第17話 野営と拭えないトラウマ




 王国の領土からすこし離れた地域に『神精樹の森』がある。


 嘗て妖精族と獣人族が住む森として伝えられていたが、『竜』の侵攻にて追い出されミルロード王国にまで避難してきたという歴史があった。


 このまま侵攻を許せば国にも被害が及ぶと考えられ、種族達が手を取り合い『竜狩り』に及んだという伝承がある。


 それからも、長きに渡る冒険者達の活躍により、先導していた主犯格ボス『竜』を打倒すことに成功している。


 五年後の糞未来では、無事に妖精族と獣人族達に返還された数少ない戦果も挙げられていた。


 まぁ、それを成し遂げたのが、その時代に俺が所属していたウィルヴァが率いる因縁のパーティなんだけどな。




 ――そして現在。


 強力な力を持った『竜』や『魔物モンスター』達は先代の冒険者達に討伐されており、現在は低級の魔物モンスターしかいないないとされる。


 しかし時折、竜こと『アース・ドラゴン』の目撃例もあるとか?


 だが所詮は知能が低い、最下級の陸竜だ。

 きっともう野生化していると思われる。


 遭遇しても一般の冒険者なら手を焼くかもしれないが、特殊スキル持ちのパーティなら、たとえ初陣メンバーでもそこそこ戦えるだろう。




 俺達は早朝に学院から出て、夕方前に現地に辿り着いた。


 そこで、一学年の学年主任であり、今回の実習担当であるスコット先生から簡単な説明がされる。


「この先を進めば森へと入る。今日から明日の夕刻まで、諸君らはこの森で『狩り』をしてもらう。事前に決められたパーティで協力し合って事を成し遂げてくれ! 諸君らの士気を高めるために、より多くのモンスターまたは竜を狩ったパーティにはポイントを付け、より好成績を収めたパーティを優勝とする。無論、優勝パーティには名誉ある称号と恩遇が与えられるだろう! 是非に頑張ってほしい! だが無茶をするな、あくまで生きて戻ってくることを優先とすること、いいな!」


