第155話 疑わしき友情関係




(おい。今の話、本当なんだろうな?)


 俺は感情を押し殺し、再び思念でやり取りする。

 まだ他の者達には知られてはいけない内容なだけに。


 特にユエルには……。


〔ガチっすよ~、パイセン。銀髪の優男に、黒髪の神官っすよね? ドレイクさんとの指示通り、二人とも手を握り合っている時でタイミングもバッチリだったし、オレっちヘマなんてしねーっす! まぁ、パイセン達には、こうしてボコられちゃいましたけどね~〕


 やたらフレンドリーに状況を話してくる、首だけ状態のブラックドラゴン黒竜

 元ヒト族の魂を捕獲した『竜』の身体に移植したらしい。

 生前の記憶はないと言っているが、元々備わっていた性格や癖は引き継がれているように思える。


 誕生してまだ一ヵ月程度らしいが、さっきまでの戦いといい、下手なエルダードラゴンよりも強敵だったことには間違いない。


 勝利できたのも、みんなが協力して連携したこと。

 そして、新たに進化した特殊スキル能力のおかげだ。


(それで、ウィルヴァとシェイマはどこへ逃がした?)


〔オレっち、そこまで知らねぇっす。いや、ガチっすよ……なんでも近くに仲間が待機しているから、そいつらに回収される手筈だったっす〕


 近くに仲間だと?

 

 俺はチラッと、ウィルヴァの仲間であるカーラ達を一瞥する。


 まだ何も知らない彼女達は、今もアリシア達と一緒にウィルヴァとシェイマを懸命に探していた。

 正直、とても悪事に加担するような子達には見えない。


 だが何らかの繋がりがあり、事情を知っているのは確かだ。

 元々、ランバーグが手引きして連れてきた子達だからな。

 ここまで明るみになったからには疑いようもない。


 だがカーラ達は、ウィルヴァとシェイマが逃げたことは知らないと言い切れる。

 

 知っていたら、あそこまで必死に探す筈もない。

 あの時だって戦いにも協力してくれないだろう。

 きっと、ウィルヴァを助けたい一心で、俺と手を組む決意をしたのだからな。


 そういや、シェイル(シェイマ)は『竜』に対して慈悲を持って祈りを捧げていたが、カーラ達は平然と『竜狩り』をしていたよな?

 話した感じも、如何にも熟練冒険者風の口調だったし……。


 それにこれまで戦ってきた連中の大半は『竜守護教団ドレイクウェルフェア』の高弟で「使徒」と名乗っていた割には、あまり聖職者らしくなかった。


 特にあのスキル・カレッジに潜入してきた野郎は……。


 って、あれ?


 こいつのチャラいキャラって……なんか、そいつに似てね?


〔にしても不思議っすね~。ウィルヴァって名前を聞くと、パイセン以上にムカつくっすよね~〕


 間違いない……やっぱりそうだ。


(――お前、ソーマ・プロキシィだろ?)


〔なんすっか~、パイセン。それなんっすか~?〕


 そうか……こいつはヒト族だった頃の記憶を消されているんだった。

 だが怨恨的な感情は残っていて、それで俺とウィルヴァの名前に反応を示してやがるんだ。


 ソーマのやつが死んだ時期は大よそ一ヵ月前、謎の『時計盤』で爆死されたんだよな?


 さっきの話で、教皇と呼ばれる「ドレイク」って竜人リュウビトが、ソーマに特殊スキルを施した可能性がある。


 そうなると以前戦った、イエロードラゴン黄竜を始末したのも、そのドレイクって奴の仕業になるだろう。



 《ディエス・イレ怒りの日



 イエロードラゴン黄竜が爆死される際、思念に入ってきた言葉だ。

 おそらく、特殊スキル能力名だと思われる。


 対象者の口を封じるため爆死させる能力か……。


 しかし、その後はどのようにして、ソーマの魂を回収してブラックドラゴン黒竜の身体に移植させたのかわからない。


 そのような特殊能スキル能力者が教団内にいるのか?

 またドレイクという竜人リュウビトならではの力なのか?


 何せ、エンシェントドラゴン古竜と同等、あるいは上位の存在らしい。


 それにしてもだ。


 このブラックドラゴン黒竜も、これだけ重要なことをペチャクチャ喋っているのに、よく以前のようにドレイクに始末されないものだ。


 いや……案外こいつは対象外なのか?


 そういえば同じ竜人リュウビトだった「ダガン」も、シェイマの特殊スキルで暴走させられ、俺達に始末させるように仕向けられたよな。


ディエス・イレ怒りの日》が特殊スキル能力ならば、なんらかの制約がある。

 

 きっと、このブラックドラゴン黒竜も制約に該当する『竜』なんだ。


 だから始末することは出来ない。


 にもかかわらず、俺に仕向けさせたってことは相手も急いでそうしなればならない状況に追い込まれていた可能性がある。


 きっと、エドアール教頭とカストロフ伯爵の動きに感づき、事を急いだに違いない。


 ならば――。


(おい、もう少し生かしてやるから話を聞かせて貰ってもいいか?)


