第210話 勇者VS魔竜の決着

 魔竜ジュンターの脳裏に走馬灯が浮かんでいた。

 それは人間であった『桜部 淳太』としての記憶だ。


 日本という国で順風満帆の人生を送っていた淳太は当時17歳の青年であった。

 国内有数の大病院を経営する医者の息子として生まれ、将来は親の後を継ぐことが決まっていた。

 また淳太自身も優秀であり成績トップでスポーツ万能、さらに容姿端麗と非の打ち所がない男である。


 当然ながら異性にモテており、不特定多数の異性と関係を持ち俗に言うセフレの関係をもつ女子が何人もいた。

 

 まさに勝ち組、生粋のエリート。

 それが地球テラで過ごしてきた淳太だ。


 しかし、思わぬ形で崩壊することになる。


 ある日、淳太は父に用事があり経営する病院に訪れていた。

 そこの正面玄関前で突如、自動車に突撃される。

 不意すぎる出来事で、淳太は轢かれてしまい――死んでしまったのだ。


 ミサイルの如く突撃した自動車には高齢者が運転しており、ブレーキとアクセルを踏み間違えての事故である。

 理不尽に訪れた死に、淳太は殺した者への憎しみだけが残り、それは怨念と化し魂に宿された。


 そして強き念は次元を超え、『時空の牢獄』で鎮座する『空虚なる君主ヴォイド=モナーク』に届き魂が導かれる。

 


 ――汝、我と盟約する気はあるか?

 さすれば我が分身として貴様に新たな生命と肉体を与えよう。



 そう持ち掛けられ、淳太はこのまま終わるのは無念でしかないと言葉に従った。


 こうして竜族最高位であるエンシェントドラゴンとして新たな生を受けた、淳太こと魔竜ジュンター。

 主の命に従うまま、知的種族を襲い食らってきた。

 しかし、いくら無双の古竜となっても、今の姿に納得する筈もなく。


 そんな中、『銀の鍵』であるレイルに声を掛けられ、ウィルヴァと接触する。

 彼ら掲げる『創世記ジェネシス計画』を持ち掛けられ、竜守護教団ドレイクウェルフェアに加担することになったのだ。


 だが今、思わぬ形で窮地に立たされている。

 それもたった二人の人族によってだ――。



『ぐぉぉぉぉぉ! ヤラれてたまるかぁあぁぁぁぁぁ!!!』


 身動きを封じられた魔竜ジュンターは咆哮を上げる。

 突如、義眼として埋め込まれた左眼の宝玉が裂け、そこから筒状の砲身が出現した。

 砲口が神聖官レリックのカネリアに向けられている。

 

「――サリィ、マズイわ!」


 カネリアが叫んだ。

 彼女は合掌した体勢で特殊スキル《マザー・ブレス慈愛母の息吹》を発動中であり、その間は身動きが取れないという縛りがある。


「こいつ嘘でしょ!? あたしのスキルが不発だなんて……カネリア姉さん!?」


 勇者サリィは魔竜ジュンターの心臓近くまで接近し、《強奪者の強制転換ロバリー・コンバージョン》を放っていた。

 が、スキルが不発だったことに感覚で悟る。

 しかも身動きが取れないでいる、カネリアが狙われていることに気づいた。


「技能スキル――《瞬足》ッ!」


 サリィは高速に移動し、カネリアに接近する。

 同時に砲口から凝縮された高熱の粒子エネルギー弾が放たれた。


「サリィ!」


 カネリアはサリィに飛びつかれ素早くその場から離れる。

 辛うじて紙一重でエネルギー弾を躱したが、地面に着弾した威力はすさまじく、その衝撃により二人は抱擁したまま吹き飛ばされた。


「「ぐっ……」」


 サリィとカナリアは何度も地べたを転がる。

 直撃は免れることができたが、高熱の粒子に庇った側のサリィは背中の一部を焼かれ、強烈な衝撃波により二人ともダメージを追った。


 さらに、カネリアが動いたことで《マザー・ブレス慈愛母の息吹》が解除され、魔竜ジュンターを押さえつけていた女神フレイアの巨像が霧状となり消失してしまう。


『うおっ、危ぶねぇ! 執念で難を逃れたぞぉぉぉ、コラァ! クソがぁ、随分とやってくれたなぁぁぁ!』


 魔竜ジュンターは身を起こし自分の損傷を確認している。

 ほぼ全身の鱗が溶かされ《反特殊能力無効領域アンチスキルフィールド》の機能を失ってしまった。

 両翼にも損傷を受けているが、まだ飛べる範囲だ。


 対してサリィとカネリアは全身に裂傷など相当のダメージを負っている。

 特にサリィは身を挺してカネリアを庇っただけに、背中など重度の火傷も見られていた。

 

