第226話 疑惑をかけられたパーティ

 冒険者ギルドを出た時、俺達に騎士団の馬車の迎えが来ていた。

 彼らは俺目的でなく、勇者パーティの主力であるアリシア達だ。


「――おい、雑用係ポイントマン! 貴様はお呼びじゃないぞ! 麗しきアリシア様と対等であるわけがないだろ!?」


 俺が馬車に乗ろうとしたら、騎士にそう呼び止められてしまう。

 そうか、過去の世界じゃ騎士達は俺にウェルカムだったけど、この時代じゃ蔑まれたままだった。

 門番兵のオッさん達とは顔見知りなんだけどな……。


「貴様ァ! 我が婚約者であるクロウ様になんという暴言をッ! 無礼打ちに処すぞぉぉぉぉ!!!」


 アリシアが凄い剣幕で怒鳴り散らしている。下手したらガチで斬り捨てる勢いだ。

 脅された騎士からそうでない者達まで「ひぃぃぃ!」と酷く怯えた形相で、その場で倒れ尻餅をついた。。


「え? ええーっ、アリシア様!?」


「こ、婚約者!? その者が!?」


「なんでぇ! どうしてぇ!?」


 騎士達が驚くのも無理はない。


 つい最近まで「勇者殿~ッ」と尻尾を振って、俺なんか奴隷並みにコキ使っていた女騎士が態度を一変させたんだからな。

 しかも「様」呼びして婚約者だと豪語する始末。


 普通は正気かと疑ってしまうのは当然だ。


「えーっではない! 言っておくが私とクロウ様は幼い頃より婚姻を結ばれた間柄なのだ! はっきり言うと運命で結ばれている! したがってクロウ様を侮辱する者は何人たりとも、このアリシアが赦さんぞ!!!」


「アリシア! ここぞとばかりにクロウの正妻アピールすんのやめな! アタイらだって、クロウへの愛は負けてないんだからね!」


「そうそう! もうボクらのクロウだよぉ!」


「言っておきますけど、私の方がアリシアさんと出会う前からクロック兄さんのことが大好きだったんですからね!」


「確かに愛を育むのに時間も必要でしょう。ですが、クロウさんを慕い大切に想う気持ちは皆も同じではないでしょうか? 無論、わたしもクロウさんへの想いは誰にも負けません」


 女子達の愛を語る主張ぶりに、騎士達全員が「ええーっ!!!」と大口を開けて一斉に声を張り上げている。


「ま、まぁ、いきなりの変わりぶりに戸惑ってしまうのは当然っすよね? しかも自国の勇者パラディンが消息不明って時だし……その辺も含めて、俺からも説明しなきゃいけないんで乗せてもらっていいっすか?」


 俺は場の空気を読み、あえて低姿勢でへりくだった言い方でお願いしてみる。

 とても神となった男の態度じゃないと思う。


「わ、わかりました……クロック殿。どうかお乗りください」


 呆然とする騎士に促され、俺もみんなと同じ馬車に乗ることができた。

 しかし行くとこ行くとこで超揉めるのは勘弁してほしい。


 馬車の中でも隣の座るアリシアが「流石はクロウ様! あのような無礼な下々の輩でも謙遜した態度をお見せになるとは……とても、お優しくて素敵です!」と褒めちぎってくる。


 その度に他の女子と揉めて騒ぎになることは、過去とそう変わらない光景だ。

 いや違う。大人になっている分、アピール合戦が苛烈化している気がするぞ。



 ミルロード王城にて。

 俺達は謁見の間に通された。


 過去の世界では何度も訪れた場所だが、この時代の俺にとって初めてとなる場所となる。

 兵士の案内で赤絨毯の上を歩かせられ、各々が所定の場所へと誘導され跪く。


 サブリーダーのアリシアが中心で畏まり、雑用係ポイントマンの俺は後ろで腰を下ろすよう指示を受ける。

 その時、司祭プリーストのユエルから「『竜殺しドラゴンスレイヤー』の推薦を受けた方に対して無礼ではありませんか!?」と強い口調で抗議するも、俺は場の空気を読んで「ここでいいからね」と宥めた。


 下手したら他の女子も便乗し、また揉め事へと発展してしまう。

 しかし、あの控えめなユエルも言うようになったよな……やっぱ俺のせいか?


