第129話 望まぬ戦い背負う意志




「心優しいクロウさんにとって厳しい選択だと思います。ですが、愛と正義を象徴する女神フレイア様の教義では、『弱者を守る以上、たとえ袂を分かち合った存在だろうと蹂躙してくる輩には愛を持った鉄槌を下す決断が必要』と謳われているわ……辛いでしょうけど、被害者が出る前に、せめて苦しまないよう斃して差し上げるべきかと……」


 心優しいユエルにしては珍しい進言だった。


 いや、この子は元々意志の強い子だ。

 信仰する教えに乗っ取り、自分のやるべきことを迷わず選択できる判断と正しさがある。


 あの未来でも、控えめに見えてそういう所があったけ。


 だから、他の女子達が俺を軽視してウィルヴァと差をつける中、ユエルだけはずっと俺に気遣ってくれて優しくしてくれたんだ。



 俺は、ユエルの柔らかく繊細な手を握り返した。

 そして、ダガンを見据える。


 すっかり自我が失い唸り声を上げ、海面から浮上してきた。

 抱きかかえている石柱モノリスに、何かを掘って刻み書き込んでいる。


 この俺でさえ、効果型以外の特殊スキル能力の上書き、特に洗脳系を解除する術はない。



 だとしたら俺達が唯一、ダガンを止める方法は一つだけ――。



「みんな戦闘態勢に入るぞ! 瞬時に決着をつける! 少しでも早く斃すことが、今のダガンのためでもあるんだ!」


「わかりました、クロウ様……我が主の命令、この『魂』にかけて成就させて見せましょう!」


「クロック兄さんの指示であれば、私は何にでもなって見せます!」


「ボクもだよ、クロウ! ダガンを楽にしてあげよう!」


「アンタは一人じゃない! アタイらがいるんだ! 一人で抱える必要なんてないんだからね!


「その通りです。だから、クロウさんが重みは、わたし達も一緒に背負います!」


 アリシア、メルフィ、ディネ、セイラ、ユエルがそれぞれの言葉で、俺が気落ちしないよう激励してくれる。


 俺の選択が正しいのかわからない。

 戦いが終われば後悔するかもしれない。


 だけど、パーティのみんながいれば俺は迷わず戦える!

 業を背負えっていうのなら背負ってやる!


 俺は、クロック・ロウ――トキの操者だ!



「リーゼ先生は、ソフィレナ王女を連れて下がってください! 絶対に500メートル以内に近づいたら駄目ですからね!」


「わかったよ、クロックくん! 王女様の護衛は先生に任せて!」


「クロウ、皆さん! どうかご武運を!」


 リーゼ先生とソフィレナ王女は後退していく。



 ヴゥオオオォォォォン――!!!



 ついに、ダガンが陸に上がって来た。


 にしてもデカい……6メートルは超えるだろうか?


 創られた変異体ミュータントとはいえ、同じ知的種族とは思えない大きさだ。



「――クロウッ、来るよ!」


 セイラが咄嗟に叫ぶ。

 彼女の頭頂部に生えている三角形の犬耳がぴんと張り何かを感じ取った。


 その瞬間。



 カッ――!




「うわっ!?」

 目の前が眩い光輝に包まれて視界が覆われた。



 ドドォーン!



 置き去りにされたように上空から轟音が響き渡る。


 これは落雷だ。


 頭上から落ちてきたのだと理解した。


 きっとダガンの特殊スキル《モノリス・ディザスター石柱の災厄》の能力だ。


 だが不思議にダメージはない。

 耳鳴りは酷いが……。


 俺は首を上に向ける。


「これは……《ブレイブ・ドールズ勇敢な人形達》!? セイラが守ってくれたのか!?」


 頭上に俺達全員の周りを囲む形で、砂で構成された粘土人形達が円陣を組み、互いに肩車をして幾つも積み重なっていた。


 そうすることにより、『かまくら』のようなドームを創り出し、落雷から俺達を守ったようだ。


「アタイ、半獣だから勘はいいほうでね……咄嗟に《ブレイブ・クレイ勇敢な粘土》の術式を発動させたんだ」


「セイラ、助かったよ……ありがとう」


「クロウはアタイらが守るって言ったろ? だけど、ダガン……完全にイッちまってるね。すぐに追撃がくるよ」


「ああ、多分な……奴の《モノリス・ディザスター石柱の災厄》は具現化した『石柱モノリス』に文字を書き込まないと能力は発動しない特徴がある。さっき俺達を受け入れ能力を解除させたから、次の攻撃まで新たに彫り込まなければならない筈だ……その前に斃す!」


