第96話 ソフィレナ王女の暗殺




「どうやら詰めが甘かったようだな、クロック・ロウ! ああ!?」


 してやったりと、ダナスが嘲笑してくる。


「アンタのピンチに変わりないよ! 呑気に余裕かましてんじゃないよ!」


 セイラはダナスに向けて、拳を振り下ろした。


「へっ! 想定済みだぜ――《ペーパー・スクラップス紙屑》!」


 瞬時にダナスの身体が前後に圧し潰され『紙状』へ変化し、ひらりと拳撃を躱した。


「なっ!?」


「俺の役目は終わった! このままとんずらするぜぇ、あばよ!」


 ダナスは外へと繋がっている昇降口ハッチの僅かな隙間から、『紙状』の身体をすり抜けさせて脱出する。

 器用に自分の身体を折り曲げて、紙滑空機グライダーの形となった。


 そして空を舞って飛んで行く。


 俺達は昇降口ハッチを開け、その光景を視認する。


「なるほど……あの能力で仲間ごと幻獣車両の屋上に降りることができたってわけだな? 内部に潜入できたのは、もう一人の『転移』能力によるものか……随分と暗殺者アサシンとして相性のいいコンビだな」


「クロウ! そう呑気なこと言っている場合じゃないよ! このままじゃダナスって奴にまで逃げられちまうよ!」


 セイラが悔しそうに叫ぶ。


 ――わかっているさ。


 どいつも、このまま逃がすつもりはない!


「ディネ! ここから、あの紙滑空機グライダーを打ち落としてくれ!」


「わかったよ――《ハンドレット・アロー百式の矢》!!!」


 俺の指示で、ディネは弓矢を構え10本の矢を放つ。



 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ――!



 連射された矢は瞬時に1000本に増殖し、遠く離れて行く紙滑空機グライダーへと迫った。

 

「――なぁにぃぃぃぃぃ!!!?」


 ダナスは驚愕の声を上げる。

 逃げ切ったと思った瞬間、後方から矢の大群が襲って来ているのだから当然だ。


 しかも特殊スキルで構成された『矢』の射程距離はディネルースが目視できる範囲、または認識できる範囲までほぼ無限に追撃できる。


 圧倒する数の暴力、さらに誘導性を兼ね備えた必中の矢群。


 それが、《ハンドレット・アロー百式の矢》の脅威であり恐ろしさだ。



「ちくしょうぉぉぉぉぉ……ギャアァァァァアアァァァァァァァ――……」


 悔恨の絶叫から、絶望の悲鳴へと変わる。


 鋼鉄並の強固な装甲を誇る『竜の鱗』とて、造作なく撃ち抜けるほどの破壊力を誇る猛撃、容赦ない回避不能のオーバーキルだ。


 ましてや自ら『紙』と化したダナスが耐えきれるわけがない。


 紙滑空機グライダーは細切れになり跡形もなく消えていく。

 

 それが竜守護教団ドレイクウェルフェアの使徒、ダナスの最後であった。



「残る刺客は一人、確かフェイザーっていう男だったな……」


 俺は昇降口ハッチから顔を覗かせ、最上階を見上げた。


 奴は『転移能力』で既に、ソフィレナ王女がいる5階に到着している。

 このまま普通に階段を上っても、間に合うかどうか……。


 かと言って、移動中の幻獣車の外からよじ登って行くのはあまりにも危険すぎる。

 

「……次の手は打つ。だが今は待機しているアリシアを信じるしかない……」







**********



 クロックの予想通り、フェイザーは特殊スキル《ワープ・スプリント歪曲空間疾走》で5階まで転移していた。

 

 ソフィレナ王女専用部屋の天井から白い光輝を発した円枠が出現する。

 異空間が発生し、フェイザーは天井から部屋の中を覗き込んでいた。

 

 綺麗なドレス姿の少女がソファーに座ったまま蹲り身体を震わせている。

 黄金色の髪を後ろで結った、とても美しい少女だ。


 あの気品ある顔立ちは、ソフィレナ王女に間違いない。

 暗殺する以上、事前に標的者ターゲットの顔を調べているのは常識だ。


(クロック達が最上階のここまで駆けつけてくるまで、3分はかかる筈……まだ少し余裕がある……それに見た所、他の者はいないようだ)


