第6話 抗えない運命




 あれからスキル・カレッジに戻り、担任の『リーゼ・マイン』に体調が悪くトイレにこもっていたと説明した。


「えっと~、クロックくん、お腹ぁ大丈夫ぅ?」


 間延びした独特の口調。


 リーゼ先生は俺より年上だが、随分と背の低い女性だ。

 さらっとした栗色の髪を後ろに束ね、丸みを帯びた眼鏡をしている。

 顔も美人というより可愛らしい童顔で、制服を着ていれば生徒と間違われても可笑しくない。

 にも関わらず胸が大きい。相変わらず唯一そこだけは大人のようだ。


「はい、ご迷惑をお掛けしました。ミーティングに出られなくてすみません」


「いいよ~、どうせ顔合わせだからぁ。明日から一緒に頑張ろっね~!」


 リーゼ先生は片腕を上げ「ファイト~!」っとテンションを上げている。

 

 変わらないな……この先生は。


 普段からこういうノリだから、Eクラスの担任がやって行けるのだろう。

 頼りないが悪い先生でないのも確かだ。

 いつも優しくて誰にでも愛想がいいんだ。


 あっ、そういや五年後、結婚してバツイチになるんだっけ。


 なんでも金持ちの貴族にほいほいついて行ったのはいいものの、領土を『竜』に襲われ失い破産して、その借金の一部を背負うことになったとか?

 それで離婚して借金を返すのに娼婦館で働く羽目になるんだ。


 可哀想だから、卒業までに「お金持ちと結婚すると失敗するぞ」くらいは伝えておくか。




 その後、俺は高等部の男子寮に戻る。


 既に中等部で住んでいた家から自分の荷物が届いており整理していた。


 作業しながら、ふと思い返す。



 ――《タイム・アクシス時間軸



 俺の潜在能力であり本来の特殊スキル。


 しかも、レアリティ『SR』の最高ランク。


 本当なら教師達に打ち明ければ、A・B・Cの『対竜撃科トップクラス』に引き上げてくれるかもしれない。


 ――だがそれはしない。


 あくまで目立たず今のまま卒業してやる。

 冒険者になってソロで活動すんだ。


 そして自由気ままにスローライフってやつさ。


 この能力があれば『竜』も怖くない。

 わざわざ気乗りしない連中とパーティを組むこともないだろう。


 それに目立つってことは、あの『勇者パーティ』に入らされるかもしれない。

 またウィルヴァに声を掛けられ推薦枠でな。


 それだけは断固として避けなければならない。


 したがって舐められない程度に荒波たてないよう過ごさなくては……。


 勉強も一度学んでいるわけだし余裕だ。

 この際、新しい技能スキルの修得に専念しよう。





 次の日。


 俺はきちんと学院に登校する。


 Eクラスの教室に入るものの、みんな変わらず覇気がない。


 まぁ、入学して初っ端から「劣等生」のレッテル貼られていたら、そりゃテンションも下がるよな。


「いぇ~い! 皆さ~ん、今日もハッスルしちゃうぞ~!」


 唯一、リーゼ先生だけがテンションを上げている。

 なるほど、こう冷静な眼差しで見ていると、この先生が担任に選ばれた理由がわかってきた。




 昼休み。



 義妹のメルフィがやってくる。


「兄さん、あれから会えなくて寂しかったです。今日は一緒にお昼を食べに行きましょう、ね?」


 うぜぇ。


 だが断ると、もっとうぜぇ。

 また泣かれてしまいそうだ。


「わかった。今行くよ」


 周囲にも、メルフィはCクラスの優秀な妹で知られてしまっているので邪険にできない。


 しばらくは仲良し兄妹ごっこを演じるしかないだろう。


 案外、こいつから心変わりするかもしれねぇしな。



 あの時のように――。




 食堂に行くと、大きな丸テーブルが幾つも並んでいる。


 トレーに好きな食べ物を乗せ、みんな輪になって食べるバイキング式だ。


「兄さん、あそこの席が空いてますよ」


 メルフィが指を差した所に空席があった。

 丁度、真ん中の席であり偶然にも二つ席が空いている。


 だが、何か禍々しさを感じずにはいられない。


「……入学式から二日目」


 俺の脳裏に忌まわしい記憶が蘇る。


 ――そうだ、あそこの席はマズイ!