 俺は粘土人形達ドールズの隙間から、ダガンの姿を捉える。

 推測通り、鋭い爪で抱きかかえた『石柱モノリス』に何か模様を掘っているようだ。


「アタイが粘土人形達ドールズを解除したら、みんなで一斉に攻撃をするってのはどうだい?」


「待ってよ~! 迂闊に攻撃したら、また跳ね返されちゃうよ~!」


 ディネの訴えに、アリシアは頷いて見せる。


「確か、あの『石柱モノリス』に攻撃を当ててしまうとまずい筈だ……つまり正面からの攻撃は無効化され反撃を食らうぞ!」


「では各自が分散しての左右攻撃ですか……射程距離が広範囲で異常気象を操る相手に些か危険な気もしますが……」


「メルフィちゃんの言う通りだわ……分散して攻撃しても、ダガンを苦しめないで葬れるかどうか……下手をすれば仲間の誰かが犠牲になるということもあり得ます。ならばイエロードラゴン戦のように、みんなで協力した攻撃が有効なのかもしれません」


 みんなで協力か……特殊スキルのコンボ技か。

 要するに、あの『石柱モノリス』さえなんとかすればいいわけだ。


 ダガンの弱点は『炎系』の攻撃だったっけ。

 海にいた時は考えてなかったが、ああして陸に上がっているなら……。


 俺はチラッと遠く離れたリーゼ先生を眺める。

 その頭部には、ゴーグルが掛けられたままだった。


 リーゼ先生の特殊|サンクチュアリ・ナビゲーター《聖域への案内人》は持続されている。


「みんな、時間がない。これから思念で作戦を伝えるから、意識を集中してくれ!」


 俺の思念で伝える作戦にパーティのみんなが頷く。

 狂戦士バーサーカー化したダガンには伝わることはないだろう。

 


 ザァァアァァァ!!!

 


 突如、槍のように激しく豪雨が振ってきた。


 ダガンの《モノリス・ディザスター石柱の災厄》による能力だ。


 水に弱い粘土人形達ドールズが次第に溶かされていく。


「――頃合いだ、行くぞ!」


 俺の合図で、パーティ全員がずぶ濡れ覚悟でドームから抜け出した。


「アタイから行くよ――《ブレイブ・クレイ勇敢な粘土》!」

 

 セイラは両拳に装着された鋼鉄手甲ガントレッドで砂浜を殴り、周囲を粘土状にして盛り上げる。

 この豪雨のため、普段よりも粘土化するのが遅く、しかもすぐ溶けかかっている。


「計算の内だな――《タイム・アクシス・クロニクル時間軸年代記》、停止ストップ!」


 俺は小剣ナイフを投げ、盛り上がる粘土に当てる。

 すると、粘土は豪雨で崩れることなく動きを止めた。


「流石はクロウ様、行きます――《マグネティック・リッター磁力騎士》!」


 アリシアがバスタードソード両手剣で盛り上がった粘土を二等分に切り裂く。


「よ~し――《ハンドレット・アロー百式の矢》!」


 ディネは弓を翳し狙い定めてスキルの矢を2本同時に放つ。

 二つに切り裂いた粘土を正確に射り、矢は勢いを失わず浮上してダガンのところへと向かって行った。


 俺は停止ストップを解除し、セイラの能力で粘土を矢に纏わせたまま鋭利な矛槍状へと変化させる。

 そして再度、時を停止ストップさせることで、豪雨の中でもその形状を維持させた。



「ガアァァァァグアァァァァ――ッ!!!」


 ダガンは咆哮を上げ、抱えていた『石板モノリス』を前方に掲げて迎え撃つ。


 2本の矢は『石板モノリス』に接触すると、吸い込まれるようにフッと消えてしまった。


「反撃が来るぞ!」


 俺はブロードソード片手剣を抜き叫んだ。


 案の定、俺達の目の前に鋭利な矛槍状の矢が出現し襲ってきた。


「《マグネティック・リッター磁力騎士》で『矢』を引き戻す!」


 アリシアが叫ぶと、矛槍状の矢は方向転換しダガンの下へと引き返した。


 正確には、ダガンが持つ『石板モノリス』に向けて――。

 最初に接触したことで、磁力が与えられたのだ。


 後はアリシアの意志で自在に磁力同士を引き離したり引き寄せることができる。


 だが『石柱モノリス』に接触すると跳ね返してしまう能力がある以上、堂々巡りの攻撃になってしまう。


 そこで俺が動く――!


「《タイム・シールド時間盾》!」


 刃を重ね、光り輝く巨大な『時計盤』を出現させて撃ち放った。


 『時計盤』は猛スピードで『スキルの矢』を通り抜け、『石板モノリス』に接触する。


 結果、『石板モノリス』の能力ごと時を止めたのだ。


100式ランダ!」



 ドガァァァァン!



 ディネはエルフ語で呼び掛けると、矛槍状の矢は200本に増え『石板モノリス』に突き刺さり破壊した。






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