第145話 有り余る女子達の想い




「以前から思っていたが、妹殿は些かクロウ様に甘えすぎではないか? いくら兄上とはいえ……ブツブツ」


 しかめ面でアリシアが不満を漏らしている。


「ってゆーか、メルフィ、アンタはクロウの妹だろ? いつもアタイらの会話に入ってくるけど、アンタが初婚や正妻候補に入れるわけがないんじゃないのかい?」


 事情を知らないセイラは諭していた。

 つーか、お前らもお前らで普段、どんな会話をしているんだ?


「わたしもウィルお兄様のこと大切ですけど……メルフィちゃんは何か違うと思います」


 うん、ユエル。

 その通りなんだけど……この場でウィルヴァの名前を出されると心が辛い。


 女子達の非難は、俺じゃなくメルフィに向けられる。

 

 いつも物静かで冷静クールな妹は、珍しく強気に舌打ちしていた。


「なんですか!? 私がクロック兄さんにべったりすることが、そんなにいけないことですか!? どうせ皆さん、羨ましいんでしょ! だったらそう言ったらどうですか!?」


 しまいには喧嘩を吹っ掛けてしまう、メルフィ。


 アリシア、セイラ、ユエルは「んん……!」と口を閉ざして黙り込む。

 

 おい、まさか論破されたの?


 え? そうなの? みんなそう思っているの?


 あれ、なんだろう……めちゃ嬉しい!


「ああ、そうだよ! ボクだって、ずっとクロウに抱き着きたいのを我慢しているんだからね~!」


 ディネは言いながら、俺の胸に飛び込んできた。


「お、おい、ディネ!?」


「ちょっと、ディネさん! 兄さんから離れてください!」


「メルフィばっかりズルいよ! クロウはみんなのクロウなんだからね!」


 みんなのクロウって、いつからそうなったの?

 ってより超最年長のお前が、14歳の挑発に簡単に乗っかるんじゃねーよ!


 あっ、でも、メルフィとまた違った柔らかい感触といい香りでドキドキしてくる。


「だったら迷うことないねぇ! アタイも参加するよー!」


 セイラまで両腕を広げ飛び込み、俺に抱き着いてくる。

 長身もあって、俺の顔にバインバインの両乳が挟まれいき、そして埋められていく。


「セイラ、やめ……苦しい!」


 超幸せな感触だけど苦しいのに変わりない。

 今、ここで昇天するわけにはいかないんだ。


「ごねんよ、クロウ! 今宵は満月なんだ……アタイの、アタイの白狼族の血が疼いちまうんだ!」


 いきなりの発情宣言。

 セイラさんってば、こんな時にカミングアウトされても……。

 頼むから加減してくれ~。


「貴様らァ、いい加減にせんかァ――《磁極騎士マグネティック・リッター》!!!」


 アリシアは特殊スキル能力で、ディネとセイラに磁力を施して強引に俺から引き離した。

 相変わらず汎用性の高い能力ぶりだ。

 しょーもない理由で乱用しているけどな。


「我が主への無礼、このアリシア・フェアテールが許さんぞ!」


 アリシアは俺を庇い立てながら、何気に密着してくる。

 豊満な胸が、ぷにゅっと俺の胸に当たってしまっていた。


 や、やめろ、アリシア……。


 今、お前にまでやられてしまうと、流石に俺の理性が持たない。


 現に本当なら、俺からも自制を呼び掛ければいいのに、つい受け身で流されてしまう。

 

 本能的に彼女達の行為が嬉しく、男としてつい満喫してしまっている。


 これまでトラウマのせいで「あっち系」疑惑が持たれていたけど、俺もノーマルな男子という証拠だと思った。



「――皆さん、本当にクロウさんが好きなんですね」


 ユエルが離れた場所から慈愛が込められた微笑みを浮かべている。


 この子は、こういったことには参戦してこない。

 いつも一歩距離を置き、温かく見守っている。


 まぁ、実際に俺のことどう思っているのかもわからないし、それが普通なんだろうけどね。


「どうしてユエルは、クロウのところに行かないの?」


 吹き飛ばされたディネが余計なことを言ってくる。


「わ、わたし?」


「だって、ユエルだって……海水浴した後に言ってたじゃない?」


「ちょっと、ディネさん! クロウさんの前でやめてください!」


 ユエルはそわそわしながら、横目で俺の方をチラ見してくる。


 なんだろう……普段、彼女達がなんの話をしているのか、俺にはわからない。

 

 ターミア領土での海水浴した後か?


