第72話 アリシアの秘め事




 メイド長であるメアリーの配慮で女子達から離れた向かい側の部屋に移してもらった。


 これで健全な学生生活がエンジョイできるだろう。



 それから些か遅めの夕食となり、1階の食堂で食べることになった。


 長いテーブルに豪勢な料理が並んでいる。

 如何にも貴族が好きそうな、高級料理フレンチばかだりだ。


 テーブルマナーなんて知らないが、普段通りに食べちゃいけないような気がする。

 とりあえず俺とメルフィの一般常識ある者は、セレブであるアリシアとユエルの作法を見様見真似で行い、なんとか食べている。

 緊張しすぎて本来なら絶品料理の筈がほとんどまともに味わえない。


 反面、ディネとセイラのような本能で生きている野生児は、テーブルマナーなどそっちのけで自由気ままに食べている。

 ある意味、清々しい子達だと思った。


 壁際に立つメアリーとメイド達も特に指摘することなく、時折飲み水を足しにくるくらいで、それ以外は上品な表情で黙って見守っている。


 これはこれで監視されているようで緊張してしまう。

 贅沢って快適な分、堅苦しいんだなっと思った。


 食後、部屋に戻る。

 早速、シャワーを初めて使い、その便利性に驚く。


「上からお湯が出るって……凄げぇ!?」


 確か1階は大浴場になっているが、明日でいいやと思った。



 シャワー後、俺は寝間着に着替えベッドへと横になる。

 ふわっと雲の上に乗っかるような感覚、学生寮など雲泥の差だ。


「……こんな暮らし続けていいのか?」


 なんちゃって貴族になった気分だ。


 このまま住み続けて、この生活に慣れてしまったら自堕落で駄目になりそうな気がする。

 やっぱり定期的にギルドの冒険者は続けて行かないとなぁ。

 

 後は、カストロフ伯爵率いる騎士団が頑張って『竜聖女シェイマ』をとっ捕まえてくれるのを期待するしかないだろう。



 ――コンコン。



 誰か扉をノックする。


「どうぞ」


「このような時間帯で失礼します……クロウ様」


 アリシアだ。

 寝巻の上にガウンを着ていた。


 濡れた黄金色の髪を後ろで結っており、白い肌が淡くピンク色に染まっている。

 如何にもお風呂上りっと言った感じ。


 何だかいつもと雰囲気が違う……。

 妙に艶っぽく見えてしまう。


 俺は少し胸の高鳴りを覚える。


「ど、どうした? 俺に話があるのか?」


「はい……少しよろしいですか?」


「ああ全然構わないよ」


 俺はベットから起き上がり、お互い向かい合ってソファーに座る。


「クロウ様、昨夜は身を挺してまで私達を守って頂きありがとうございます」


 アリシアは深々と頭を下げてみせる。


「なんだ……わざわざ、それを言いに来てくれたのか? 別にいいよ……他の寮連中にも無差別に手を出すような奴だったからな。どの道、俺が止めなきゃいけない状況だったさ」


「しかし、相当危険な目に合われたとか? 本来なら、私が命を懸けて『主』であるクロウ様をお守りしなければならぬ立場……それが心苦しくて」


 そうか……アリシアの奴、それで部屋に尋ねてきたのか。

 

 んな格好しているから、てっきり……いや、俺は何を期待しているんだ?


 要するに主の俺がピンチの中、自分は何も知らずに女子寮で寝ていたことを悔やんでいるんだろう。

 けど、それは仕方ないことだし、俺だってあの状況で助けを求める余裕もない。


 不測の事態ってやつさ。

 だから、アリシアが気に病む必要なんて何一つないのに……。


 それを許さないのが、アリシア・フェアテールという忠誠心溢れる美しき女騎士だ。



「もういいって言っているだろ? 俺はこうして無事なわけだし……まぁ、はっきり言って死にかけたけどね……けど、そのおかげで、俺の特殊スキルが進化したわけだし、それで勝てたようなもんさ」


