第49話 逆転と復活のパーティ




~メルフィside



「――スパルッ!?」


「ギャーッハハハハッ! 俺の勝ちだぁ! 小娘がぁ、この俺の勝ち――」



 ボォゴン!



 その刹那。


 勝ち誇ったジークの腹部から胸部に掛けて円状に削られ抉り取られた。


 ――スパルトイ・オーバーラン竜牙兵の蹂躙の能力だ。


 ジークは首だけの存在となり、ぼとっと他のパーツと共に石畳に転がった。


「バ、バカな!? 何故だ!? 何故、攻撃をくらう!? あの竜牙兵は今、《オブリビオン・アイル忘却の通路》の世界にいるんだぞ! 現実世界にいる俺に攻撃できる筈はないんだ!」


 首だけの状態にもかかわらず、ジークは疑念を抱き驚愕して叫ぶ。


 断面部に出血は見られず、黒一色に染まり淡い『紫の渦』が漂うように巻いている。

 その状態であるうちは、完全なる『死』には到達していない。


 どの道、時間の問題ではあるが……。



「――反射攻撃は必ずしも負わせた人物とは限らず、『要因』つまり『きっかけ』を作った者に跳ね返って行く……それが弱点だったよな?」


 男性の声が洞窟内に響く。

 その声を聞いた瞬間、私の暗黒に沈んだ表情はパッと明るくなる。

 まるで、一筋の光が差し込まれた気分だ。


「クロック兄さん!?」


 私は振り返ると、そこにクロック兄さんが立っていた。

 後ろには、ユエルさんとアリシアさん、ディネさんにセイラさんもいる。


 スパルも離れた場所に佇んでおり、息荒くよだれを垂らしている。


 良かったです。

 どうやらみんな無事のようだ。


 私は感極まって駆け出し、愛しの兄の胸に飛び込んだ。



 ああ、兄さん……クロック兄さん。

 この温もりがあるから、私は生きていける……。

 貴方のいない世界で生きるなどあり得ません……。


 ずっと一緒です。



 ――クロック・ロウ。






**********



 メルフィは俺の胸に飛び込んできた。

 細い腕を背中に回して、その小顔を埋めてくる。

 相変わらずの寂しがりやの甘えぶり。

 可愛さのあまりに、彼女の艶やかな黒髪を優しく撫でる。

 

 そして期待した通り、一人でよくここまで頑張ってくれたことに感謝した。

 

 ――同時に戦慄を覚える。


 地面に転がる光景、ジークの四肢の残骸と生首。


 特に生首が恨めしそうに、俺を凝視している。


 どの道、あの断面に浮かぶ『紫の渦』があるうちは迂闊に近づけない。

 消失した時、奴の生命活動は完全に終わるだろう。



「ク、クロック!? 何故、貴様がここにいる!? 一体どうやって《オブリビオン・アイル忘却の通路》の世界から抜け出したんだ!?」


「そんな状態でも、まだそれだけ喋ることはできるとはな……ジーク。テメェが勝手に自滅したからに決まっているだろ? テメェがそうなったから、スキル効力は失って俺達がこうして戻ってくることができたんだろうが?」


「……自滅? 俺が……バカな!? 確かに、糞骸骨が攻撃を仕掛けると同時に、スキルを発動させ、そいつを《オブリビオン・アイル忘却の通路》の入り口に誘い込んだんだ!」


「ああ、その通りだ――しかし、俺はそれを見越して、アリシア達に頼んでテメェが創造した石柱を入口付近に移動させたんだよ。丁度、スパルが拳を当てる箇所にな」


「嘘だ!? どうやってそんなことができる!?」


 ジークは屈辱と疑念で顔を歪ませる。


 俺は説明するのが面倒なので、アリシアとセイラに「お前達から説明してくれ」と頼んだ。

 二人は素直に頷いてくれる。


「アタイから説明するよ。アタイの特殊スキル、《勇敢な粘土ブレイブ・クレイ》は効果型で触れた物を粘土状に柔らかくできる。石柱を粘土状にして、クロウとユエルが入ってきた場所に設置させたんだよ。攻撃じゃなきゃ反射対象にはならないからねぇ」


