第六章 運命の好敵手

第73話 竜聖女の暗躍




 薄暗い部屋。


 少女が一人、入って来た。

 

 長い水色の髪を後ろに縛った、一見して清楚で綺麗な顔立ちをした少女。

 真っ白な法衣には『ウロボロスの紋章』の刺繍がされている。

 それは『竜守護教団ドレイクウェルフェア』のシンボルマークでもある。


 この少女こそ、シェイマ。

 現在、ミルロード王国で指名手配されている『竜聖女』である。


 シェイマは部屋の奥で寛いでいる、二人の男達を真っすぐ見据えた。


「――ガヴァチが斃されました」


「ガ、ガヴァチが!? シェイマ様、一体誰にだ!? まさか衛兵隊如きにか!? それとも騎士団にか!?」


 威勢のいい声が激しく問い詰めてくる。


「クロック・ロウ……またあの男です。復讐に赴き返り討ちにあったようです」


「クロック・ロウ? ジークだけでなく、ガヴァチまで……シェイマ様、次はこの私めが――」


 丁寧な声が言いかけた時、シェイマは片手を前に出して言葉を制する。


「お待ちなさい。現在、クロック・ロウとそのパーティ達は強力な結界で守られた施設シェルターに身を置いております。おまけに王宮騎士テンプルナイト級の護衛が10名も配置されています……あの騎士団長のカストロフが指揮している限り容易ではありません」


「クソォッがぁ! こうなりゃ、スキル・カレッジかギルドごと葬ってやりましょうか! ああ!?」


「それでは余計、火に油を注ぐようなもの……確実性がないことを口に出すべきではありません。貴方も偉大なる『竜神』様に仕える高弟であり『使徒』なのですよ」


「は、はい……シェイマ様」


 竜聖女に窘められ、威勢のいい声の男は借りてきた猫のようにかしこまる。


「我らを匿って頂いている公爵様・ ・ ・ より、しばらくの間クロック・ロウには手を出さないように言われています。それと、この隠れ家も近日中に騎士団に知られてしまいそうなので、直ちに場所を移ってほしいとの意向です。なんでも、カストロフがしらみつぶしにミルロード王国中の貴族宅にガサ入れを始めた様子ですね」


「ああ? ここは、その公爵様が提供してくれた場所だろ? たかが伯爵如きがそんな権限あるのか?」


「王家の末端、エドアールの指示と言えば、誰も逆らうことはできません。あのゾディガー王でさえも……」


「自分から吸血鬼ヴァンパイアになった元王子ですか……そのおかげで王位継承権は失ったが、影響力はゾディガー王をも凌ぐとか? この国で我ら『教団』の教えを広めるには、最も排除しなければならぬ男ですね」


 丁寧な声の意見に、シェイマが頷いて見せる。


「そうですね。ですがまだ、その時期ではありません。『あの者』が布石を打っている状況です。いずれ戻ってくるでしょう――それよりも、例の準備は整っていますか?」


「問題ありません。極めて順調です……後は『国王』の出方次第かと――」


 その時、もう一人の何者かが部屋に入ってくる。

 逆光するシルエットから、恰幅の良い中年風の男に見えた。


「竜聖女様、それに使徒の皆様。そろそろ、ご準備は出来ましたでしょうか?」


「これは公爵様・ ・ ・。この度は私を匿って頂き、またこのような立派な場所までご提供頂き、誠に感謝の念に堪えません」


 シェイマの言葉に、公爵様と呼ばれた中年男は首を振った。


「いいえ。私も密かに『竜神』様を信仰する者……当然の協力です。しかしながら、お伝えした通り、今騎士団が厳しい家宅を続けている最中。いずれ、ここを嗅ぎつけてくるでしょう。そうなる前に、既に違う場所を確保いたしましたので、貴方様達には当面そこで過ごして頂くことになります。どうがご了承くださいませ」


