第146話 乙女達と竜の捜索




 次の日の早朝。


 ここ『闇光あんこうの樹海』にて、俺達の『竜狩り』が始まった。


 定番の魔物モンスターから、滅多に見慣れないレアリティの高い強力な魔物モンスターが出現しては俺達に襲い掛る。


 その都度、互い手を取り、得意のチームワークで危なげなく討伐していった。


 しかし、肝心の『竜』とは一度も遭遇していない。


「――ふぅ。手つかずの危険地帯と呼ばれるだけあり、凶暴な奴が多いな。こうして地図マップを見ても、事前の情報が一切ないからな……エルダードラゴン盛竜が潜んでいるのかもわからない」


「案外、エンシェントドラゴン古竜が潜んでいたりして?」


 迷子にならないよう地図マップをチェックする俺に、ディネが可愛い小顔を覗かせて、いたずらっぽく言ってきた。


「一応、ここもミルロード王国の領土には変わりないからな。んな最上級竜が現れたら、今頃は国中が大騒ぎだ。とても『林間実習』どころじゃないさ」


アースドラゴン陸竜が潜んでいる形跡もないね……上空も、これだけ木々に覆われた場所でスカイドラゴン飛竜が生息しているのも考えにくいじゃないかい?」


 セイラがしゃがみ込み、『竜』の痕跡を調べている。

 彼女の特殊スキルなら、痕跡さえあれば何が潜んでいるか判明できるからだ。


スカイドラゴン飛竜は見晴らしが良くて、岩場の多い陸地に生息しているからな……そう考えれば、ソイルドラゴン土竜もこれだけの樹海だと、木の根っこが煩わしくて巣を作って住み着いているのかも怪しいぞ。現に見ろよ、辺りの木々がどこも腐っていない」


「クロウ様、いっそあの者・ ・ ・達に聞いてみましょうか?」


 アリシアは、離れた場所に佇む護衛役である10名の『騎士団』達に向けて指を差した。

 確かにミルロード王国の領土を護る彼らなら何かしらの情報はあるのかもしれない。


「う~ん、あの人達は護衛目的で俺達について来ているだけだしな……スポーツに例えるなら、試合中に審判員に相手選手の体調や弱点を聞くみたいで気が引けてしまう」


「しかし奇妙な連中だね……野営していた時も一言も言葉を発しないで、ああしてついて来ているだけじゃないかい? おまけに存在感を忘れるくらい気配を感じない……まるで盗賊シーフ暗殺者アサシンみたいな連中だねぇ」


「セイラが言いたいこともわかる……全身鎧をまとっているのに、こんな足場の悪い場所を歩いても一切の物音が聞こえない。仮に魔法で音を消していたとしても、相当な手練れだと見た」


 アリシアも怪訝の表情が浮かべ、騎士団達を見入っている。

 