〔いいっすよー、パイセン。でも、しんどくなってきたから、ほどほどにお願いしゃす〕


 元ソーマ・プロキシィ改め、ブラックドラゴン黒竜はチャライ口調であっさり了承した。

 俺は構わず尋問を開始する。


(悪いな。さっき話していた『創生ジェネシス計画』とはなんだ?)


〔すんませーん、知らねーす。ドレイクさんなら知っていると思うっすよ〕


(なら『竜守護教団ドレイクウェルフェア』のアジトは?)


〔アジトかどうかは不明っすけど、オレっちはミルロード王国から、ちょい外れにある『ロムトア』っていう洞窟遺跡で生まれたっす!〕


 生まれたってことは、こいつはそこで『魂』を移植されたってことだな。

 即ち、そこにドレイクって竜人リュウビトが潜んでいる確率が高い。


 ――ロムトア洞窟遺跡。


 きっと、その場所で、姿をくらませたウィルヴァとシェイマは、ドレイクと落ち合う計画なのかもしれない。


 これはかなり重要な情報を手に入れたぞ!


(最後に聞くぜ――教団が祀る『竜神』ってのは何者だ? 前にイエロードラゴン黄竜から、そいつは「偉大なる超越した存在」だと聞いたぞ? さらに教団の連中はそいつの力を借りて、同じ『竜』になろうとしているんじゃないのか? お前が、その試作品みたいな存在じゃないのか?)


〔ドレイクさんの目的は知らないっすね。そもそも、あの人も『進化した竜』だし。その必要なくね?〕


 教皇とされるドレイクって奴も『進化した竜』だと?

 竜人リュウビトってのは、そういう存在なのか?


 じゃ信者達を『竜』にして同じ仲間にするため……あり得なくもないか。


〔――それと、空虚なる君主ヴォイド=モナーク


(なんだ、それは?)


〔ドレイクさんが、オレっちを生成する時に「祈りの儀式」で、そう言っていたっす――偉大なる竜神にて空虚なる君主ヴォイド=モナークよ、って〕


 ヴォイド=モナーク?


 なんだ……初めて聞く単語なのに、やたらと引っ掛かる。


 俺の記憶からじゃない。


 ざわっと身の毛がよだち、魂から湧き立つ気持ち。


 何かの駆り立てられる衝動――。


 決して、いい感じではない。


 寧ろ『トキの操者』として、深く因縁めいた……なんだ?


 俺は何を感じている?



〔……パイセン。オレっち、そろそろ逝くっすわ~、いいっすか?〕


(あ、ああ……そうだな。いつまでも、そんな状態で生かされても辛いよな? 悪かったよ、だがいい話を沢山聞けたぜ)


〔……オレっち、パイセン……いや、クロックさんの名前を聞いた時、イラっとしたっすけど……今は、それ無いっす。いい感じっす〕


 生前の記憶がないとはいえ、あのチャラく糞野郎だった、ソーマが俺のことを認めているのか?

 

 これまでの思念でのやり取りでも、素直で正直な奴だった……。


 本当のソーマはこういう奴だったのかもしれない。


 奴なりに色々なことがあって、あんあ捻じ曲がった男になってしまったのかもな。


 ――俺にはよくわかる。


 いや、五年後の未来から逃げてきた、俺だからこそだ。


 あのまま、あの世界にいたら、俺だってどうなっていたことか……。


(またヒト族に生まれ変わることがあったら、俺の所に来いよ。チャラ男なんかじゃなく、ちゃんと真っ当な男に導いてやる)


〔うぃす、あざーす……それと、パイセン……連中・ ・に気を付けてくれっす……〕


(連中? カーラ達か?)


〔いいや……さっきから、ずっと遠くでオレらをガン見しながら監視している………騎――〕


 ついに、ブラックドラゴン黒竜は事切れて逝ってしまった。


 最後に何を言い掛けたのか。


 俺には、もうわかっている。


「ありがとよ……ソーマ・プロキシィ」


 まさか、俺があんな奴に礼を言う時が来るとはな……。


 しかし貰った情報は最大限に活かさなければならない。


 ウィルヴァが俺達を裏切ったことも含めて――。


 裏切り?


 あいつは俺を裏切ったのか?


 いつから?


 あの勇者パラディンしていた未来でも?


 だとしたら……ウィルヴァ・ウエストは何者なんだ?


 もしかしたら、ウィルヴァは誰かに意識を乗っ取られ操られている可能性もあり得るが、俺はそうは考えていない。


 思い出してみれば、これまで不審な点がなくもないからだ。


 俺は黒革コート胸の内側ポケットから、『銀の懐中時計』を取り出す。

 ウィルヴァが誕生日にくれた代物である。

 

 俺がピンチな時、こいつから秒針を刻む音と同時に、ウィルヴァの声が響き鼓舞してくれる気がしていた。

 これまで、どんなに勇気づけられたことか。


 それなのに――


「ウィルヴァ……お前、一体どうして?」



 ザッ、ザッ、ザッ!



 不意に何者かが俺に近づいてくる。


 ずっと遠くで待機していた、例の騎士団達だ。

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