第70話 教頭からの苦言




 俺は抱きついているメルフィをそっと離し、ウィルヴァと向き合う。

 ポケットから銀色の『懐中時計』を取り出して見せる。


「――俺の命が尽きそうな時、この時計の音と、あんたの声に救われた……ウィルヴァ、何かしてくれたのか?」


「え? 僕が? まさか……でも、クロウくん。そんな状況で最後に僕のことを想い浮かべてくれるなんて好敵手ライバルとして光栄だね……まるで恋人になった気分だ」


「「「「「え?」」」」」


 冗談っぽく言うウィルヴァに、女子達は眉を顰めて過敏に反応する。


 五人で円陣を組んで、「やっぱり……」「どうりで……」「そうなのかなぁ……」「いやだ~……」「信じられません……」っと、こそこそ囁き合っている。


 お、おい! お前らその雰囲気は何だ!?

 俺の何を疑ってんだ!?

 普段、自分らがいくらアプローチかけても、俺のリアクションが薄いからか?


「な、何言ってんだ! ちげーよ! 俺はそっち系じゃないからな!」


 糞未来のトラウマで無意識的に避けているだけだぞ!

 とんでもねぇ、勘違いすんなよな!


「えっと~、みんな~、クロウくんはちゃんとした普通の男の子だぞ~! だってぇ、勇者パラディンになったら、先生のこと――」


「リーゼ先生! 余計なこと言わなくていいからね!」


 また爆弾を落とそうとする担任に俺は素早くツッコミをいれる。

 こんな所で揉めたくねぇ……つーか、カストロフ伯爵と他の先生達も止めてくれよ。


 しかし、ウィルヴァの反応から、あの時語り掛けた声は本人じゃないようだ。

 潜在的に、こいつの事を思い浮かべちまったってことなのか?


 何だか腑に落ちないが、好敵手ライバルとして負けたくない想いで意識しちまったと割り切るしかないな。


 今はそれどころでもねーし。


 間もなくして、スコット先生が呼びかけ鉄の扉が開かれた。



 広々とした薄暗い部屋に『王立恩寵ギフト学院』の教頭を務めるエドアール・フォン・ミルロードが書斎用の椅子に座っている。


 真赤な瞳に右側に片目眼鏡を掛け、灰色の長髪を後ろに束ねた紳士風の若い青年だ。

 それもその筈、彼は150年生きた吸血鬼ヴァンパイアなのだから。


「よく来てくれたね。まぁ、全員座りたまえ――」


 エドアール教頭は机越しで座ったまま声を掛けてくる。


 気づけば、俺達の真後ろにソファーが置かれていた。

 今回は教師も含め、全員がそこに腰を下ろす。


「今朝方、報告を聞いたよ……クロック君、とんだ災難だったね。そして見事に『竜守護教団』の『使徒』を撃退してくれた。冒険者としてギルドでの活躍といい、また『勇者パラディン推薦候補』としてポイントが上がったと思ってくれ」


「エドアール教頭先生、お言葉ですが前回とこの度の件で民間人であり一人の学生であるクロック君が危険な目にあってしまっているのも事実です。しかもパーティだけではなく他の生徒も無差別に襲われてしまう事態……そう悠長なことを言っている場合ではないのではありませんか?」


 スコット先生が言葉を選びながら苦言を呈している。


「わかってますよ、あくまで教頭の立場としての称賛です。しかし、クロック君が寮内で狙われたのは、そちら王都を警備する衛兵団の落ち度……事前情報があるにもかかわらず警備にあたった騎士達は全員斃されたとか? そうですよね、最高責任者である騎士団長のカストロフ伯爵?」


「仰る通りです、エドアール殿下」


 素直に非を認める、カストロフ伯爵。

 人格者の親父さんとて、王族の末端であるエドアール教頭には頭が上がらないようだ。


「殿下、御言葉ですが――」


 アウネストが何か言うとした直後、カストロフ伯爵が腕を差し出し言葉を遮らせた。

 きっと、スキル・カレッジの規則で、ろくな警備体制が取れなかったことを言いたいらしい。


「まぁ、貴方達の言いたいこともわかりますよ。我がスキル・カレッジは部外者の介入には厳粛ですからね。たとえ学生寮に対しても同様です。ですが、私が最も言いたいのは、いつまでも『竜聖女シェイマ』なる者をいつまでも放置させていることが問題だということです。直ちに組織力をフル稼働させ、全貴族達の身辺を捜索してください。捜査に身分上下は関係あるません。何でしたら、私からの指示ってことにしておいてください」