 全員がフルェイスの兜を被り全身に板金製の鎧プレートメイルを身に着けた上で、常に一定の距離を置きながら歩いていた。


 実に奇妙な連中だ……。


 だけど全員、カストロフ伯爵が直々に手引きした騎士達だからな。

 そこは信頼がおけるのは確かだ。


「それだけ熟練された騎士達に護られているってことだろ? きっと俺達の邪魔をしないよう、配慮してくれているんだよ」


 俺の言葉に、パーティの全員が素直に頷く。


 今はとりあえず討伐に集中するべきだな。


地図マップ上で『竜』が潜んでいそうな、それっぽい場所をしらみつぶしに当たるしかない――行くぞ」


 こうして俺の勘と経験を頼りに先に進むことになった。


 道中、ユエルが俺に声を掛けてくる。


「クロウさん、昨夜はありがとうございます」


 とても晴々と表情でお礼を言ってきた。


 あれから特に何かあったわけじゃない。

 後は世間話をして終わったんだけどな……。


 ウィルヴァの件もあり、自然にユエルと距離を置いてしまっていたから、二人っきりで話せるいい機会だった。


 それに改めて確信した。


 俺が信じていたように、ユエルは天使であり聖女様だということ。

 たとえ身内が疑惑だらけでも、この子がそれに関与しているとは思えない。

 そんな筈はない。


 俺は彼女を信じることにした。


 そして、何があってもユエルを護ろうと誓ったんだ。



「いや、大したことじゃないさ……ユエルは眠れたかい?」


「はい、お陰様で……とても嬉しかったですよ。貴方が、わたしに言ってくださった言葉」


「そ、そう? うん、でも昨日言ったことは、俺の本心だから」


「……ありがとう、わたしも昨日言ったことは本心です」


「ユエル……」


「んん! クロウ様、その方向だと、さっき通った道に戻ってしまいますが!?」


 アリシアがわざと咳払いして大声で言ってきた。

 彼女はペン人差し指の先で支え、バランスを保たせている。

 簡易的な『方位磁針』代わりとして方向を調べていた。


「あ、ああ、わかったよ」


 俺は素直に頷き、ユエルから離れた。


 最近、自分の気持ちに戸惑いを感じている。


 前は片想いしていた、ユエルのことが気になっていた。

 今だって気になっている……色々な意味で。


 けど、アリシアの存在も大きくなっているもの確かだ。


 俺にとって初恋の少女かもしれない。

 いや、それがなくても、以前からアリシアを意識している。


 以前、ソーマ・プロキシーに煽られ、俺は思わぬことを口走ってしまった。


 ――俺のアリシアに触るな!


 あれは、俺が潜在的に想っていた言葉じゃないのか?


 糞未来でも一番苦手で大嫌いだと思っても、内心では彼女に守られ、その強さに憧れ……気づけば好きになっていた。


 けど自分に自信が持てずやさぐれ、ウィルヴァの女だと思い込み、勝手に敬遠していたのかもしれない。


 ――結局は俺の問題なのか?


 でなければ今の時代のアリシアは、こんなにいい子なのに同一人物とは思えない。


「どうかなされましたか?」


 じっと見つめる俺に、アリシアが仏頂面で聞いてきた。

 まだ妙な焼餅を焼いているのか、こいつは……。


「別に……いつもアリシアには感謝しているよ。これからも、ずっと傍にいてほしい」


「え? え? は、はい……勿論です。ですが、クロウ様……ずるいです、そんないきなり……」


 一変してデレだす、アリシア。


 どうやら言い方を間違えたようだ。

 仲間として言ったつもりだったんだけど……まぁ、いいか。


 まだ俺自身、気持ちに整理がついてない。


「なんか嫌な空気だね~!」


「アリシアも地味に抜け駆け多いよね!」


 今度はセイラとディネまで半ギレして焼餅を焼きだした。


 何これ……もう一人一人に言った方がいいわけ?

 セイラだって女の子として凄ぇ魅力的だし、ディネも可愛くて仕方ないんだけどな……。


 後でフォローを入れておくべきか。

 こりゃ、勇者パラディンになったら益々大変そうだ。


「一見してユエルさんが有利そうですが、アリシアさんもいい感じで食い込んでいます……ですが、セイラさんの胸部も破壊力抜群ですし、ディネさんのあざとさも侮れません……これから妹ポジ脱却として、私はどの角度で入り込めばいいのでしょう?」


 あれからメルフィは、どうでもいいことを延々と悩んでいる。


 てかお前、絶対に「竜聖女シェイマの件」を忘れているだろ!?


 考えてみりゃメルフィだけ、俺が次期勇者パラディンの推薦を受けることが決定されていることを知っているんだ。

 それ以来だな、この子の様子が可笑しくなったのは……。


 こんなことなら言わなきゃよかったわ。




 そうこう移動している内に、ある場所に辿り着いた。


 樹木が綺麗に倒されており、広々としたサークル状の一帯だけ異様に見晴らしが良い場所である。


 高々と盛り上がった丘の中央に、巨大な空洞が開けられており、あからさまに自然による現象ではない不自然さがあった。


「どう見ても『竜』の巣だな……」


「クロウ、この辺に宿る精霊達から『エルダードラゴン成竜』の巣だって言っているよ」


 あらゆる精霊と交信できる「精霊使いエレメンタラー」としても才能のある、ディネルースが知らせてきた。


「ビンゴだ。後はどの色の『竜』かで戦術を決めていくべきだな……」


 以前のクエストで、イエロードラゴンと戦った時もそうだが、エルダードラゴンはその体色によって属性と能力が大きく異なる。


 主に『竜狩り』は、『竜』の性質を見極め、弱点を突きながら挑まなければならない。


 特に前回と違って、俺達パーティだけで戦わなければならないからだ。


「――待って、クロウ! 既に何人かの知的種族が洞窟の中に入っているて!」


「なんだって?」


 ウィルヴァ達か?

 もう先手を打たれたってのか?


 あのパーティの中で、探索に特化された特殊スキルスキル能力者がいるのか?

 または不眠不休で探しまくって、先に見つけられた可能性もある。


 野郎……斥候役の雑用係ポイントマンがいない癖にやるじゃないか。


「やっぱ、大した野郎だぜ……ウィルヴァ・ウエスト」


 俺は、ニヤリとほくそ笑む。

 同時に、心の奥がぎゅっと締め付けられた。



 だが、その時だ。



 ゴゴゴゴゴッと地響きと共に洞窟から何かが押し迫ってきた。

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