 勇者とはいえ所詮は貧弱な人族か、魔竜ジュンターはそう思った。

 耐久性及び身体能力面フィジカルでは、エンシェントドラゴンである自分が圧倒している。


 魔竜ジュンターは口端を吊り上げた。


『俺が逃げる必要はねぇ! こいつらとは地上で決着ケリをつける!』


「……あいたた。なぁに、この程度で勝ったつもり? ナメてんじゃねぇっつーの! だけどさぁ、一つ聞いていい?」


 サリィは、ふらふらと起き上がりながら言葉を吐く。

 一方のカネリアは吹き飛ばされた衝撃で気を失っている。


 ジュンターはそれを見定め、長い首を上下に振るった。

 回復役さえ無力化できたのなら、自分の勝利は揺るがないと確信する。


『なんだ? 冥途の土産として答えてやるぜ』


「アンタ、前は右側に残りの心臓があったよね? けど今はなかった・ ・ ・ ・。どういうこと?」


『んなの魔改造されたからだ。おかげで心臓の位置を左右に移動することができるんだぜ! だからよぉ、テメェに奪われる前に移動させたってわけだ! 外からじゃわかんねぇよなぁ、ブワハハハハハ!』


 高笑いする魔竜ジュンターに、サリィは「あっ、そう」と言いながら内心穏やかではない。

 現時点で左側に心臓があるとわかっても、また寸前で移動されては不発で終わってしまう。


 これ以上のダメージは負えない。

 次は確実に死んでしまうからだ。

 勇者サリィは瀬戸際に立たされていた。


(どちらにせよ、狙えるのは勝利を確信し油断している今だけよ。けどまずは、カネリア姉さんから注意を反らす必要があるわん……それと)


 そう思考を巡らせ、サリィは突撃を開始する。

 相当のダメージを負っているにもかかわらずスピードは落ちてない。


『勇者が! もうテメェにはそれしかねーわな! だがよぉ、勝負は既に俺が詰んでいるんだぜぇ――カモン、ソイルドラゴン土竜!』


 魔竜ジュンターの合図と共に大地が揺れる。

 地鳴りと共に無数の亀裂が入り、疾走するサリィの足元が陥没した。


 そこから大口を開ける、ソイルドラゴンが飛び出してくる。

 サリィを食らおうと真下から奇襲してきたのだ。

 

 だが刹那、サリィはニヤッと微笑を浮かべる。


「――読んでいたわ! アンタの手口なんてお見通しよ!」


 サリィは素早い身のこなしで、バックステップで砕かれ宙に浮く岩々を飛び移る。

 あっという間に、大口を開ける竜の鼻先に着地した。

 さらにそこから高々と跳躍する。


 地面からでは決して届かないであろう、魔竜ジュンーの胸部。

 心臓の位置にまで達した――。


『ぐっ、この女ァ! また俺の心臓を奪うつもりか!? だがテメェが定める照準から心臓の位置をずらせば不発に終わらせるぜぇ! それからカウンターでブチ殺す!』


「もう、それも克服したちゅーの! ソイルドラゴンの奇襲がわかったと同様にね――リーゼ、お願いよん!」


『了解ッ! サリィちゃん、奴の心臓は左から右に動こうとしているわぁ! 動いた瞬間に狙うのよぉ! 私が指示したタイミングでねぇ!』


 そう、リーゼ・マインの《サンクチュアリ・ナビゲーター聖域への案内人》だ。

 どれだけ遠隔でも思念で通信が可能であり、索敵や敵の弱点など導きだす特殊スキルである。

 サリィはこのスキルのおかげで、ソイルドラゴンの奇襲攻撃を予期して躱し、魔竜ジュンターの胸元に迫ることができたのだ。


『今よ、動いたわ!』


「あいよぉぉぉ――《強奪者の強制転換ロバリー・コンバージョン》ッ!!!」


 勇者サリィは掌を翳し特殊スキルを発動する。

 一度でも捕捉されたら回避不能の絶対能力だ。


 掌から放たれた光を皮切りに、魔竜ジュンターは心臓を奪われた。

 肉体から抜け落ちるたかのように、ドスンと複雑な機器に覆われた巨大な心臓が地表を響かせて転がる。

 また外気に触れたことで、脈打つ心臓は硬縮され『ドラグジュエル』と化した。


『ギャアァァァオォォォォ――……!!!』


 魔竜ジュンターは天に轟くほどの絶叫し吠え猛る。

 心臓を奪われたが即死とはいかず、機工魔法の影響もあって激しくのたうち回った。


 しかし既に風前の灯火、最後の悪足掻きであり断末魔だ。


『お、俺は……ただ地球テラに戻りたかっただけなのに……ちくしょう』


 それが魔竜ジュンターの最後の言葉。

 ついに事切れ、力が抜け落ち倒れ伏せた。

 また地中から飛び出していたソイルドラゴンも、超巨体の下敷きとなって共倒れとなる。


 勇者サリィは亡骸となった魔竜ジュンターの背中へと着地した。


 そして、


「とったどぉぉぉぉ――!!!」


 天を仰ぎ歓喜の声を上げた。

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