第144話 メルフィの告白




 俺はウィルヴァと正々堂々と戦って勝ちたい。


 ずっとそう思ってきた。


 だけど、あいつが何らかの悪事に関わっているのなら話は別だ。


 しかも手引きしているのが、義理の父親となると尚更見過ごすわけにはいかない。


 ――けど、ひとつ引っ掛かる点もある。


 竜聖女シェイマの件は、俺が歴史を変えたイレギュラーな事態だと割り切れたとして……。


 問題は、あの未来でもウィルヴァはランバーグとつるんで『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の暗躍に加担していたのか?


 俺が知る限り、ウィルヴァにその気配はない。

 ちゃんと勇者をしていたし、俺の情報で『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の討伐も躊躇せずやって退けている。


 もしかして今回のことも、俺が歴史を変えて起こしてしまったイレギュラーなことなのか?


 あるいは、ウィルヴァは何も知らされてない無自覚なまま利用され騙されているのか?


 ……わからない。


 仮にそうだったら、ユエルはどうなんだ?


 いや……彼女こそ未来と現在も変わらずランバーグから迫害を受けてきているわけだし、パーティを組むようになってから常に行動を共にしている。


 そのおかげで、エドアール教頭からもユエルだけは差ほど重要人物扱いされていない。



「真実を明らかにして、ウィルヴァさんが自滅するのは仕方ないかもしれません。ある意味、気づけない彼の自業自得かと……いえ、あれほど頭のキレる優秀な方が全く気づかないのも怪しいです」


 メルフィってば、エドアール教頭と同じことを言っている。

 やっぱ、そう見えてしまうんだろうな……。


「……二学期開始早々、俺もエドアール教頭から同じこと言われたよ」


「え? クロック兄さん……どいうことですか?」


 俺は妹であるメルフィならばと、エドアール教頭とカストロフ伯爵との密談内容を説明した。

 無論、アリシアとフェアテール家の事情ことや、ソフィレナ王女とゾディガー王のことは伏せた上でだ。


 このまま黙っていても、聡明なメルフィなら悟られてバレてしまうからな。

 だったら、この子も巻き込んで一緒に見極めてもらうのがベストだ。

 他の仲間達に気づかれないための口止めにもなるだろう。


 それに、このまま俺一人で抱えるのも辛くなってきたのもあるのだが――


 にしても、ノーヒントでここまで辿り着く妹の推察力も凄くね?



 メルフィは大きな黒瞳を何度も瞬きさせながら、俺の話を聞き入り頷いていた。



「……そうですか。今回の林間実習は、全てエドアール教頭が仕組んだことなのですね。どの道、ウィルヴァさんはもう……残念です」


「仮に、ウィルヴァは関与してなくても義理父の悪事を見抜けず、犯罪に利用されたという形で評価は下がる。いや、それよりも実は奴は加担しているんじゃないかとさえ思えてしまう……ユエルのためにも信じてやりたいと思っても、どうしても考えが過っちまうんだ」


「兄さんの気持ちもわかります……ユエルさんが疑惑から外されているのは幸いですが、それでもウィルヴァさんがそうだと知った日には、彼女もさぞショックでしょう」


「そうなんだよ……たとえ今回の林間実習で、ウィルヴァ達に不審な行動がなかったとしても、これからずっと疑いの目が向けられる。まぁ、ランバーグが逮捕されてしまえば時間の問題だろう」


