第71話 やばすぎる新居館




 それから俺達は『教頭室』を出る。


 ウィルヴァは何も語らず、一人で教室に戻って行った。


 エドアール教頭に忠告され、奴なりにショックを受けたのだろうか?

 いつも呑気そうに笑っているだけに、あんな暗い表情のウィルヴァを見るのは初めてだった。


「――クロック君にアリシア、それとパーティ方々。授業が終わる頃に我ら騎士団が迎えに来る。それまで、荷物をまとめ準備をしていてくれ」


「父上、しばらく私達が住む屋敷は学院から遠いのでしょうか?」


「まぁな。通学方法など詳細は後で説明しよう。では」


 カストロフ伯爵はアウネストを連れて足早に立ち去った。

 早速、貴族達に家宅捜査を指示するらしい。


 『竜聖女シェイマ』を匿っているのか――。


 俺が斃したガヴァチも何らかの方法でシェイマと接触し、あの女から情報を得ていたようだしな……。


 その件が解決しない限り、俺達は『学生寮』には戻れなくなってしまったってわけだ。



「そうそう、アリシア。弟のアウネスト君のおかげで、俺も用心して対処することができたよ。今度、話す機会があったら、『俺が感謝している』って伝えてくれ」


 本当は自分で言えばいんだけどな。

 基本、クソガキだし恥ずかしいから、姉貴に振ってみる。


「……はぁ、わかりました」


 歯切れの悪い、アリシア。


 どうも家族の話……特に弟と母親の話をすると、このような態度を見せてくる。

 父親のことは誇らしげに話してくれるのにな……。


 俺には両親はいないし、家族もメルフィしかいないから、そういう関係はよくわからない。

 ましてや伯爵家の事情など知る由もない。






 放課後。


 俺達は一度、寮に戻り荷物をまとめてから、再びスキル・カレッジの正門前で立っていた。

 その間、ずっと騎士団が周囲を警護している。


 昨夜の失敗もあってか、大人数で厳重な警戒態勢であった。

 アリシアが言うには、全員カストロフ伯爵が鍛え上げた、SRの特殊スキルを持つ屈強の騎士達ばかりだそうだ。


 こりゃ下手に手出しされないわな……。




 数分後、数台の馬車がやってくる。


 分厚い鋼装甲に魔法防御が施された、要人護衛用の馬車だ。

 馬の数も通常の三倍くらい多い。


 なんっつーか、俺達って凄いVIP待遇じゃね?

 いや、娘のアリシアがいるからか?


「さぁ、皆よ。乗ってくれたまえ」


 カストロフ伯爵に勧められ、俺達は恐る恐る馬車に乗り込んだ。






 日が沈む頃。


 二時間かけて、とある山奥に目立たないよう建てられている大きな屋敷へと辿り着いた。

 古さを感じないレンガ調の邸宅である。


「――前に少し説明したと思うが、この屋敷は『対竜用に建てられた要人保護用の施設シェルターでもある。常に敷地内から強力な魔法結界が施されており、虫一匹たりとも入ることはできない。我ら騎士団が持つ『証章』がないと不可能だ。勿論、特殊スキルとて同様だ」


「では、俺達はどうやって通学すればいいんです?」


「中庭に小屋がある。それが移動『ゲート』になっているのだ。スキル・カレッジ内の大聖堂に繋げておいたから、そこから行き来できるだろう」


「王都のギルドに行く場合は?」


「ギルド内でも同じゲートを設置させておく。そこから王都や他の町や村に行けばいいだろう。但し、各自に『証章』を渡しておく、それがないと『ゲート』の使用はできぬぞ」


 俺達全員はカストロフ伯爵から『証章』を受け取る。

 ギルドカードと同じ素材で作られたカード型の鍵と解釈すればいいだろう。



 早速、屋敷の玄関に入る。


「うおっ! 広れぇ~!」


 その豪華さと華やかさに、思わず言葉が漏れた。


 俺だけじゃない。

 見慣れない、メルフィとディネとセイラも同じく感嘆の溜息を吐いている。


 セレブである、アリシアとユエルは普通に眺めているだけだった。


「――皆様。ようこそ、当屋敷にいらっしゃいました」


 奥側の階段から、メイド服をきた女性が歩いてきた。

 俺達に向けて綺麗な角度でお辞儀する。

 紺色の髪を後頭部で団子風に纏めた大人の女性で、とても美しい人だ。


「彼女はこの屋敷のメイド長を務める、メアリージェン・スタップスだ」


「メアリーとお呼びくださいませ」


「は、はい……クロック・ロウです」


「クロック様ですね。本日から、皆様のお世話を担当させていただきます」


「俺達のお世話ですか? メアリーさんが?」


「はい。私以外にも、10名のメイドがおります。皆、出てきてご挨拶しなさい」


 メアリーの呼び掛けに、10名の若いメイド達が各部屋から出てくる。


 一列に並び、メアリー同様の丁寧なお辞儀を見せてきた。

 みんな、端整な容貌の綺麗な女性ばかりである。

 中には俺達とそう変わらない年齢くらいの可愛らしいメイドもいた。


「メアリーを含むメイド達は皆、騎士団に所属する者達だ。冒険者に例えれば、ランクSS~SSSの腕前を持つ。キミ達の世話と護衛を兼務にしてくれるだろう」


 カストロフ伯爵は説明を交えてメイド達の紹介をしてくれる。


 ランクSSSって……最強レベルじゃないか?