「はい、何から何までありがとうございます。どうか貴方様に『竜神』ご加護を――」


 シェイマは公爵に向けて祈りを捧げる。

 その仕草と雰囲気は、まさに聖女の名に相応しい。

 但し、知的種族達の天敵と言える『竜』を祀る『竜聖女』ではあるが。


 公爵は軽く一礼する。


「……それでシェイマ様。例の準備は?」


「ええ、丁度今お話ししていたことです。後はゾディガー王の動き次第かと」


「頼みますよ……ゾディガー王の一人娘『ソフィレナ王女』の暗殺。隣国へ嫁ぐ前に葬らねばなりません」


「ミルロード王国の強化を防ぐためですか?」


「ええ、その通りです。せっかく『竜神』様のご加護で分断された国力同士を今更繋ぎ合わせる必要もないでしょ?」


「はい。しかしながら次期王位継承権もない血筋の娘を手間暇かけて始末する必要があるのですか?」


「現国王の娘ですからね……それなりにブランドはあります。それにゾディガー王には個人的な怨みもございますので……まぁ、三ヶ月ほど前から原因不明の奇病に侵され、すっかり老人となってしまいましたがね。噂では何者かに『呪術』をかけられたという噂もあるとか? ただ病気や呪いで死なすには、私の気が収まらないのも事実」


「なるほど、そのための『反国王派』ですね……わかりました。お互いに目的は一緒、この度の件も含め、我ら『竜守護教団ドレイクウェルフェア』も全力でご協力いたしましょう」


「お願いいたします……それでは」


 公爵は部屋から出て行く。


 そして心内では、


(手間暇かけてか……まったくもって、その通りだ。『彼』の成長のためとはいえ……なんとも、まぁ回りくどい)


 っと思っていたが、『彼』とは何を意味するのか知る由もない。




 数分後。


「チョリース! みんな元気っすか~!?」


 若くチャライ声の男が部屋に入って来た。


「遅いぞ、テメェ! もう引っ越しすんぞ、ああ!?」


「すんません、パイセン! ちょっと手続きに時間かかっちまって……テヘッ」


 威勢のいい声の指摘に、チャライ声は悪びれることなく、おどけて見せている。


「……まぁ、いいではありませんか。そちらも順調のようですね?」


「シェイマ様、もちっす! 明日から潜入しまーす!」


「テメェの喋り方、何とかなんねーのか!? いつもムカつくんだよぉ! 『使徒』としての自覚がねぇのか、ああ!?」


「それな! けど、パイセンにだけは言われたくねーっす!」


「んだぁ、コラァ!」


「確かに、こいつにだけは言われたくないな……ククク」


「テメェら……上等だぁ、この場で殺す!」


 丁寧な声の男にまで揶揄され、威勢のいい声の男は殺意を滾らせる。

 ピシッ、ピシッと何かが軋む音が聞こえた。


 シェイマは深い溜息を吐いた。


「おやめなさい! とにかく、貴方達は与えられた『任務』を優先するのです! いいですね!」


「「「はい、わかりました。シェイマ様」」」


 三人の男は素直に返答をして見せる。

 どうやら、唯一彼らの共通点は、教団の幹部である『竜聖女シェイマ』には忠実であることらしい。


「――では開始いたしましょう! 『反国王派』と共同し、我ら竜守護教団ドレイクウェルフェアが、このミルロード王国を奪取するのです! 全ては『竜神』の加護の下に――!」





 書斎室にて。


「……これで良かったのかね?」


〔ありがとうございます、公爵閣下。これでゾディガー陛下も喜ばれるでしょう〕


 先程、シェイマとやり取りしていた『公爵』が何者かと話し込んでいる。


 その声は意図的に加工された不自然な響きに思え、男か女なのかさえも不明であった。

 ただ口振りから、ミルロード王城でゾディガー国王とやり取りしていた『息子』と呼ばれた者と同一である。


「いや構わない……それが国王直属の隠密部隊である私の任務だからね。にしても存在しない『反国王派』まで、でっち上げるとは随分と凝ってないかい?」


〔全て『彼』の成長を促すためです。案の定、今回の行動で収穫もありました〕


「確かに……《タイム・アクシス時間軸》のEXRエクストラへ進化か。しかし、『彼』はまだキミと陛下が望む領域ではないようだね?」


〔はい。そのための『竜聖女』とその一味です。必ず成長の起爆剤になりましょう〕


「キミも……大変だな。『銀の鍵』、いや『異端の子供達』っと呼ぶべきかな?」


〔……閣下には大変感謝しております。では、これで――ランバーグ公爵閣下〕


 声が途切れると、僅か一弾指の間に眩い光と空気を斬る音が聞こえた。


 今での書斎部屋には、『公爵閣下』と呼ばれた中年男ただ一人だけしかいないようだ。


 ゾディガー国王に仕える懐刀の重鎮であり国王直属の隠密部隊長でもある男。



 ――ランバーグ・フォン・ウェスト。



 ウィルヴァとユエルの義理父でもあった。






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