「ハッ、殿下わかりました。直ちに動きましょう」


 丁寧に頭を下げる、カストロフ伯爵の口元が一瞬だけ緩む。

 なるほど……アリシアの親父さんも中々の策士のようだ。


 王族のオブザーバーポジであるエドアール教頭からの指示と言えば、貴族達は嫌でも捜査に協力せざるを得ない。

 ある意味、伯爵より身分が上の辺境伯や侯爵、さらには公爵の屋敷にもガサ入れが出来るってことだ。


 どうやら従順な態度を見せながら、この言葉が欲しかったのだろう。

 そのためにカストロフ伯爵自ら、ここに赴いたのかもしれない。

 これぞ大人の駆け引きってやつだな。


「それと、例の屋敷からの通学の件は許可しましょう。私も優秀なクロック君達を危険な目に合わすわけにもいかない。無論、他の生徒に対してもだ。本来、学則上は無しですが緊急対応としての処置とします。だからこそ早急に『竜聖女シェイマ』の捜索をお願いしますよ、カストロフ伯爵」


「何から何までご配慮ありがとうございます、殿下」


 カストロフ伯爵は立ち上がり一礼する。


 俺達も揃って頭を下げて見せた。


 これで話が終わったようだ。


 そう思い、立ち去ろうとした時。



「――ウィルヴァ君」


 エドアール教頭が呼び止めた。


「はい、何でしょうか?」


「私はクロック君ばかり褒め称えているが、決してキミのことを見限っているわけではないから安心したまえ」


「はい……わかりました」


「しかし、キミは教科ではクロック君より上位だが、あくまで総合的な数値であり僅差だ。技能スキルにおいても、クロック君は他にない高レベルをいくつも修得している」


 そりゃそうだ。

 何せ、俺は五年後の記憶と知識と技能スキルを引き継いでいるからな。

 一度習った問題だから、点数は割と取れている方だと思う。


「ウィルヴァ君も相当レアリティの高い特殊スキルを持っているが、クロック君も『教団』の暗殺者アサシンを斃せるほどの強力なスキルの持ち主だ。おまけに、彼はギルドでも何体も『竜』を討伐し、その若さで『Aランク』に上がる程の実戦経験も豊富だよ」


「はい……」


「キミにも期待してるよ、ウィルヴァ君……だが、このままだと――ってこともある。残り2年、いや1年だな……キミの成長を楽しみにしてるよ」


「わかりました、エドアール教頭先生」


 ウィルヴァは深々と頭を下げて、一人で退出する。


 いつも爽やかに笑っている奴も、流石に深刻な表情を浮かべていた。

 望ましいパーティが組めず悩んでいたからな……こいつ。


 スキル・カレッジの成績が良いだけじゃ、『勇者パラディン』の推薦は受けられない。

 推薦の影響力を持つエドアール教頭から、面と向かってそう言われたようなものだ。


 エドアール教頭め……ウィルヴァに釘を刺すため、ついでに呼び寄せたのだろう。

 こういう嫌味くさい所が、この教頭が周囲の先生から嫌われているところだな。


 このままウィルヴァが手をこまねくようなら、次期『勇者』は俺に推薦されるか……。


 なんとも複雑な気分だ。


 意図的じゃないにせよ、俺がウィルヴァから全てを奪う形になってしまっている。

 有能なパーティの女子達、それに勇者の称号か……未来では、ウィルヴァは順調に全てを手に入れていたからな。


 特殊スキルは俺が元々持っていた能力だけど、記憶と技能スキルは五年後から引き継がれたモノだ。

 優位に立てるのは当然なのか?

 それとも、まだ釘を刺されているだけのウィルヴァは流石優秀というべきか?


 ウィルヴァが本当に嫌な男なら、俺もここまで考えたりしないんだろうけど……。

 最近、好敵手ライバルとして奇妙な友情さえ芽生えつつあるしな……。



 俺はチラッとパーティの女子達を見る。


 みんな俺が『勇者パラディン』になれるかもしれないと期待して嬉しそうだ。

 しかし、妹のユエルだけは複雑な表情を浮かべていた。まぁ、当然だろう。


 そして案の定、リーゼ先生までニマ~っと笑みを浮かべている。


 何せ、俺が『勇者パラディン』か『竜殺しドラゴンスレイヤー』の称号が得られたら結婚するって思いこんでいるからな。


 リーゼ先生……あんた一体、どれだけ本気なんだよ……。






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