしまう。

 最後に蒸発して燃え尽きた痕跡のような灰色の煙だけが、そこに立ち昇っていた。


 私はソフィレナ王女を抱きしめ、その無惨な光景を見せないよう配慮する。


 自分が指示したこととはいえ、背筋が凍える程の戦慄を覚えてしまう。

 

「……ユエルの《イクアリティ・フェイト公正なる運命》の両翼による同時攻撃は、相手の肉体を腐敗させる効果を生み、あのように全てを溶かしながら死に至らしめると聞く……まさかこれほどの威力だったとは」


 普段、ユエルの清らかなイメージとはまるで真逆の能力だ。


 特殊スキルとは神が与えた恩寵ギフトであり、能力内容は持って生まれた素質や気性によって決定付けされると言われているが……。


 《イクアリティ・フェイト公正なる運命》――生命力を操る能力。


 一見、神官見習いである彼女の優しさが反映したような特殊スキルと思われるが、こうして間近で見せられると末恐ろしい側面も垣間見えてしまうものだ。


 これも、ユエル・ウェストの内に秘める性質の一面なのだろうか?


 同じパーティ仲間である私でさえ、そう思えてしまった。






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