 フェイザーはそう判断し、天井の円枠から姿を見せて、ソフィレナ王女のすぐ目の前に降りた。


「――なんですか、貴方は!?」


「ソフィレナ・フォン・ミルロードですね。ワタシは竜守護教団ドレイクウェルフェアの使徒が一人、フェイザー・フール。信仰なる大義のため、貴方の命を頂戴しに参りました」


「わたくしの命ですって!? だ、誰かぁ! 曲者です!」


「無駄ですよ。今、この階にはワタシと貴方しかおりません。しかし、もうじき護衛の冒険者が駆けつけてくる筈……その前に貴方を始末すればいいだけのことです」


「……護衛の冒険者? もうじき彼らが来てくださるのですね?」


「期待するだけ無駄ですよ。急いでも、せいぜい3分。それだけあれば、貴方一人を始末するのはわけがないのですから」


 フェイザーは丁寧な口調で居ながら、背中に装備していたロングソード長剣を抜いた。


 その瞬間、先程まで怯えていたソフィレナ王女の震えがピタッと止まる。


「――いや、それだけあらば十分だ。貴様を斃す時間ならな!」


 ソフィレナ王女の口調が変わり形の良い唇が吊り上がった。



 ドシャ!



「なっ!?」


 それは突如のことだった。


 左右の壁際に設置されていた、ベッドとテーブルがフェイザーの身体を挟み込んだのだ。


「こ、これは!?」


 フェイザーは引き剥がそうとするも、ベッドとテーブルは微動だにしない。

 それどころか、益々挟む力が強くなり、メキメキと体の全身が軋んでいく。


 とてつもない力……まるで万力、いや超強力な磁力の間に挟まれたようだ。


「――《マグネティック・リッター磁力騎士》。事前に左右に配置されていた家具にスキル能力を施しておいたのだよ。貴様を捕らえるためのトラップとしてな」


 ソフィレナ王女はソファーから立ち上がり、結っていた髪を振り解いた。

 スカートの中に隠し持っていた両手剣バスタードソードを取り出して刃を抜いてみせる。


「き、貴様は……誰だ?」


 家具に圧し潰されて苦しいからか、フェイザーは呻くような絞り込む声で問い質している。


「我が名は、アリシア! 我が主、クロック・ロウ様に仕える正道を歩む騎士だ!」


「や、奴の仲間か……しかし、その顔立ちは確かにソフィレナ王女……顔を創ったのか?」


「生憎、生まれつきだ。形上は親戚らしいからな。しかし実際、血は繋がっておらん。どういうわけか偶然似てしまっているようだ」


「ほ、本物のソフィレナ王女は……どこだ?」


「貴様に教えるわけがないだろ? 見ての通り、私と入れ替わった状態で安全な場所で身を隠されている」


 アリシアは自信満々に言い切る。

 彼女は予めソフィレナ王女と入れ替わり、自ら囮を買って出たのだ。


 まんまとハメられた、フェイザーは屈辱と苦しさに表情を歪ませる。


「クソッ! この程度ぉ……」


「無理だな――《マグネティック・リッター磁力騎士》!」


 アリシアは剣を振り上げ、能力を発動させる。

 すると、さっきまで座っていたソファーと他の家具類が宙を浮き、フェイザーに向かって雪崩れ込んでいった。


「ぐえっ!」


 沢山の家具に圧し潰される形で、フェイザーの全身が埋まっていく。

 その力は留まることなく圧し潰し合い、バキバキと何かが折れて砕ける音が聞こえた。


「以前のクロウ様やウィルヴァ殿と戦った時と違い、貴様のような暗殺者アサシンに一切の遠慮はいらぬからな。このまま問答無用に圧し潰して再起不能になってもらうぞ!」


 アリシアは力強く言い、さらに磁力を強める。



 バキィ! バキィ! バキィ!



 ベッドとソファーといった大型の家具が真っ二つに折れ、その場に沈む形で崩れていく。

 それでも磁力は弱まることはない。


 だが。


「!?」


 アリシアは何か違和感を覚えたのか『磁力』を解除させる。


 バスタードソード両手剣で瓦礫と化した家具類を振り払う。

本来、そこにいるべき男を探した。


 案の定だ。


「――あのフェイザーと名乗っていた男がいない!?」


 そう理解したと同時に、アリシアは鋭い殺意を肌で感じ取った。






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