第130話 ダガンとの戦い




 具現化型の特殊スキルは、能力で構成された『物体』を破壊されると、当面の間は能力が使えないという弱点がある。


 俺とディネ、アリシア、セイラの特殊スキルのコンボ攻撃により、ダガンの『石柱モノリス』を破壊することに成功した。


 これにより、厄介だった《モノリス・ディザスター石柱の災厄》を封じたことになる――。



「グゥガアァァァァ――ッ!!!」


 ダガンは咆哮を上げ、俺達に向けて突進してきた。

 

 特殊スキル能力を失おうとも、その巨体を活かした力と『竜』を彷彿させる鋭い牙と爪が残されている。


 何がなんでも、俺達を斃すつもりのようだ。


 特に竜聖女シェイマの《バーサーク・レクイエム狂戦士の鎮魂歌》に侵された者は、死を恐れぬ『狂戦士バーサーカー』と化し、指定した敵を葬るまで殲滅を繰り返すらしい。


 しかも凶暴化した者の『魂力』をエネルギー源にしているため、限界まで肉体が強化される効力もあるとか。


 結果、『狂戦士バーサーカー』化した者は肉体が滅ぶのと同時に『魂力』を失い、大抵は死にいたるという仲間を玉砕させる最悪な特殊スキル能力でもある。


「他者を狂信的に操る能力……許せねぇ! このままいいように操られて朽ち果てるくらいなら、俺達が楽に終わらせてやるぜ!!!」


 俺は怒号を発し、思念でメルフィに指示を送る。


「わかりました、兄さん――《フォービドゥン・ナレッジ禁断知識》!」


 メルフィの手から、鎖に縛られた漆黒の『魔導書』が出現する。

 鎖の封印は解かれ、自動でページが捲られピタッと止まった。


「最上級魔法発動――爆烈噴射の炎柱スピキュール・ボルケーノ!!!」


 片腕を翳し、メルフィは叫ぶ。


 彼女の《フォービドゥン・ナレッジ禁断知識》から発動する魔法は呪文語の詠唱は必要ない。

 魔導書に模写されたページを捲り、メルフィの任意で書き込まれた魔法は発動されるのだ。

 たとえ禁忌タブーとされた禁断魔法であろうと――。



 ブォオォォォオォォォォォォッ!!!



 ダガンの足元から、幾何学模様の魔法陣が出現する。


 魔法陣は六芒星の形を描き、六角から高々と炎柱が噴出された。


 六つの炎柱は、その中心に立つダガンの巨体を超えほど上昇し、まるで業火で創られた『檻』の如く取り囲んでいる。

 ダガンは前にも後ろにも進めず、身動き取れず立往生するしか術がないようだ。


 メルフィが放った『爆烈噴射の炎柱スピキュール・ボルケーノ》』は火属性の最上級魔法であり、相手にダメージを与えつつ動きを封じるという、二つの効果を持つ強力な魔法である。



「ガァァァギャアァァァァ!!!」


 業火に囲まれ、ダガンは苦しそうに足掻いている。

 『竜』のように強靭な鱗に覆われた皮膚を持っているが、リーゼ先生の分析通り『炎系』の攻撃に弱いようだ。

 


