第86話 竜聖女と会稽の恥




 ロトム湖畔の隠れ屋敷にて。


「ソーマが、『エドアール暗殺』に失敗したようです。そして始末されました」


 竜聖女シェイマが二人の男にそう告げた。

 水色の長髪を後ろに縛り、法衣服をまとった美麗な少女である。


 例の地下部屋で、ソファーに寛いでいた二人の男は同時に立ちり驚愕する。


「シェイマ様、マジか!? ソーマが死んだと、ああ!?」


 威勢のいい声で男はシェイマに近づき、蝋燭ロウソクの僅かな光に素顔を晒した。


 まるで鶏の鶏冠トサカのようなモヒカン刈りが目立ち、両肩の肩パットに小さな棘が幾つかついた革副を着用している。

 若い風貌だが20歳は超えている。太い眉に鋭い双眸の精悍な顔立ちで、全身が無駄のない痩せ型の身体つき。

 腰元にナイフ小剣を携帯しており、盗賊シーフのように思えた。

 

「その通りです、ダナス」


 シェイマは威勢のいい声の男をそう呼んだ。


「エドアールの手によってでしょうか?」


 今度は丁寧な声の主が姿を見せる。

 背中まで流れた金色のロン毛、整った容貌は王宮騎士テンプルナイトさながらである。ダナスと同じくらい若いようだが年上にも見える。

 高身長に、身を包む鎧は胸部と前腕部に頸部分にのみ当てられている。まるで女騎士のような軽装備だ。

 軽量型長剣こと、ロング・ソードを背部のベルト固定する形で装備している。


「いえ、フェイザー。追い詰めたのはクロック・ロウとランバーグ公爵様のご子息・ ・ ・……しかし死亡に至ったのは『教皇』様が施した特殊スキルのようです」


「「――なっ!?」」


 フェイザーと呼ばれた丁寧な声の男と、ダナスが同時に驚き言葉を失う。


 シェイマは祈りを捧げるかのように両手を組んで頷いた。


「……《ディエス・イレ怒りの日》に触れたようです」


「教皇様が信頼に至らない『使徒』にのみ、密かに施される特殊スキル……まさか、ソーマが『対象者』だったとはな」


「確か任務に失敗したり捕らわれたりなど、なんらかの定められた『ワード』に触れると、どんなに離れていても始末されるんだよな……口封じ目的でよぉ」


「そうですね……私達とて実は『対象者』かもしれません。それだけ失敗は許されない重要な布教なのです」


「明日は我が身。シェイマ様、我らも事を急がねば……」


 フェイザーの催促する言葉に、シェイマはこくりと頷く。


「わかっています。例の件、ついに日程が決まりました」


「おお!? ようやく俺達も動けるんっすね!? んで、いつ頃、『ソフィレナ王女』は嫁ぐんだ!?」


 ダナスは無邪気な子供のように喜悦し、シェイマに問い質した。


「一週間後の早朝から出発するようです。クユーサーの幻獣車で隣国の『ネイミア王国』にまで向かうとのことです」


 クユーサーとは巨大な牡牛の姿をした幻獣である。

 隆々とした巨大な体躯と鋭く大きな角を持ち、要塞を動かす程の力を持ち戦闘力も見合った通りに高い。


 しかし気性が温厚のため、知的種族達でも飼いならすことができること。

 また強固抵抗力レジストを誇ることから、『竜』の影響をうけない数少ない生物でもあった。


 したがって、種族達に害を成す存在である『魔獣』とは呼ばれず、共存できる存在である『幻獣』という認識で呼ばれていたのだ。


「幻獣車となると、ちょっとした『動く城』って感じか? 流石、一国の王女様。対竜様用に金を掛けてやがるぜ、なぁ?」


 幻獣車とは、クユーサーに馬車のように荷台を載せて運搬する車のことだ。

 但し、その幻獣に見合った大きさの車であるため、巨大牡牛であるクユーサーが引く幻獣車はとにかく大きい。

 ダナスが言うように『動く城』という表現もまんざら大袈裟な比喩ではないようだ。


 フェイザーはニヤリッと口角を吊り上げた。


「寧ろ好都合じゃないか? 我らにとってはな」


「確かに。特に俺とオメェの特殊スキル能力ならよぉ……」


 ダナスも自信を込めて不敵に笑みを零す。


「問題は護衛する冒険者だな。当然、SSSランクだろうがな」


「それこそ、城内戦なら持って来いだろ? 俺らならよぉ、ああ?」


「ソーマの件もある……油断しない方がいい」


「あんな頭の悪くて貧乏くせぇ元難民のチャラいガキと一緒にすんじゃねぇよ! ああ!?」



 教皇という存在に始末された、ソーマ・プロキシィ。

 余談になるが、ダナスが言った通り、元は『竜』に村を襲われた難民である。

