第203話 浮遊する巨大な扉

「ちなみに斥候部隊からの報告は、まだゾディガー陛下の耳に入っておりません。それも我が真の主であるエドアール教頭の意思ですので……」


 学年主任のスコット先生が控えめな口振りで説明してくる。

 なんでも先生の家系は代々エドアール教頭に仕えていた貴族で、王族に仕えつつ彼らの監視役も兼ねているとか。

 教頭、あんたもろ黒幕ポジじゃん……。


「他の王族を代役に立てても良かったのだが……全員、胡散臭いからね。ランバーグやゾディガー陛下のような隠れ信者である可能性が高い。だから私が独断で本気を出すことにしたのだよ」


「エドアール教頭、始めて吸血鬼ヴァンパイアに転生してから本気出すって感じぃ?」


 サリィ先輩が何か余計な補足を交えて言ってきた。

 どっかの物語のタイトルっぽいな、それ。


「だからこそ、サリィさん達を呼んだのだよ。ここで作戦会議を行うためにね。決定した概ねの内容は、スコット先生とカストロフ伯爵を通し当たり障りのない範囲で、ゾディガー王に報告する。軍を動かすためには陛下の承諾も必要だからね」


 随分とキレキレのエドアール教頭。

 ちょっと暗躍臭もするが、まぁいいだろう。


 そして、スコット先生から斥候部隊からの報告が挙げられる。

 なんでも昨夜より、ミルロード王国付近の上空に巨大な「光の扉」が浮上していると目撃されているとか。


「――竜守護教団ドレイクウェルフェアだねん。ウィルヴァの糞とカチ合った時、奴は言ってたわ……最高司祭ハイエンド・プリーストの特殊スキル――《メタスタシス・ドア異次元転移の扉》だってね。あらゆるモノを任意の場所に転移させる能力よ。そのスキルのせいで、魔竜ジュンターとウィルヴァの糞を取り逃がしたんだからねん」


 一度、見たことのある勇者サリィが言ってくる。

 あの巨竜をウィルヴァごと転移させるとは相当精度の高い特殊スキルだ。

 リーゼ先生と同様、それに特化した非戦闘用スキルの可能性が高い。

 

 けどサリィ先輩、気持ちはわかるけど一応、ユエルの前だからウィルヴァに「糞」つけるのやめてくれる?


「アタシらの知っている奴だよ。以前、クロウ達にチラっと言った最高司祭ハイエンド・プリースト、エナ・フールって名前さ」


 カーラが教えてきた。

 その名に俺は頭を傾げてしまう。


「エナ・フール? フールか……どっかで聞いたことのある響きだな?」


「使徒フェイザー・フールの姉ですぅ」


「ああロータ、そうだ。フェイザーだ。ソフィレナ王女の暗殺を企てた野郎……」


 結局、アリシアとユエルに阻止され斃されたんだ。

 そういや、そいつも《ワープ・スプリント歪曲空間疾走》という瞬間移動系の特殊スキルだったな。


「エナ最高司祭ハイプリーストは非戦闘員だけど、裏方として教皇から信頼されている。何しろ、その転移スキルで教団本部の場所を攪乱させている程だ。だから元使徒であるオレ達ですら、本部の場所がわかない」


「……本部に呼ばれる際は、きまってエナを通すのが決まり事」


 フリストとスヴァーヴからの情報だ。

 元幹部クラスだった彼女達すら、教団本部の場所がわからないと言う。

 全て、そのエナって最高司祭ハイプリーストに仕切られていたようだ。

随分と入念で用心深いじゃないか。


「きっとさぁ、前回を学んであたしらの奇襲を用心しているんでしょうね。部隊を整えてから、スキル門を開けて一斉に襲ってくる。そんなところじゃね?」


「俺もサリィ先輩と同じ考えですね。二度同じ手は通じないと思います」


 そんな俺達の意見を聞き、エドアール教頭は何故か嬉しそうに頷いた。


「現役と次期勇者パラディンの見解を同時に聞けるとは、なんだか新鮮な気分だ。つい気持ちが高揚してしまう……となれば、こちらは真正面から受け止めるしか術はない」


「堂々と迎え撃つってことですか?」


「その通りだ、クロック君。しかしながら、敵も知的種族だけでなく竜を味方につけているからね……これも、サリィさんがヘマしたおかげかな。おそらく、魔竜ジュンターも何かしらの形で復活すると思われる。空白期間はその準備が整ったと思っていいだろう」