 ――《タイム・アクシス・クロニクル時間軸年代記》として。


 このスキル能力のおかげで、俺だけじゃなくパーティ仲間の身もある程度守れる筈だ。


「特殊スキルの進化……初めて耳にします。通常、スキルは潜在的に定まっているものですから……」


カヴァチも同じことを言ってたな……そういや、アリシアは『ときの操者』って知ってるか?」


ときの操者? いえ……初めて聞きました。クロウ様、それが何か?」


「いや……まぁ、俺がそういう存在らしいんだ」


「クロウ様……前からお聞きしたかったのですが、どうして突如、今の特殊スキルに目覚められたのですか?」


「ああ、入学式当日、学院を抜け出して王都をブラついてたんだ……そこで不思議な占い師にあってね。その人が占いで鑑定してくれたんだ」


「占い師が鑑定? スキル・カレッジやギルドの鑑定祭器でさえ、評価できなかったのに?」


「そうだな……だけど、メルフィの《フォービドゥン・ナレッジ禁断知識》では鑑定できている。条件が揃えば不可能じゃないらしい」


 《魔眼の精密鑑定デビルアイ・ハイアプレーズ》っていう魔法だ。

 予め対象者の名前とスキル名がわかれば、鑑定祭器よりも精密に結果を出せる。


「なるほど……やはりクロウ様の特殊スキルは以前、セイラが言っていたEXRエクストラのレアリティに該当するのかもしれませんね」


EXRエクストラか……そうなのかな? まだ何か足りないような気がする」


「足りぬとは?」


「いや、よくわかないけど……感覚的にそんな気がするんだ」


 実はまだ超えるべき『何か』があるようなきがしてならない。

 何に対してかはよくわからないけど……。


「あっ、そういえばアリシア……色々とすまなかったな」


「何がです?」


「カストロフ伯爵に気を遣わせてもらってさ……普通、ここまでしてくれないだろ?」


「父上も仰っていた通り、クロウ様は次期『勇者パラディン』になられるかもしれぬお方……当然の配慮でしょう」


「勇者か……」


 今更ながら事の重みに気づいてしまう、俺。


 特にウィルヴァが伸び悩んでいる中、より現実っぽくなりつつある。


 惨めだった五年後の未来ではあり得ない状況……ある意味、人生の逆転劇。

 今だって、アリシアとこうして和やかに話していること自体あり得ないことなんだ。


「クロウ様?」


「……アリシアも、俺が『勇者パラディン』になることを望んでいるのか? 親父さんと弟は期待しているっぽいけど……」


「騎士としては確かに望ましいことでしょう。ですが、私はそれだけで、クロウ様にお仕えしているわけではないので……」


「え、そうなのか? んじゃ、俺の何が気に入ってくれてんだ?」


「そ、それは……お、覚えておらえませんか?」


「覚える? なんだっけ? アリシアとは高等部で因縁吹っ掛けられて以来だろ? そんな古い記憶じゃない筈だしな……思い出せないや」


「――それ以前です」


 それ以前……ってことは、やっぱりアリシアはずっと前から俺を知っている?


 どこでだ? 俺、伯爵家の令嬢と接したことなんて一度もないぞ。


 しかし何だろう……記憶の片隅で、ずっと誰かがチラついているんだ。

 特に、あの黄金色の艶髪を見ていると――。


「なぁ、アリシア……そろそろ教えてくれないか? お前が隠している事を」


「そうですね……そろそろ頃合いなのかもしれません。実は――」


 アリシアが言いかけた、その時。



 ――ドンドン!



 誰かが扉を激しく叩いている。


「なんだ?」


 話が中断され、ムッとした俺は扉を開ける。


 すると、メルフィとディネとセイラ、それにユエルまで扉の前で立っていた。


「あーっ! やっぱりアリシアがいたーっ!!!」


 ディネがソファーに座るアリシアに向けて指を差した。


「チィッ! また貴様らか!」


「チィッじゃない、アリシア! アンタ、こんな夜分に一人だけでクロウの部屋を訪れるとはどういうつもりだい!? まさか、夜這い……」


「おい、セイラ! 変な誤解をするな! 見たらわかるだろ!? クロウ様にお話があったから、許しを頂き入れてもらっただけだ! そうですよね、クロウ様!?」


「ああ、その通りだ。みんなが剣幕を立てるようなことは何一つないよ」


「でもクロウさん。こんな夜更けに個室で年頃の男女二人きりって……些か不謹慎じゃないでしょうか?」


 ユエルが正論っぽいことを言ってくる。

 う~ん、この子は邪念がない分、説得力があるぞ。

 おまけに半ギレしているような強い口調だ。


「クロック兄さんと一晩中、一緒に居ていいのは妹の私だけですからね!」


 それも違うぞ、メルフィ。

 お前はほんの少しだけでいいから、兄離れしてくれよ……。



 結局のところ、アリシアから真相を聞けずじまいに終わってしまう。



 それから二時間ほど、俺の部屋でゲームして遊ぶことになる。

 おまけに女子達は自分の部屋に戻ろうとせず、最後は俺のベッドに寝てしまう始末だ。


 ベッドを占領された俺は、やむを得ずに一人ソファーで寝る羽目になってしまった。


(――けど、みんなでドタバタしていた方が俺らしいかもな……フフッ)


 見慣れない天井を眺めながら笑みを浮かべ、そう思えてしまった。






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次話より第六章が始まります!


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