「駄目だ。違う席にしよう」


「でも、どこも一つの席しか空いてません……。私、兄さんと二人で食べたいです」


 随分と可愛いこと言ってくれるじゃねぇか。

 思わず、胸がキュンとするがその都度決まって未来のトラウマが蘇ってくるんだぜ。


 俺は一つしか空いてない席にトレーを置く。


 隣で食べている生徒の方に右手を添える。


「――《タイム・アクシス時間軸》」


 そいつの食べる時間を奪い操作する。

 本人は無自覚だが他所から見れば相当な早食いに見えるだろう。

 こうして早送りフォワードして、とっとと席を空けさせた。


「ほらメルフィ、席が空いたぞ」


「……兄さん、今何かしたのですか?」


「いや別に……一緒に食べよう、な?」


「はい」


 メルフィはにっこり微笑みを浮かべ俺の隣に座る。

 今の時代じゃ本当に素直で可愛い義理の妹だ。



 俺達が食べていると他の生徒達、特に女子達の溜息が漏れる。


 ほらな! やっぱり来やがった!


 俺はすぐ状況を理解する。



 ――アリシア・フェアテール。


 あの女騎士が食堂に入って来やがった。


 彼女の後ろにはファンクラブと称する複数の女子達が取り巻きのようについて来ている。

 あれだけの美少女にも関わらず、男子以上に強く毅然とした姿勢に憧れているとか。



 トラウマ・スイッチ心的外傷思考回路――オン起動



 それは入学式二日目。


 俺とメルフィは中央の空席で食事をしていた。


 するとアリシアが近づいて……。


「ここは私の席だ」


 と、因縁を付けられる。


 当時の俺は安っぽいプライドとメルフィの手前「誰が決めた!?」と反抗したのがまずかった。


 アリシアの逆鱗に触れて決闘を申し込まれてしまい、俺はその場でボコボコにされる。


 そしてあの女は言った。


「決闘に負けた貴様は今から私の下僕だ! 覚えておけ!」


 この瞬間から俺は下僕、いや奴隷としてこの女に付きまとわれることになった。


 考えてみりゃ全ての不幸が、そこから始まったのかもしれない。


 そんな情けない兄の姿を見て、メルフィも幻滅して俺を遠ざけるようになったんだ。



 ――だからさっき、俺は中央の席に座るのを拒否した。



 んで、こうしてまったく関係ない席に座ったのだ。


 これでアリシアに絡まれることはない。

 後は他人のふりして、やり過ごせばいいって寸法よ。


 つまり運命を変えてやったんだぜ。



 本来、俺達が座る筈だった中央の席に、ボケ~ッとしたEクラスの男子生徒がしれっと座っている。


 きっとあいつが俺に成り代わって、アリシアの下僕になるんだろうぜ。


 あ~あ、可哀想……だがそれも運命だ。

 


 俺は悠々と食事を楽しむ。


「――貴様、ここは私の席だぞ」


 ほら、来た。


 はぁ……どんな末路かわかっているだけに見てられねぇぜ。


 ドンマイ、頑張れ。


「貴様に言っているのだ! 何故、無視する!?」


 おいおい、いくらボーッとしているキャラでも無視しちゃいけないよ。


 そいつ、ブチギレたら容赦ないからね、いやマジで。


 くわばら、くわばら……。


「に、兄さん……」


 メルフィが俺の服を引っ張ってくる。


 んだよ、助けてやれってか?

 嫌だよ、相手見て言えっての。


 んな凶暴な女に関わっていたら命がいくつあっても――


「おい! 黒髪の男! 貴様に言っているのだ!」


「え?」


 俺が振り向いた瞬間、真後ろでアリシアが両腕を組んで立っていた。


「なぁぁぁぁにぃぃぃぃぃ!!!?」


 俺は声を張り上げ絶叫する。


 なんで俺に声を掛けてくるんだ!?

 中央の席はどうした!?


「ようやく気付きおって……早々に立ち去れと言っている!」


 どういうつもりだ、アリシアの奴!?


 まさか……最初から自分の席なんてなかった!?


 俺に目を付け因縁をつけるのが目的だったのか!?



 ってことは、こいつ……。


 最初から俺に目をつけ下僕として引き込むために……。



 俺はぐっと強く拳を握りしめる――。



「早くどかぬか! この無能者め!」


 そう、その一言だよ。


 俺が反抗しちまった、きっかけは……。


 ――いいぜ。


 運命が変えられねぇなら乗っかってやろうじゃねぇか。



 俺は立ち上がり、アリシアと向き合う。


「ほう、潔く席を譲るか。それとも何か意見でもあるのか?」


「いいえ、滅相もございません。Aクラスのアリシア様、ささどうぞ」


 俺はニッコリと微笑み、椅子に座るように勧める。


 アリシアはフンと鼻を鳴らし、座る。


「但し――」


 俺はメルフィが飲んでいた牛乳のグラスを持ち、


「テメェが牛乳塗れでよければな!」


 アリシアの頭上から牛乳をぶっかけてやった。


 周りが騒然となる。


 メルフィが両手で口元を押え「兄さん、何やっているの!?」っと、驚愕した表情を浮かべている。



 これは宣戦布告だぜ。



 抗えない運命に対しての――。



 そして、アリシア・フェアテール! お前に対してのな!






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