 ユエルに素敵って言ってくれたんだよな。

 ひょっとしたらワンチャンあると思ったりして……。


 普段、控えめすぎる子だから、雰囲気で言ってくれたのかわからない。


「やめなよ、ディネ。その子は初心なんだから、そういうのに免疫がないんだよ。なぁ、ユエル?」


 セイラは姉御肌で上から目線で言っているけど、お前だって思いっ切り免疫ねーだろ。

 稀に俺がふざけて尻尾を触ると「ひゃ! やめろ~!」って艶っぽい声だしてくる癖に。


「知りません! 皆さん、明日に備えてもう休みましょう!」


 ユエルに怒り口調で促され、全員が「はい……」っと渋々テントへと戻っていく。

 いつの間にか、俺よりリーダーしていた。


 俺はメルフィに目を向ける。

 さっき途切れてしまった(メルフィのせいでな)内容で、この林間実習でどうしていくのか打ち合わせをするのを忘れていた。


 とにかく、シェイルって子が本当に『竜聖女シェイマ』なのか確かめなければならない。


 周囲、いやユエルに知られないよう配慮も必要だ。


 義理父のランバーグだけじゃなく、実兄のウィルヴァも『竜守護教団ドレイクウェルフェア』加担している可能性がある。


 その真実を知って悲しむのは、彼女なのだから……。


 メルフィは形の良い顎先に指を添え、真剣に思考を巡らせている。

 きっと、メルフィなりに妙案がないか捻出しようとしているのか?


「……先々を見据え、このままクロック兄さんの『妹ポジ』という『シード権』を行使していくのも必ず限界が生じるでしょう。であれば、今からでも女子として皆さんと対等に並ぶ必要があります……ですが、それでは『兄さん』って呼べなくなりかもしれない……それも嫌です!」


 おい、メルフィ! 気にするところ、そこじゃねーだろ!?

 妹ポジのシード権って初めて聞いたわ!


 そんなことより、シェイマの件はどうなったんだよ~!?


(……駄目だこりゃ)


 心の中で呟き、深く溜息を吐いた。




 それから俺は焚火の前で見張り番をしている。


 一応は雑用係ポイントマンの仕事だからな。


 女子達は俺が設営したテントの中で休んでおり、時間が来たら交代する予定だ。


「――騎士さん達も、一緒にどうっすか?」


 俺は離れた場所で待機している、護衛役である10名の騎士達を誘ってみた。


 全身に鎧をまとっている騎士達は焚火を起こさず、特に何かすることなく黙って座っている。

 俺に声を掛けられても、彼らは無言で首を横に振るうだけだった。


「……可笑しな連中だぜ」


 まぁ、いいやっと俺は炎を愛でる。


 やっぱり、こうしている時間が一番落ち着く。

 

 あの未来でも、そして今でも。


「――クロウさん、少しいいですか?」


 ユエルが一人でテントから出てきた。


「ああ、眠れないのかい?」


「はい、いえ……さっきのこと謝りたくて」


「謝る? 俺に何を?」


「皆さんの前で取り乱してしまって……」


「ん? ああ、あれくらい……他の連中なんて、もっと取り乱していたというか、見境なかったじゃないか?」


 セイラなんて満月で、もろ発情していたからな。

 だけど、メルフィとディナ、それにアリシアも様子が変だった。


 これまで以上に過激なアプローチぶりだった気がする。

 やたら初婚や正妻にこだわっていたみたいだからな。

 

 これも全て、ソフィレナ王女が『一夫多妻制』をみんなに教えたからだ。


 てか、俺の意志や主張が何一つ反映されてねぇじゃねーか!?



「……それでも、わたしらしくなかったというか」


 ユエルは異色の瞳オッドアイを逸らし、じっと炎を見つめている。


 この子は俺をどう思ってくれているのだろう?

 ふと、そう過り知りたくなってしまった。


「ユエルは……そのぅ、俺なんかとは迷惑だよな?」


「え? いえ……決して、そのようなことは……」


 え!? ってことは……嘘、ガチで!?


 やばくね!?


「じゃ、じゃあ……いや、今はいいや」


 駄目だ……これ以上、聞けないや。

 

 ユエルにはこれから残酷な現実が待っているかもしれないんだ。

 

 義理父ランバーグの逮捕――。

 さらに、ウィルヴァの勇者パラディン候補の除外――。

 

 そんな時に色恋沙汰なんて……とても。


「わたし、クロウさんに会えて良かったです」


「え?」


「こうしてパーティに入れてもらって……皆とも一緒に過ごせてとても楽しい」


「ユエル……俺達はこれからも、ずっと一緒だよ。たとえ何があってもな」


「はい、クロウさん」


 ユエルは声を弾ませ嬉しそうに優しく微笑む。

 まるで見ている俺の心が清められていく、とても素敵な笑顔だ。


 そうなんだ。


 ユエルは俺達の大切な仲間に変わりない。


 だから何があっても必ず守ってみせる。


 心の中で俺はそう誓いを立てた。

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