「そういえば、アリシアさんのお父さんであるカストロフ伯爵も林間実習の場にいらっしゃいましたよね? ランバーグ公爵の捜査や指揮を取られないのですか?」


「ああ、林間実習の監視と同時進行でやるらしい。カストロフ伯爵の特殊スキルなら可能だって話だ」


 確か、《ディメンション・タワー異次元の塔》っていう特殊スキル能力だ。


 一度訪れた場所にマーキングして、独自で創った異次元空間を通して自由に行き来できるらしい。

 ただの瞬間移動スキルじゃなく、戦闘にも応用できることから、どうやら異次元空間を創り出す能力のようだ。


「随分と用意周到ですね……クロック兄さんに話したのも、迂闊に疑惑のある彼らとの接触を避けるためですね?」


「ああ、そうとだも言われた。俺も今回の林間実習は色々な意味で楽しみにしていたからな……すっかり水を差されちまったけどな」


 きっとエドアール教頭に、俺がウィルヴァに執着していることは、とっくの前に気づかれていたのだろう。

 だからこその警告であり用心への呼びかけだ。


「そうだ。『竜守護教団ドレイクウェルフェア』、特にシェイマには俺だけじゃなく、メルフィの命を狙っているかもしれない……お前も気をつけてくれよ」


「はい、私は大丈夫です。スパルちゃんを連れてきていますから」


 ああ、あの凶悪な竜牙兵スパルトイか。

 メルフィを護るために存在する守護兵ガーディアンだからな。


 ん? だけど……。


「メルフィ、いつもの片下げ鞄はどうした? スパルは連れてないのか?」


「テントの方に置いてきています。あの子、とても焼き餅焼きですから……」


 メルフィは不意に俺に抱き着いてくる。


「お、おい……」


「うふふ……クロック兄さんの温もり」


 頬を染め、恍惚な表情を浮かべて見つめてくる。


 みんなに見られていないのをいい事に、ここぞとばかりに甘えたいらしい。

 まさか、二人っきりで話したかったのは、それも含まれているのか?


 俺はやれやれっと思いながら、メルフィの艶やかな黒髪を優しく撫でる。


 メルフィは、よりトロけたような微笑みを浮かべる。


「……兄さん、お願いしたいことがあります」


「なんだい?」


「もし、勇者パラディンになった暁には、私をお嫁さんとして迎えて頂いてもよろしいですか?」


「え!?」


 いきなりの唐突なお願いに、俺は声を荒げてしまう。


「駄目ですか?」


 メルフィは綺麗な黒瞳を潤ませた。


「いや、駄目も何も俺達兄妹だろ?」


「でも、私達は血の繋がりはないですし……私はずっと兄さんの傍にいたいです」


「別に今でも傍にいるじゃないか? 俺はメルフィを大切な妹だと思っている。これからも、ずっとだ。結婚となると話も変わるし、俺だって色々な心の切り替えも必要となる……だから今すぐの即答は難しいよ」


「はい、わかっています。ただ心に留めて頂きたくて……私の気持ち。以前はずっと妹のままで良いと思っていたんですけど……ソフィレナ王女様からお話を聞いて以来、兄さんへの想いが増すばかりでして」


「え? 姫さんから……あっ、一夫多妻制か?」


 メルフィは耳元まで赤く染めて頷く。


 確か『勇者パラディン』か『竜殺しドラゴンスレイヤー』に選ばれると、特権として認められるんだ。


 リーゼ先生もなんか期待しちゃっている感じだからな。


 どうしよう……。


 そう考えると、真っ先に彼女の姿が浮かんでしまう。


 ――アリシア。


 最近じゃ、特に……。


 しかし、メルフィもそこまで俺と一緒にいたいと思ってくれているとは……。

 素直に嬉しい。だけど俺は今まで、彼女を「大切な妹」としか見てなかったわけで。

 さっきも言ったが、そう簡単に気持ちが切り替えられるか考えてしまう。


 だけど、このまま俺が勇者パラディンに決まるのなら――


「そうか……けど、やっぱり時間が欲しい。でも俺だって、メルフィとずっと一緒にいたいと思っているからな。そこは間違いないからな」


「はい、信じております……クロック兄さん」


 うん、かわいい。

 つーか、綺麗だ。

 

 今まで、メルフィを妹としか見てなかったけど、これからは一人の女の子として向き合うべきだと心に決めた。


 あれ? だとしたら余計、こうして抱き着いてベタベタするのって問題じゃね?


 そう思っていた矢先だ。


「――ああ!? 声が聞こえないと思ったら、やっぱりメルフィが抜け駆けしていたよー!!!」


 何故か上空からディネの声が響き、俺は視線を向けると、大樹の枝に立って凝視していた。


「ディ、ディネ!? お前、どうして?」


「精霊達が教えてくれたんだよ! クロウとメルフィがイチャコラしているって! 兄妹なのに!」


 やべぇ。

 

 そういや、こいつにはその手・ ・ ・があったんだ。


「おいおい、誤解すんなよ! これは話ついでのスキンシップっていうか……」


 駄目だ、言い訳できねぇ。

 なまじ当たっているだけに……。


 ディネの出現でメルフィの魔法が解けたのか、他の女子達も物凄い形相で駆け付けてきた。


 俺は慌てて、メルフィを離れさせた。


 ディネは大樹から降りて、キッと俺に睨みつける。


「クロウ! まさか、もうメルフィを正妻に決めたの!?」


「はぁ!? 正妻って何だよ!?」


 ブチギレながら意味不明なことを言ってくる、ディネルースに俺は顔を顰める。


「誰が最初に、クロウと結婚するかって話! 今、ボク達の間で揉めに揉めまくっているんだよぉ!」


 なんちゅーことで揉めてんだ、こいつら!


 まだ、俺が次期勇者パラディンになったって知らない筈だろ!?

 超気が早えーんだけど!


 そこに俺の意志は含まれてないんかーい!

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