「ジーク、お前の《オブリビオン・アイル忘却の通路》は現実世界の出入り口は任意で自由に定められるも、あの空間内では同じ場所でしか設置できないとわかったんだ」


「どうして、そのことを……小娘の鑑定では表記されてなかった筈だ!」


 理解しきれない、ジーク。


 セイラの横に佇む、アリシアが軽く咳ばらいをして前に出る。


「私の《マグネティック・リッター磁極騎士》は触れた物に磁力を与える効果型の能力。遺跡洞窟に入る前から密かに、クロウ様に能力を与えていたのだよ。洞窟内で離れ離れにならなくて良いようにな……最初にクロウ様が強制的に空間を出された際、磁力を広範囲に展開させ捜索していたのだ。そして、クロウ様と再会した際に『出口』と『入口』が同一の場所だということが判明したというわけだ」


 だから俺がユエルと空間に戻された際、割と簡単に合流することができたんだ。


 アリシア達がたまたま近くにいたんじゃなく、彼女の『磁力』で俺の存在を察知したからの結果である。


「そ、それで……あの糞骸骨が入室と同時に石柱を殴り、能力効果が俺に反射してきたということか!? 入口を創り攻撃させる『要因』を作った、この俺に!」


「ようやく理解したな。そうだ、これもメルフィの《フォービドゥン・ナレッジ禁断知識》で事前に得た情報で思いついた、万一の保険って奴だ!」


 俺が言い切ると、ジークは一瞬悔しそうに歯を食いしばるも、フッと何かが切れたように表情が虚ろになる。


「ぢ……ぢぐじょう……こんな糞ガキ共に……この俺が……俺が……シェイマ様――……」


 瞳孔の光を失いつつ、ジークは意識が朦朧となる。

 気がつくと黒い絶断面に浮かぶ、『紫の渦』が消えかかっていた。


 もうこいつの生命活動は終わるだろう。


 そう思っていた矢先――


「ガァルゥァァァァァァッ!!!」


 何を思ったのか。

 スパルは雄叫びを発して、こっちへと駆け出してきた。


「やばい、みんな逃げろぉぉぉっ!!!」


 俺は仲間達全員に指示し、みんなバラバラに逃げる。

 メルフィが意地でも離れてくれないので、仕方ないので抱きかかえたまま離れた。


 スパルは俺達を無視し、ジークの生首ごと残骸を攻撃する。


「オオオオオガァァァァ!!!」



 ボォゴ、ボォゴン――……!



 石畳が深く削り取るほど、周到に攻撃して完全に『無』にして消滅させた。


 ち、超、オーバーキルじゃねぇか!?


「メルフィ、まさかお前が操作したのか?」


 恐る恐る胸元に顔を埋める義理の妹に問い質してみる。


「兄さ~ん、うふふ……」


 駄目だ、聞いちゃいねぇ。

 完全に自分の世界にトリップしているようだ。


「クロウ、あれどうするの~? 放置してたら、そのうちボクらも攻撃されるんじゃないの?」


 ディネが長い両耳を垂れ下げ不安げに聞いてくる。


「それに妹殿もご身内とはいえ、些か度が過ぎるのではありませんかな? いつまで我が主に抱擁を続けておられますかな?」


 アリシアは怒り口調で違う点をネチネチと指摘してくる。


 だが二人の言う事にも一理あるな。


「――メルフィ、そろそろ俺から離れてスパルを回収してくれ。みんな怖がっている」


「……はい、兄さん。スパルちゃん、もういいです――戻ってらっしゃい」


 メルフィが優しい口調で諭すように指示する。


 スパルは青白く眼光を点滅させ応えているようだ。

 身体を揺さぶりながら、徐々にその姿を縮ませて丸みを帯びてくる。


 元のぬいぐるみサイズまで戻った。


 そのまま、とことこと歩き、メルフィの魔道師服ローブをよじ登って肩下げ鞄の中に入って行く。


 俺を含む全員が異様な眼差しで、その姿が消えるまで見守っていた。


 スパルの姿が完全に見えなくなった瞬間、女子達から安堵の溜息が漏れる。


 みんな……ようやく、これでわかったろ?


 この骸骨が、どれだけ危険で恐ろしい存在なのかを……。


 今回の件で身に染みた筈だ。


 もう奴を「可愛い」と言う女子はいないだろうな。






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