第137話 語られるフェアテール家の事情




「どうして、カストロフ伯爵がここに?」


「それが伯爵の特殊スキルだからだよ。一度、入った場所であれば、創り出した異次元を通して自由に出入りすることができる。どんなに遠くに離れていてもね……確か《ディメンション・タワー異次元の塔》ってスキル名だっけ?」


「まぁ、そんなところです。無闇に出入りすると不法侵入になりますので、戦闘時以外は控えるようにしています」


 侵入、あるいは逃げるのに特化したスキルだな。

 他に付属する効力があるかもしれない。

 

 だけど、どちらかといえば暗殺者アサシン向けであり、とても騎士団長が持つイメージがない能力だ。


 いや、今はそんなことより――


「カストロフ伯爵! これはどういうことですか!? どうして、ウィルヴァは『勇者パラディン候補』から外されなきゃいけないんですか!?」


「彼にはある疑惑があるからだよ。正しくは、彼の義理の父であるランバーグ公爵だ」


「ランバーグ公爵? ユエルの義父おとうさん……まさか」


「アリシアから、クロック君はとても博学だと聞く、ならばゾディガー陛下の私兵と噂される『隠密部隊』っという組織は知っているかね?」


「い、いえ……聞いたことがありません。それが何か?」


 5年後の記憶を持つ俺でも、ゾディガー国王が私兵を持っているなんて聞いたことがない。

 そもそも、ただの雑用係ポイントマンだった俺は王室事情には疎いんだ。

 エドアール教頭先生や、カストロフ伯爵だって、今の時代で知り合ったくらいだからな。


「そうか……なら、その話は後でいいだろう。まずは、私個人の話を聞いてもらっていいかい?」


「カストロフ伯爵の個人話? 俺がですか?」


「そう、同じ貴族である男爵バロンとして、あるいは次期勇者パラディン……いや、アリシアが心に決めた主として聞いてほしい」


「アリシアの主として? 彼女に関係することですか?」


 俺が問うと、カストロフ伯爵は頷いた。


「クロック君、キミも不思議だと思ったろ? ゾディガー陛下の娘である『ソフィレナ王女』がアリシアと髪や瞳以外が瓜二つなことに関して……」


「は、はぁ……でも母方が双子の姉妹だと聞いております」


「ブリットだね。彼女は確かに王妃と双子の姉妹だが、髪質はソフィレナ王女と同じブラウンだ。そして王妃であるブリッタは、アリシアと同じ黄金色の髪だった……」


「どういうことです? てか、伯爵は俺に何が言いたいんです?」


 尊敬に当たる人だが、ここは失礼と思いながらも俺は自分の言葉で問い質してみる。


「クロック君、これから話すことは、どうか他言無用でお願いしたい――」


 カストロフ伯爵は淡々とフェアテール家の事情ついて話し出した。


 その内容に俺は言葉を失う。


 アリシアが実は養女だと?

 瓜二つの娘の代わりとして?


 ――って待てよ


 さっきの話の流れからだとすると……まさか?


「――ソフィレナ王女こそが、私の本当の娘であり、本物の『アリシア』なのだよ、クロック君」


「え!? ソフィレナ王女が……どういうことですか!?」


「全てはゾディガー王と、今は亡きブリッタ王妃のため――」


 カストロフ伯爵は話を続ける。


 隠された、フェアテール家の事情について。



 それは、かれこれ16年前に遡るらしい。


 当時、ミルロード王城では不測の事態に陥っていた。


 生まれたばかりの赤子が、当時の『反国王派』に拉致されたらしい。


 カストロフ伯爵率いる騎士団が総力を挙げて反対派を探し出し、全員を討ち斃すも肝心の赤子は一向に見つからなかった。


 ブリッタ王妃は食事がまともに取れないほど憔悴し落ち込み、ゾディガー王も心を痛めていたそうだ。


 側近である、「ランバーグ公爵」の提案で親戚でもあるカストロフ伯爵に頼み、丁度同じ年に生まれた女の子、ソフィレナを養女として預けてはと提案を受けた。


 カストロフ伯爵も抵抗を感じながらも、親戚である王妃の身を案じたことと、赤子が見つからないのは騎士団長である自分にも責任があると思うようにし了承して預けることにする。


 ブリッタ王妃はソフィレナを自分の娘のように溺愛し、ゾディガー王も実の娘のように彼女を可愛がった。


 だが、今度は妻のブリットの様子が可笑しくなる。

 国王達に可愛がられ幸せとはいえ、娘を預けたことに納得せず、寧ろ恨みの念を抱いていたからだ。


「妻のブリットは今でも陛下と姉君であるブリッタを怨んでいる……だから、アリシアにも辛く当たるようになってしまったのだ」


 だから、アリシアは母親の話になると消極的になるのだろう。

 にしても可笑しくないか?


