第85話 思わぬ終わり方、そして始まり




 パチパチパチパチ。



 暗闇の奥から拍手する音が聞こえる。


「――ウィルヴァ君、それにクロック君達、実に見事な戦いだったよ」


 エドアール教頭が姿を見せて近づいてきた。

 その後ろに、スコット先生とイザヨイ先生が後に続いてやって来る。


「いえ、僕は……先生達の協力があったからこそです。それにすみません……教頭室を滅茶苦茶にしてしまって」


 ウィルヴァは丁寧に一礼し感謝と謝罪を述べる。


 確かに、書斎机や椅子は破損しているわ、床の赤絨毯から壁にかけて燃え跡で黒焦げになっているわ、戦闘後とはいえ酷い有様だ(他人ごと)。


「構わないよ。この部屋にある物は、すぐ元に戻せるからね」


 エドアール教頭は平然と言う。


「教頭先生、この者をどういたしましょうか?」


 スコット先生が気を失っているソーマ・プロキシィの処遇に対して聞いている。


「当然、退学処分だ。特殊スキルを奪った上でね。それから騎士団長のカストロフ伯爵に来てもらい連行してもらうよ。後は専門の彼らに任せようじゃないか」


「しかしまさか、教頭先生の暗殺目的で『勇者パラディン推薦候補』にかこつけて、生徒のふりまでして潜入してくるとは……ウィルヴァ君とクロック君が気づかなかったら、どうなっていたことか……」


「イザヨイ先生の言う通りですね。期末テストの答案を盗んだことが発覚した時点で、教頭先生との接触はまずあり得ませんが……このソーマという者の特殊スキルはなかなか脅威でした。下手をしたら他の生徒や教師を人質に取られていたかもしれません」


 二人の教師が意見を述べる中、エドアール教頭は両腕を組み難色を浮かべる。


「これを機会に、今後は難民の生徒を受け入れる体制を見直した方がいいでしょうね……いくら特殊スキルの才能があっても安易に受け入れるのではなく、より厳格な審査体制を設けていくべきです」


 言いながら、エドアール教頭は俺達を一瞥する。


「ウィルヴァ君とクロック君……キミ達は相性も良く稀にない優秀な生徒だ。正直、甲乙つけがたいよ。しかし、どちらか決めなければならない……あくまで勇者パラディン枠は一つだからね。まぁ、キミ達のどちらかで決めているから安心したまえ。それと礼を言っておくよ、ありがとう」


「いえ、俺はウィルヴァとの勝負を邪魔されたくなかっただけですから……それに『竜守護教団ドレイクウェルフェア』には命を狙われている身ですし」


「僕も好敵手ライバルはクロウ君だけだと思っています。無論、『悪』は滅するべきという信念を持った上です」


「ふむ、本当に二人共よい好敵手ライバル関係だ。選んで正解だったよ……どちらか勇者パラディンになったとしても……いや、いっそ二人でパーティ組んだらどうだい?」


 それじゃ五年後と大した変わらないじゃないか?

 断然、断るぞ!


「ぐ、ぐふぅ……ぐぅ……」


 ふと何か呻き声が聞こえた。

 声をした方向に視点を置くと、両腕を縛られ猿ぐつわをされたソーマが起き上がっている。


「ソーマ・プロキシィ! テメェ、まだやるってのか!?」


「ぐふぅ! ぐふぅ、ぐふぅぅぅ!」


 ソーマは首を横に振り、必死の形相で何かを訴えている。

 よく見ると額に何かの円盤のような物体が、煌々と赤い光を放ち浮かび上がっていた。



 カチ、カチ、カチ、カチ……――。



 刻まれる秒針の音。


 間違いなく、それは『時計盤』であった。


「んんんぐぅぅぅう、ぐふうぅぅぅぅぅぅ――!!!」


 ソーマの絶叫と共に秒針が12時を指し、カチッと音が鳴った。


 ――刹那。



 ドオォォォォォオォォォ――――ン!



 時計盤が砕けた瞬間だ。


 鼓膜を突き刺す爆音と共に、ソーマの全身を内側から破裂して粉砕する。


「なっ!?」


 爆発の範囲は最小であるが威力が凄まじく、一瞬でソーマの身体が跡形も残らず塵と化し、ただ虚しく煙だけがその場に立ち込めていた。


「ソーマが消えた!? いや、爆死させられたのか!? ほんの僅かの間で……何がどうなっている!?」


 俺達が驚愕する中、エドアール教頭だけは冷静にソーマが存在していた場所へと近づいて行く。


「――教頭ッ!?」


 スコット先生が声を張り上げる。


「大丈夫です。きっと口封じ目的で始末されたのでしょう……彼の仲間達の誰かによって……」


「っという事は、呪術の類ですか?」


「それは違いますよ、イザヨイ先生。かれこれ150年生きているが、こんなエグイ呪術は見たことがない……きっと特殊スキル能力。効果型あるいは具現化型の類でしょうか? そうですね、メルフィさん?」