 そんな俺達が跪く前方には、玉座に腰掛けるゾディガー王がいる。

 左右の隣には宮廷魔導師と最高司祭ハイプリーストが立っていた。


 斜め前方に大臣枠で懐刀の公爵ランバーグだ。

 当然だがこの時代の奴は健在か……しかもオールドという老人の姿じゃなく変装した恰幅の良い中年オッさんの姿だ。


 それにゾディガー王も過去の時代より随分と若い……いや、元々40代半ばの若き王様だ。

 自身の特殊スキル《レトロ・アクティヴ・ワールド遡及の世界》で俺を過去へと遡及させ、その代償で老体化したとウィルヴァは言っていた。


 この時代で陛下はどこまで関与しているかは謎だ。


 おっ、斜め隣の方に騎士団長のカストロフ伯爵が立っているぞ。

 この人も俺の存在は知らないだろうけど、過去では頼もしい味方だけあり視界にいるだけでも何故か安心できる。


 にしても随分と錚々たるメンバーが集まっているよな?


 いや、一国を代表する勇者パラディンが失踪したんだ。

 とても凱旋を祝う雰囲気じゃない。

 寧ろ殺伐とした空気が流れている。


『審問会ってやつだね。どうする気、クロウ? 貴方だけなら《ジェネシス創世記》の力で、この世界を放棄して逃げることもできるわよ』


 レイルが俺に近づき耳打ちしてきた。

 この子は誰の目にも見えないからか、自由気ままに辺りを飛び回っている。

 普段からこういう感じなんだろうな。


 とはいえだ。


「……この時代のアリシア達を見捨て自分だけ逃げるわけねーだろ。そもそも、こういう事態になったのも、全てお前とウィルヴァの責任じゃねーか。いいから黙って見てろ、この場は俺がなんとかする」


 小声でそう呟くと、レイルは『そぉ? んじゃ見ているわね』とあっさりと身を引いた。

 野良猫並みに気まぐれな『銀の鍵』だぜ、まったく。


 しばらく長い沈黙が流れ、最初にゾディガー王が口を開いた。


「勇者パーティ達よ。よくぞ過酷な『竜狩り』から戻って来てくれた……っと、労いたいところだが、なんでも勇者ウィルヴァが突如失踪したとか? 報告を受けても尚、余は信じられないのだが?」


「ハッ、陛下。しかしながら事実です。我らがエルダードラゴンを待ち構えている際、勇者殿は忽然と姿を晦ましたまま行方不明となれました。残念ながら理由は我らも存じません……」


 アリシアは包み隠さず事実のみを伝える。

 無論、周囲は納得する筈がない。


 国王の隣に立つ宮廷魔導師と最高司祭から「信じられない。あれほど優秀な勇者パラディンが……」と呟き、周囲の騎士や高官達も「あの勇者が竜怖さに逃げ出すとは思えん」とざわついている。


 ゾディガー王が片腕を上げると、どよめきが静まった。


「皆の疑念も無理もない……司祭プリーストユエル、其方は勇者とは実の妹だったな? 兄はどうなったと思っている?」


「陛下、お言葉ですがどうなったとはどういう意味でしょうか?」


「この世にいるかいないかだ。余には勇者が恐れをなして逃亡したとは思えん。であれば何かしらの不運で死んでしまったという線を視野にいれるのは当然だろ? 例えば男女間のトラブルに巻き込まれたとか。あれほどの美男子であれば、そういった疑惑も考えざるを得ない……其方らの間で勇者を取り合っていたという話も耳にしているぞ」


「バカな!? い、いえ……そんなことは断じてございません! 女神フレイア様に誓います!」


 ユエルは憤りながらも言葉を選び否定した。


 傍で聞いているアリシア達も国王相手にブチギレるわけにはいかず、奥歯を噛み締めながら背中を震わせ耐え凌いでいる。


 ふむ。


 どうやらゾディガー王は、アリシア達がウィルヴァと男女の情事で揉めてどうこうしたと思っているようだ。


 確かに少し前まで、俺と周囲に見せつけるかのように取り合っていたからな。

 しかしそれは、呑気に宙に浮遊している竜娘レイルの特殊スキル《カルマ・コンバ―ジョン因果変換》で調整された偽りの関係。


 きっと本来は俺に向けられる感情が、ウィルヴァに向くよう変換されたのだろう。

 だから解除された時、その反動が俺に押し寄せ今の過激アプローチに発展しているってわけだ。


 そう指示したウィルヴァの奴もいくら俺に好意を抱き、アリシアから遠ざける目的だからってムカつくぜ。


 ゾディガー王を発言で、周囲からも疑惑の目がアリシア達に向けられている。

 このままだとガチで男女間のトラブルで何かあったと決めつけられそうだ。


 けど気になることもある――。

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