「どうして奥さんは国王を怨んでいるからって、アリシアに辛く当たらなければならないんです? あいつ……いえ、彼女は関係ないじゃないですか?」


「アリシアは、ゾディガー王とブリッタ王妃の本当の娘だからだよ」


「え!?」


「赤子が行方不明になり5年くらい後、ある孤児院でアリシアを見つけたんだ……顔立ちから髪の色まで、ブリッタ王妃に似ていたからすぐにわかったよ……拉致した国王反対派の一人が赤子を孤児院に預けたらしい」


「どうして?」


「本当は見せしめに赤子を殺す予定だったが、一人の反国王派が躊躇したようだ。殺したふりをして、こっそりと孤児院の前に置いて逃げたそうだ……」


「その反国王派は捕まったんですか?」


「ああ、既に捕まって今も牢獄にいる。一応、生かしてくれた恩もあり、牢主として他の囚人どもを取り締まっている役目を与えている。本当ならとっくの前に極刑だがね」


 そうか、その躊躇した男に一応は感謝するべきか?

 妙な話だけど……。


「アリシアはそのことを知っているんですか?」


「ああ、既に5歳くらいだからね。流石に物心はついているだろう。しかし、アリシアは自分が王族であることまでは知らない。今更知っても遅いからな……」


「遅い? どうして?」


 俺の問いに、カストロフ伯爵は頷く。


「アリシアを見つけた保護した後、私はゾディガー王に報告し、あわよくば本物のアリシア……ソフィレナ王女を返してもらおうと思った。しかし、ゾディガー王もブリッタ王妃もソフィレナを本当の娘として愛情を注ぎ手放すのを拒んだ。さらに、アリシアも引き取る話も浮上したくらいだ」


「しかし、カストロフ伯爵はそれを拒み、アリシアを養女として迎え入れたと?」


「その通りだよ、クロック君。いくら親戚でも虫が良すぎるだろ? 妻のことを考えると腹立たしさも芽生えてくる」


 とても忠誠心の高い、騎士団長の言葉とは思えない。

 ましてや、同じ王族であるエドアール教頭の前だ。

 それだけ、カストロフ伯爵は「素」で俺に話してくれているのだと思った。


「でも、よく国王の命令に背くことができましたよね? 俺にはよくわからない世界ですけど……」


「一応は親戚だからね……王妃の双子の妹であるブリットは強く出られる。ただ、私の方は問われこそしないが、貴族としての出世は断たれたがね。どんなに手柄を立てようと、『伯爵』の地位以上には上がらないようにされている」


「えっ? 本当ですか?」


 俺の問いに、カストロフ伯爵だけでなく、エドアール教頭も頷く。


「カストロフ伯爵ほどの優秀な貴族なら、とっくの前に『公爵』の地位に就いているよ。さらに王妃の親戚となれば、懐刀であるランバーグ公爵より発言権はあるだろうね……」


「あれ? でも、最初に養女の話をしたのは、そのランバーグ公爵なんですよね? あれ? これって……まさか」


 俺の言わんとする推察に、二人は同調して頷く。


 エドアール教頭が口を開いた。


「――今、思えば全てランバーグが裏で糸を引いていたのだろう。『反国王派』も実際は存在しない偽者の組織フェイクであり、赤子を拉致したのもランバーグが裏で所属し隊長として指揮する『隠密部隊』というわけだ。全て、カストロフ伯爵に権限を与え過ぎないようにするためのね」


「どうして、そんな面倒な真似を……?」


「彼に隙がないからだよ。失脚させるにも確固たる理由がいる。カストロフ伯爵ほどの人物を今の地位から降ろすのは不可能だ。それに手柄を立てれば、否応でも褒美を与えなければならない。領土、地位、貴族階級。いずれ、ランバーグに代わり王国のNO.2になるだろう」


「アリシアを拉致した反対派の男も、『隠密部隊』に雇われた普通の男だった。但し、《制約魔法ギアス》が施されているので、口を割らせることはできないがね」


 普通の男だからこそ、アリシアは生かされたのか……。


 要はカストロフ伯爵に権限を与えないよう、全てランバーグ公爵が裏で仕組んだことだってのか?


 どちらにせよ、許せねぇ……ランバーグ。


「ゾディガー王は、そのことを?」


「彼も普段から何か企んではいるけど基本、そこまで性根が腐った人物ではないよ。きっと、ランバーグは他の貴族と結託して、カストロフ伯爵に歯止めを掛けたかったんだろうね……理由はさっき言った通りだと思うよ」


「あくまでも、ランバーグ公爵と『隠密部隊』が仕組んだこと……そう見込んでいるが、エドアール殿下が仰る通り、ゾディガー王も何やら思惑を抱いている気配もある……あの老化がいい例だろう」


 エドアール教頭とカストロフ伯爵の話を聞き、俺は再び言葉を失う。


 隠密部隊……ゾディガー王の私兵。

 今は隊長のランバーグと暴走状態にあるらしい。


 本当に、そんな連中が存在していたなんて……。


 しかも、ウィルヴァとユエルの義理の親父が首謀者だってのか?






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