 エドアール教頭は魔道師ウィザードであるメルフィに意見を求める。


「はい、今の現象は内側から爆破されたように見えました。禁忌魔法の呪術にも同様の効果を与える秘術は存在しますが、威力が明らかに桁違い……ほぼ間違いないと思います」


「特殊スキルは神が与えた恩寵ギフトであり『魂の力』……生命の具現化と言っても過言じゃない。万能なる魔力とて、『生命力』のエネルギーには及ばないだろう。だからこそ、『竜』を斃せる最強の武器になるのだが……」


 嘗て『竜』に半身を食われ、生きるために自ら吸血鬼ヴァンパイアと化したエドアール教頭。

 だからこそ、『竜狩り』ができる優秀な生徒を育成し、レアリティの高い特殊スキル能力者を優遇する姿勢が強いのだろうか。

 より厳粛に『次期勇者パラディン推薦』の力を入れるのも、そのためなのかもしれない。


「……しかし教頭先生、この状況どういたしましょう?」


「スコット先生、貴方は至高騎士クルセイダーとして、早急に騎士団へ報告してください。イザヨイ先生は生徒達の誘導を……ここは私が片づけておきますので。生徒諸君も、本当にご苦労だったね、ではまた――」


 エドアール教頭の指示で、俺達生徒は『教頭室』から出た。


 最後の最後で、ソーマの爆死という何とも凄惨な結末だが、とりあえず『エドアール教頭暗殺未遂』は被害者を出さずに無事に幕を閉じたのである。






 その後、俺達は帰宅するため『聖堂』へ向かっていた。


「アリシア、それにみんなもご苦労だった。作戦とはいえ、嫌な思いをさせてすまない」


 俺はみんなに頭を下げた。


「クロウ様、どうか頭をお上げください! このアリシア、微塵も気にしておりません!」


「そうだよ、クロウ。アンタはアタシらのリーダーなんだ。もっと堂々としてなきゃ駄目だよ」


「うん、それに案外フリも楽しかったよ~。ねぇ、メルフィ♪」


「ディネさんの言う通りです。私なら、あんな男とっくの前に消去デリートしていますので……ウフフ」


「メルフィちゃん、目が怖いわ……女神フレイアよ、どうかこの者に潜む心の闇を払いたまえ――」


 やっぱみんなキャラぶれしてないなぁ。

 こういうメンタルが図太い……いや、逞しい所が頼りになるよ。


 俺も頑張って、彼女達の期待に応えていかないと……。

 


「クロウ君!」


 ウィルヴァが駆け寄ってくる。


「よぉ、お疲れ~。ソーマもあんな終わり方で後味が悪いが自業自得だな。俺達は変わらず、明日からは普通どおり好敵手ライバル関係だ」


「ああ、勿論だよ。その様子だと、どうやらソーマ君の件は気に病んでないようで良かったよ。キミは言葉とは裏腹に優しいからね……」


「俺が? まさか……」


「フフフ、でなければ、ここまで彼女達に慕われていないじゃないかい?」


 ウィルヴァに言われ、俺はチラッとアリシア達を一瞥する。


 みんな頬を染めながら、こくりと頷いていた。

 は、恥ずかしすぎて直視できないんですけど……。


「まぁ、褒め言葉として受け止めておくよ……そういや夏休み、ウィルヴァはどうするんだ?」


「遅れた分を取り返すだけさ。幸い、ソーマ君を欺くため、スキル・カレッジを休んだことで時間はたっぷりあったからね。ギルドにも登録したし、ようやくパーティの件も目途をつけれたんだ」


「え? マジでか!?」


「まぁね……だから夏休みは、もっぱら冒険者そっちの方で頑張るよ。夏休み期間が勝負だと思っているからね」


「一体誰と組んだんだ?」


「それは秘密だよ……二学期の『林間実習』で楽しみにしていてくれ」


 そうか……ウィルヴァもようやく自分のパーティを手に入れたのか。


 あの自信に溢れた様子から、かなり納得のいくメンバー達のようだ。

 夏休みが終わる頃には対等になっているかもな。


 ――上等だ。


 これで俺も引け目なく、ウィルヴァと全力で競い合えるってもんだ。


「わかった――その時まで楽しみにしてるぜ!」


 俺は自分から腕を差し出し、ウィルヴァと硬い握手を交わした。


「良かったです、お兄様……これで、わたしも心置きなくクロウさんと共に歩めるわ」


 妹であるユエルは微笑ましく俺達の光景を眺めている。

 何気に意味深なことを言っているのが気になるが……。


「うむ、美しき友情ですな。しかしウィルヴァ殿、勝つのは我が主であるクロウ様だからな。無論、私も全面にお力をお貸しいたしますぞ!」


「ウィル……アタイも親友としてじゃなく、挑戦者としてアンタに挑むよ。クロウを支えるためにもね……」


「ボクは断然、クロウ推しだからね~」


「兄さんが望むまま、私はお傍で共に歩むだけです」


 アリシア、セイラ、ディネ、メルフィもウィルヴァを称えつつ、俺のために尽力を注いでくれる。


 彼女達がいれば、俺に怖い物はないだろう。


 共に戦ってくれる限り、俺はまだまだ進化できると思っている。



 ――こうして一学期が終わり、いよいよ夏休みへ突入した。






──────────────────

後日談がもう1話続きます。


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