 決して裕福とはいえず、村が滅んだ後も祖国が何も対応せず放置されたことに絶望した。


 またソーマ自身が生まれながらのレアリティの高い特殊スキル持っていたにもかかわらず、自分よりも遥かに無能な貴族の息子達が幅を利かせる世襲制にもうんざりする。

 そして、世の中を変えようと暗躍する『竜守護教団ドレイクウェルフェア』へ入団した経緯があった。


 しかし怒りの矛先が自分の生まれ故郷と家族を食い殺した『竜』よりも、世の中へと向かうのは、それこそ矛盾した話でもある。


 だがソーマに限らず、教団員の中には純粋に宗教に心酔する者ばかりでなく、己の欲望を満たすため、あるいは別の信念を持った入団者も少なくなかった。



 ダナスとフェイザーのやり取りに挟まれた形である、シェイマは黙って首を横に振るう。


「その辺でおやめなさい。とにかく、貴方達は作戦に移るのです!」


「シェイマ様はどうするんだ?」


「私はここで派遣される『使徒』達を待ちます。ランバーグ公爵様が手引きしてくれます」


「あの小娘共・ ・ ・、四人か……確かに腕は立ちますが、融通は利かないわ些か癖が強すぎですね。シェイマ様の足を引っ張らなければいいのですが……」


 フェイザーの懸念に、シェイマは頷き同調しながらも「問題ありません」と公言する。


「その辺りも、ランバーグ公爵様が手を打ってくれています。説明したら、彼女達は凄く乗り気になったそうです」


「ご子息を気に入ったってか? まぁ、男の俺から見ても相当の美男子だからな……あっ、俺はそっち系じゃないから誤解すんなよ!」


 妙な所を気にする、ダナス。


「するか! まぁ、これで我らは心置きなく出陣できますね。ランバーグ公爵様は信頼できるお方だ」


「ご子息は、私達と義理父上との繋がりを知りません。私も近々、ランバーグ公爵様からご紹介を受けて、『彼』にお会いする手筈となっております」


 どことなく嬉しそうに語る竜聖女シェイマ。

 初めて年相応の少女らしい表情を見せた。


 対して、フェイザーとダナスは不敵な笑みを浮かべる。


「……ほぅ、では今度こそクロック・ロウ達を確実に始末する気ですね?」


「はい。勇者パラディンを目指されるご子息には申し訳ございませんが、あの邪教徒どもを亡き者にするため利用させていただきます」


「クロック・ロウは強い……だが、あの小娘共が加われば問題ねーわな」


「そうですね。ですが、まずは貴方達です……公爵様に恩を返すため『ソフィレナ王女の暗殺』を成功させてください」


「「御意」」


 フェイザーとダナスは忠実に返答する。

 二人の姿が、すぅっと闇の中に溶け込み消えた。


「邪教徒共の汚れた血と命は、我が偉大なしゅたる『竜神様』が浄化して頂けるでしょうから――フフフ」


 広々とした地下室で一人となった、シェイマは笑いを堪える。


 そして思い返す――。


 以前、ミルロード王国辺境の地、ゼーガ領になる『古代遺跡洞窟』……当初、竜守護教団ドレイクウェルフェアが根城にしようとしていた地下神殿にて、初めて奴らと邂逅した。


 クロック・ロウと仲間パーティの女達だ。


 特に、メルフィという魔道師ウィザードの少女には会稽の恥を与えられている。

 思わぬ竜牙兵スパルトイの猛威に悲鳴を上げ、命乞い同然の振舞いをしてしまったのだ。


 教団の幹部であり『竜聖女』として使徒と信者達を導く者として、あってはならない失態である。


 ――『竜神様』に仕える者として、如何なることがあっても神意を貫き通さねばならない。


 たとえ己の命を落とそうとも、その覚悟が必要なのだと。


 しかし、いざ死に直面した時、自分にその覚悟がなかったことが露呈されてしまう。



【――ひぃぃぃぃっ! 嫌だぁ、来ないでぇぇぇぇっ!!!】



 泣き叫び、なんとも無様だった言葉と悲鳴。


 さらに、使徒ジーラスを見捨てて逃げてしまった事実。



 屈辱だ。なんて屈辱なのだろう……。



「――クロック・ロウ……それにメルフィ・ロウ……貴様らだけは絶対に亡き者にします! そして、あの時吐いた『台詞』ごと、貴様らの存在そのモノを抹消してやる!」


 それは竜聖女シェイマにとって雪辱戦リベンジなのか。

 最早、本人しかわからない燃え滾る激情であった。




 さらに日数が進み、スキル・カレッジは『夏休み』へと入る――。






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