 俺を含め、整列している全生徒が「はい!」と大きな返答をする。


「では林間実習、初めーっ!!!」


 スコット先生の号令で生徒達は各々のパーティに別れて行動を開始する。



 俺のパーティは女騎士ナイトのアリシア、魔道師ウィザードのメルフィ、弓使いアーチャーのディネルース。


 そして雑用係ポイントマンである俺の四人だ。



 本当はもう一人くらい先陣を切れる奴と回復系ヒーラーが欲しかったんだが、間に合わなかった。


 まぁ、一泊二日の短期間だし、狩りをするだけなら問題はないだろう。


 みんなレアリティの高い特殊スキル持ちだしな。




 森に入る前に、先頭を歩く俺は空を見上げた。


 既に赤色に染まっており、太陽が下の方に見える。


「もう少しで日没か……」


 俺は暗殺者アサシンが好んで着用する黒革製のコートを羽織り、大きいリュックを背負っていた。

 後方が見えないので体ごと振り向き、自分のパーティ達を見据える。


「一時間ほど歩いたら、適当な場所で野営をするぞ」


「クロウ様、お言葉ですが『狩り』はどうなされるのですか?」


「それは明日の早朝からでいい。素人ばかりの集まりが夜の狩りをするもんじゃない」


「はぁ……我が主が、そう仰るのであれば」


 アリシアは腑に落ちないながらも従順に頷く。

 メルフィとディネも素直に了承した。


 本当は雑用係の俺なんかより、騎士であるアリシアにパーティのリーダーを任せるべきだが、この女は戦闘以外ではポンコツだ。


 仕切らせたら、きっと夜通し狩りをすると言いかねない。


 そんなので丸一日も頑張れるわけねーだろって感じだ。


 だから結局、俺が仕切ることにした。


 俺には未来の知識もあれば、技能スキルも揃っている。


 特に『野営』スキルと『索敵』スキルはカンストしているからな。

 糞未来で、この女達に散々しごかれたおかげで……。


 まずい……またトラウマ・スイッチが入りそうだ。





 一時間ほど歩いた所で、俺は野営できそうな平地を見つける。



「ここでテントを張る。待ってろ――」


 俺はリュックを下ろし、テキパキとテントを張る。


 同時進行で、事前に拾っておいた薪に火を付けて調理の準備に入るなど器用なことをしてみせた。


「「「おお~っ!」」」


 女子共は感嘆の声を上げる。


「凄い、クロウ様! なんと華麗な動き! このアリシア、身を震わすほどに感服しております!」


 それ以前に手伝えよ、お前……。


「兄さん……いつの間にこんなスキルを?」


 妹よ、それは糞未来でお前に散々「テントくらい早く設営しなさいよ……グズ」と罵られたからだよ。


「それに同時に火もあっという間に起こしちゃうなんて神業だよ~!」


 あんがとさん、ディネ。

 けどこの技術……元を正せばお前が俺の仕事を邪魔しまくって身に着けたスキルだからな。


 やっぱ駄目だ……。


 いくら女子達に褒め称えられても、まるっきり嬉しくない。


 寧ろトラウマが蘇ってくる。


 しかし顔に出すわけにはいかないので、俺は適当に「どうも……」と軽く頭を下げた。




 準備が終えた辺りで薄暗い夜になった。


 その後、ランプに火を灯し、この森の地図マップを広げる。


「明日の早朝から勝負を掛ける。狙うは陸竜アース・ドラゴンっと、言いたいところだが生息しているか不明だ。あくまで噂だからな。適当な魔獣モンスターを斃してポイントを稼ぎつつ、この地図にある洞穴に入ってみるか……案外、そいつの巣になっているかもしれない」


 ――いや、必ずなっているね。


 俺には、この林間実習の記憶もばっちり残っている。


 当時、ウィルヴァが討伐してパーティは優勝したんだ。


 しかし、どうやって竜の存在を知ったのか覚えていない……。



 いや、俺は見せてもらえなかったんだ。

 あの時の俺はただの雑用係ポイントマン扱いで戦力外だったからな。


 確か、探し当てたのは同じパーティだった、あの女。


 ――拳闘士グラップラーのセイラだ。


 しかし職種上、索敵や探索とは無縁職である、あのデカ女がどうやって見つけ出したかわからない。


 一つわかることは、きっとセイラの『特殊スキル能力』だと思う。


 そして、これだけは言える。


 明日、必ずウィルヴァのパーティとかち合うことになるだろう。


 もし、向こうから「ドラゴン相手だから一緒に戦おう」と持ち掛けられても、俺は断固として拒否する。


 ――俺はウィルヴァに勝つ! 勝ちたいんだ!


 もう二度と、糞未来にならないためにも、奴よりも優れているという証が欲しい。


 それから胸を張ってのスローライフってもんだ。



 俺は地図マップを握りしめ、嘗ての自分と葛藤して思いに耽る中。


「「「じゃんけ~ん、ポン!」」」


 何故か女子共が必死でジャンケンをしている。


「……何しているんだ、キミ達は?」


 俺が言葉を掛けると、みんなの手がピタッと止まった。


「い、いえ……これは、そのぅ、この中で誰がクロウ様の隣で寝るのか……公平に決めていたところで」


「兄さんが真ん中に寝ていただければ、左右のどちらかはゲットできます……しかし、残り一人余ってしまいます」


「ボクは嫌だよ! 除け者にされるのは、あのクラスだけで十分なんだから!」


 な、何言ってんの、こいつら?


 んなのジャンケンで決めんなよ……何なの、もう。


「いや、俺は外で見張り番しているから、お前達だけでテントで休めよ」


「「「ええ!?」」」


 ええ、じゃねーし。


「俺は雑用係ポイントマンだ。夜番は当然だろ? それに、お前ら索敵スキルないじゃん。どうせ夜目も利かないだろ?」


「しかし、主が見張りをして、私がのうのうと休むわけには……」


「大丈夫だ。俺は以前、三日間寝ずに見張り番をさせられたことがある」


 アリシア、お前の命令でな。


「私、前のように兄さんと一緒に寝たいです……」


「メルフィ、もう大人だろ? そろそろお兄ちゃん離れしなきゃ駄目だぞ」


 どうせ、そのうち「同じ空気を吸うのも不快です」って、あの未来と同じこと言ってくるんだろうぜ。


「ねぇ、クロック……テントで一緒に語ろうよ」


「ディネ、この実習が終わったらな。そうだ、打ち上げにみんなで一緒にご飯でも食べにいこう」


 そもそも俺が三日間も寝ずに見張り番させられたのも、糞未来でテメェがアリシアに「クロウがアリシアはクサレ凶暴女だって言ってたよ~♪」って、チクったことが発端だからな!


 俺がトラウマを抑えながら諭すと、三人は「うん…」と渋々頷いた。


 こっちにも問題はあるけど、今の彼女達と糞未来の彼女達との格差ギャップと、それに対する応対に疲れてしまう。


 果たして、この先大丈夫だろうか?






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