 俺は燃え盛る炎柱の前に立ち、悶絶するダガンを見据えた。


「苦しいだろ……今、楽にしてやるからな」


「クロウさんの優しさ……きっと、ダガンに伝わるわ――《イクアリティ・フェイト公正なる運命》」


 背後からユエルが耳元で囁き、俺の背中に密着し華奢な腕を胸元まで通され抱擁してくる。

 彼女の肩越しから、純白色と漆黒色を基調とした金属製の両翼が大きく広げられていく。


「ユエル、頼む」


「はい」


 ふわっと二人の身体が浮き高々と上昇した。


 丁度、ダガンの頭上辺りまで昇っていく。


 それでも炎柱は延々と燃えており、巨漢を誇るダガンを上回り俺達の視界を覆っている。

 近づくだけで火傷しそうだ。


「ユエル、大丈夫か?」


「はい、上昇だけなら、まだなんとか……」


 ユエルの『翼』は飛行性能があり、鳥のように自由に飛ぶことはできないが、身体を浮かせ風に乗って移動することができる。

 本来は単独での飛行なので、俺を抱えたままだと間違いなく重量オーバーだ。


 だが、俺が同行したのは目的がある。


「――《タイム・アクシス・クロニクル時間軸年代記》、短縮スキップ!」


 俺は特殊スキルを発動させ、炎柱を潜り抜ける過程を短縮スキップさせる。

 そして瞬間移動する形で、俺とユエルは炎の影響を受けず、こうしてダガンの頭上へと辿り着くことができた。



 ダガンの頭上に降り立ち、ユエルは俺から離れる。


 奴は身動きが取れない状態だが、炎の熱さで頭を左右に振るうことはできるようだ。


 俺は振り落とされないよう、ブロードソード片手剣を頑丈な鱗に突き立てつつ、ユエルの細い腰元に腕を通して身体を支える。


「クロウさん、ありがとうございます。後はわたしが――吸収ドレイン


 漆黒の翼が折り畳むように変形し、片腕のように伸ばされて、ダガンの頭に触れた。


 左側の漆黒の翼は触れた相手の『生命力』を吸い取る能力がある。


 その力で、これ以上ダガンを傷つけず静かに命を終わらせようとしているのだ。


 ――次第にダガンの体動が少なくなる。


 俺はメルフィに思念を送り魔法を解除するよう指示した。


 みるみると炎柱の威力が減少され消失する。



 ドッ!



 同時に、ダガンは砂浜に両膝を突き、うつ伏せに倒れた。


「ぐっ!」


「きゃっ!」


 頭上にいた俺とユエルは、倒れた勢いで吹き飛ばされる。

 抱き合ったまま砂浜へと転げ落ちた。


「ユエル、怪我はないか?」


「はい、クロウさんが守ってくれたので……」


 俺はホッと胸を撫で下ろしつつ、倒れた状態のダガンを見据える。


 双眸を閉じ、眠るように生命活動を終わらせていた。


 安らかに見えるのは俺の気のせいだろうか?

 強面の『竜』に模した顔つきなので表情はわからない。


 けど何故かそう思えた。


「――クロック、ありがとう」


「え?」


 俺の胸元で、ユエルは優しく微笑みながら呟いた。


「ダガンが送った最後の思念です……命が尽きる前に一瞬だけ正気に戻ったようですね」


「そうか……俺には聞こえなかった。きっと、ユエルは直接触れていたからだろうか……本当だったら嬉しいんだけど」


 ブロードソード片手剣を突き刺しながら、『時間を巻き戻すリワインド』を試みて魅了される前の時間に戻そうとしたが『上書き』ができなかった。


 シェイマが施した《バーサーク・レクイエム狂戦士の鎮魂歌》は想像以上に強力な特殊スキルのようだ。


 結局、こうして命を奪うことでしか救えなかった――。


 しばらくぶりに自分の無力さを痛感させられる。


 だから余計、ダガンの「ありがとう」って言葉が何より報われたようで嬉しかった。


 案外、ユエルが心を痛める俺に気を利かせてくれた言葉だとしても……。



「……クロウ様、決着がつきましたね。お怪我はありませんか?」


 アリシア達が駆け寄り、安否を心配してくれる。

 けど、どの子もどこか冷めたような仏頂面だ。


「ああ、心配してくれてありがとう。見ての通りなんともないよ」


「そ、そうですか……ほら、セイラ。お前から言ってくれ!」


「なんで、アタイなんだい!? ここはメルフィが言った方がいいんじゃないかい!? アンタ、クロウの妹だろ!?」


「……私でいいんですか? 内容によっては、二人がどうなっても知りませんよ」


 何か半ギレして言いずらそうな、アリシアとセイラ。

 さらに暗く俯き影を落とす、メルフィ。


 一体なんだってんだ?


「怖ッ! もう三人共怖すぎて、ボクが怒れる状況じゃないよ~! もうリーゼ先生を呼んでくるから待っててよ~!」


 ディネは血相を変えて、遠くで離れているリーゼ先生を呼んでくる。

 その後ろをついて行く形で、ソフィレナ王女も駆け込んで来た。


「ああ、もう! クロックくん、ユエルさん! 公然の場で、生徒同士で何をしているんですかぁ!!!?」


 俺達を見るや、リーゼ先生は激怒してくる。


「ええ!? あっ……ごめん、ユエル」


「いえ、わたしこそ……今すぐ離れますね、クロウさん」


 言われてみれば、俺とユエルは砂浜で寝そべり抱き着いたままであった。 

 指摘され、その事に気づき急に恥ずかしくなる。

 二人は慌てて離れ、ようやく立ち上がった。


 作戦とはいえ、嘗ての片想いだった子との抱擁……。


 考えてみりゃ、凄ぇ恥ずかしくてやばいことだよな。

 五年後の未来じゃ絶対にあり得ない展開だ。


 今思い返せば、華奢で柔らかく素敵な密着感だった……。


 だからって別に、変な考えで意図した作戦じゃないんだけどね。


 いや、マジで。






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