「いいのよ、細かいことは……150年以上も長生きしている癖に大人気ないったらありゃしないわ。だから教頭とは馬が合わないのよん」


 勇者サリィは顔を顰めながら愚痴る。

 あのエドアール教頭に面と向かって、きっぱりここまで言えるのは彼女くらいだ。


「既にミルロード王国全領土の結界を高め、兵の準備も整っています。あとは勇者パラディン達の動き方にもよりますが?」


 騎士団長のカストロフ伯爵からの問いに、サリィは「はいはい~」と挙手した。


「教団連中が現れ襲ってきたら、あたしらは前回と同じ動きをするわん」


「前回と同じ動き? 要は我ら騎士団が足止めしている内に、キミらが敵陣に入り込み主戦力を仕留めるというのかね?」


「そうよ、伯爵。あたしと後輩くん達とで、中心部に潜入して本丸の連中を全員キルするわ。そうすれば、後はざーこでしょ? あたしは当然、魔竜ジュンターにリベンジするから、後輩くん達はウィルヴァの糞を相手にしてよね」


「俺がウィルヴァと……わかったっす。奴との因縁に決着つけてやりますよ」


「んじゃ、アタシらはクロウの支援役に徹するよ。それが任務だからね」


 司法取引で騎士団に配属された、カーラが俺の方を見つめながら片目をつぶって言ってくれる。


 そんな中、


「信じて良いのだな、カーラよ」


「あん? アリシア、どういう意味だい?」


「我らはウィルヴァ殿と戦うことに一切の迷いはない。実の妹であるユエルもな……だが貴様らはそこまでの覚悟と決意はないだろ? 土壇場で『やっぱりウィル様~♡』とならぬか危惧しているのだ。どうも貴様らの決意がペラペラっぽくて信用できん」


 アリシアの言い方よ……けど言いたいこともわかるけどな。

 実際、カーラ達は今でもウィルヴァに恩を感じ慕っている。

 土壇場で裏切るというパターンもあると懸念してしまうのは当然だ。


「前に言ったろ? アタシらはウィルヴァ様とは戦わないって。ただクロウの背中を守り舞台を作るつもりさ……クロウとウィルヴァ様の決着をつける舞台をね」


「それくらいはさせてくださいですぅ」


「ついでにアンタらもオレ達がフォローしてやるよ」


「……役目は全うする」


 ロータ、フリスト、スヴァーヴも同様の考えのようだ。

 ならば懸念することもないだろう。


「わかった。俺はカーラ達を信じるぞ。アリシアとみんなもそれでいいよな?」


「はい、クロウ様のご意向に沿います」


「それじゃ先生がナビしちゃうからねぇ。あとイザヨイ先生もクロウ君達を守るよう頑張ってくれるんでしょ?」


「はい、リーゼ先生。教頭先生にもそうお願いされていますので……クロック、頼むぞ」


「わかりました、先生……」


 うおっ、まさか対竜撃科Aクラスの担任であるイザヨイ先生がパーティに加わってくれるなんて……。

 確か彼女、極東出身で『剣聖ソードマスター』の称号を持つ名のある刀剣術士フェンサーだと聞く。

 戦力が大幅にアップしたな。


 かくして作戦会議は終了した。


 俺達が戦う準備をしていく中で、カストロフ伯爵がある提案をしてくれる。


「リーゼ先生に魔竜ジュンターとウィルヴァの位置を特定してもらい、私の特殊スキル《ディメンション・タワー異次元の塔》でキミ達を転送させよう。そうすれば無駄な戦闘を避け、力も温存できるだろ?」


 おお確かかにそうだ。

 被害も最小限に抑えられるし、上手くいけば短時間で決着がつく。


「けど、カストロフ伯爵の転移能力って一度訪れた場所じゃないと行くことができないんですよね?」


「ミルロード王国付近なら視察で何度も訪れマーキングしているからね。ピンポイントは難しいが、少なくても敵陣に潜入するよりリスクは少ないと言い切れるよ」


「そうですね、わかりました。是非、お願いします!」


「了解した。それとだ……アリシアのことを頼む」


「勿論です!」


「ありがとう、クロック君……キミがフェアテール家の婿になってくれると我が家も安泰なんだけどな……」


 あれ? それってどういう意味?

 まさかカストロフ伯爵ってば俺を婿養子として迎い入れたいの?


 う~ん、伯爵は好きだけど……他がなぁ。

 それに俺が勇者パラディンになったら、他の子達とも色々と決まっているみたいだし……(俺の意見なし)。


 こうして微妙な空気が流れ、戦う準備が整った。


 そして深夜――上空に浮いていた『巨大な扉』が開放される。



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