 そんなメイド達が四六時中、俺達を守ってくれるなら凄げぇ安心だ。


 にしても、アリシアの親父さん……。

 いくら愛娘のためとはいえ、流石にやりすぎじゃね?


 嬉しいけどさぁ……。



「では、私はこれで何か困ったことがあれば、メアリーに相談してほしい」


 カストロフ伯爵はアウネストを連れて出て行こうとする。


「――あのぅ、父上……いえ閣下!」


 アリシアが呼び止める。


「ん?」


「そのぅ、ありがとうございました……」


 カストロフ伯爵は頷く。


「構わない。次期、『勇者パラディン』になられるかもしれぬ方の護衛と警護……騎士としては当然のことだ」


「……姉上も『主』を見る目だけはあったようで安心しました。では閣下、参りましょう」


 アウネストは皮肉っぽく声を掛け、カストロフ伯爵と共に出て行った。


「アウネスト……」


 アリシアは切なそうに呟くも以前と異なり、表情がほころんでいるように見える。


 とりあえず、フェアテール家の中で俺のことを『アリシアの主』であることが認められたようだ。

 若干、複雑な気分もなくはないが、今は誇りを持って受け止めよう。



「では、クロック様にアリシアお嬢様、他のお嬢様方もお部屋にご案内いたします」


 メアリーはかしこまった口調で一礼し、俺達を二階へと案内してくれる。


 改めて凄い屋敷で住むことになったと実感する。

 おまけにメイド付きとは……まるで貴族にでもなった気分だ。



「クロック様はこちらのお部屋です」


「わかったよ。メアリーさん、ありがとう」


 俺は指定された奥側の部屋に入る。


 おお~っ、こりゃまた広い……。

 学生寮とは比べ物にならないぞ。


 ふかふかの大きなベッド。豪華なソファーにテーブル。それにエドアール教頭が座っていたような、ごっつい書斎用の椅子や机なんかも設置されている。


 いくら要人用とはいえ……本当に俺がここに住んでいいのか?


「お部屋から手前側の扉に、専用のお手洗い場やシャワールームがございます。1階には大浴場もございますので、後でご案内いたします」


「シャ、シャワー?」


「身体を洗うために、幅広く適温のお湯をまくための魔法装置器具です。これも後で使い方を教えましょう」


「は、はい……」


 最先端の魔法道具ってやつか。

 五年後の記憶があるにも関わらず、そんな物があるなんて知らなかった。

 そんな贅沢したことねーし。無縁の扱いだったし。


 やべぇ……あまりにも高級感にすっかり尻込みしちまっている。

 本当に勘違いしそうだ。



「――これだけは譲らんぞ!」


 ん? 廊下からアリシアの怒鳴り声が聞こえる。

 また何で揉めているんだ。


 俺は扉を開け、廊下を覗くとすぐ隣部屋の前でユエルを除いた女子達が何か言い合いをしていた。


「何だよ、みんな~。仲良くしろよ」


「ク、クロウ様……こやつらが私に難癖つけてくるので、つい」


「何だって? どういうことだ?」


 とりあえず聞いてみた。


「だって、アリシアさん。自分だけ兄さんの部屋の隣にしようとするから……」


「だからボク達がズルイって言ったの~! 魂胆、見え見えだよ~!」


「魂胆だって?」


 メルフィとディネの主張に、俺は眉を顰める。


「そうさ、クロウ。四六時中、アンタの生活音を聞きながら、あわよくば窓から覗くか、あるいは壁に穴を開けて覗き込む算段だ。間違いないねぇ」


「アホか、セイラ! 私は不審者か!? 誰がそのような真似をするか!? そりゃ、音くらいは聞くかもしれんが……」


 何ぶっちゃけてんの、アリシア……そこ否定する所だろ?


「そもそも、クロウさんの部屋が端側にあるのが問題じゃないかしら? 真ん中の部屋なら、少なくても左右は獲得できるでしょ?」


 ユエルはどうでも良さそうに妥協案を提案する。

 だけど、どこかズレている気がしてならない。


「……メアリーさん。俺だけ別な部屋を用意してもらっていいですか?」


 結局、それが一番だと思った。






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