第126話 モノリス・ディザスター




「な、なんだ……あれは?」


 俺達は呆然と、その存在に魅入られ目が離せないでいた。


 一瞬、シーサーペントだと思ったが、まるで違うシルエット。

 大きさは小山ほどで知的種族のように二足で立つ人型の存在である。

 全身が竜鱗に覆われ、両手には鋭い爪と臀部には尻尾が生えていた。

 魚類と竜を足したような面貌を持つ。


 ――異形の巨人だった。



「リザードマン? 半魚人サハギン? にしちゃデカすぎる……それにあの面構えは『竜』に見えるぞ……?」


 五年後の知識を持つ俺でさえ、そいつが何者かわからない。


 よく見ると、そいつは自身の大きさと変わらない石柱を抱きかかえている。

 漆黒の光沢を発する、長方形の『石板』とでも言えるだろうか。

 異形の存在は言語にならない呻き声を上げ、ひたすら石柱に文字のような模様を刻み彫っている。


「なんだ……奴は一体、何をしているんだ?」


「兄さん、離れてください! 波が押し寄せて来ます!」


 メルフィに腕を引っ張られ、すぐ目の前まで高波が迫ってくることに気づく。


「――いや、ここなら大丈夫な筈だ」


 俺は逃げずに、その場に立ち尽くす。


 そして。



 ザバァァァァ――ン。



 波は見えない透明な壁に当たるかのように、俺の目前で不自然な形で跳ね返り引き戻された。


「ク、クロウ様……これは?」


「豪雨と暴風と同じだ。異常気象は『奴』を取り囲む一定の箇所でしか発生しない。その影響もこうして線引きしたように領域エリア内でしか受けないルールがあるのだろう。こんな器用な現象は魔法ではない、明らかに恩寵ギフトによる特殊スキルの特徴だ」


「では、あの巨人は我らと同じ知的種族っとでも言うのですか!?」


 アリシアが興奮しながら聞いてくるのも無理はない。

 特殊スキルは俺達、知的種族のみに備わった潜在能力であり『魂力』の才能なのだから。

 同時に『竜』に対抗できる最大の武器でもあるのだ。


 俺は首を横に振るう。


「……わからない。ただ、『奴』が抱きかかえている石柱に刻んだ模様……俺には何かの文字に見えるのだが……メルフィとユエルはわかるか?」


「兄さん、私も文字のように見えます……一見して古代文字に似ていますが、魔法文字とはまるで違います」


「わたしも明確には言えませんが、古代に栄えていた文明や宗教……あるいは種族の文字ではないでしょうか?」


 知的派の二人が俺と同様に文字だと憶測を立てている。

 ほぼ間違いないと思っていいだろう。

 つまり、あの異形な存在はある程度の知性があるということだ。


「クロウ、あいつの正体を探る方法はないのかい?」


「ああ、そうだな……メルフィの魔法、『魔眼の精密鑑定デビルアイ・ハイアプレーズ』なら鑑定できると思うが、条件を果たさないと機能しないんだ」


「そうです、セイラさん……相手の名前、それに特殊スキル能力名が必須です」


「――名前は、ダガン。特殊スキル能力名は、《モノリス・ディザスター石柱の災厄》だってぇ~!」


 俺達の背後から甲高い女性の声が聞こえる。

 振り向くと、リーゼ先生とソフィレナ王女が立っている。


 今の声と口調はリーゼ先生だ。

 それによく見ると、不思議な形をした白銀色のゴーグルを掛けている。

 双眸のレンズはなく、平べったいフレームの中央に赤い三つ光が点滅していた。


「……リーゼ先生、どうしてここに? それに何を掛けているんです?」


「クロック君達が心配で様子を観に来たんだよ~。それと、これは先生の特殊スキルで~す!」


 先生は豊すぎる両胸を張り、「えっへん!」と威張っている。

 相変わらず緊張感のない人だが……しかし。


「リーゼ先生の特殊スキルだって!?」


「そっだよ~、《サンクチュアリ・ナビゲーター聖域への案内人》っていうの。対象者やダンジョンを分析したり探索できる能力だよ~。遠く離れたパーティ同士でやり取りもできるんだからね~……非戦闘用だけどぉ」


 分析と探索能力……それで『奴』の名前と特殊スキル名が判明したのか?

 それに特化したスキルとなると、下手な技能スキルや魔法より精度が高い、いや絶対的な力だ。


「ダガンってのが、『奴』の名前ってわけか……特殊スキルは《モノリス・ディザスター石柱の災厄》って言ってましたよね? どんな能力はわかります?」


「鑑定スキルじゃないから、そこまでは無理だよ。どんな種族と弱点はわかるけど……突然変異種ミュータント竜人リュウビト族? 炎系攻撃に弱いみたいだけど」


 竜人リュウビト族?


 まるで聞いたことがない……知的種族なのか?

 炎系攻撃に弱いか……メルフィの魔法なら対抗できるかもしれない。


「特殊スキルの鑑定は、メルフィがやってくれ。今の情報が当たっていれば条件は満たせた筈だ」


「わかりました、兄さん――《フォービドゥン・ナレッジ禁断知識》!」


 メルフィの手から、一冊の魔導書が出現しページが捲られピタッと停止した。


「禁忌魔法発動――魔眼の精密鑑定デビルアイ・ハイアプレーズ!」


 メルフィの黒瞳が深紅に染まり縦割れの瞳孔となり鑑定し始める。

 どうやら、リーゼ先生の特殊スキルは本物のようだ。


「鑑定終了しました。結果を出します――」


 メルフィは片腕を前方に掲げ、すぐ目の前に透明色で長方形板の物体を浮上させた。




 ◆鑑定結果


特殊スキル名:モノリス・ディザスター石柱の災厄


能力者名:ダガン


タイプ:具現化型(石柱)


レアリティ:SR


【能力解説】

・巨大なモノリス(石柱)を出現させ文字を彫り込むと、一定の領域エリアがその通りの現象が起こる。

・モノリスは盾としても使え、受けた攻撃を能力者の任意で跳ね返すことができる。


【応用技】

・災害や事故を引き起こし、相手にダメージを負わせることができる。

・能力者が動けば効果範囲である領域エリアも移動する。


【弱点】

・効果範囲の距離は500メートル程度。

領域エリア外での効果は全て無効となる。但し外部からモノリスに攻撃を受けて反射させる際はその限りではない。

・直接的にダメージを負わせるような内容は書き込めない。


 以上




「リーゼ先生とメルフィのおかげで、ダガンって奴の特殊能力がわかった……後は奴の目的や、知的種族の『敵』かどうかって所だが」


 何かやばい気がする……。

 つい早まっちまったというか……。


「クロウ、ねえ、クロウ!」


 ディネが袖を引っ張って呼んでくる。


「どうした、ディネ?」


「この鑑定結果だと、さっきボクが射った『矢』はヤバイんじゃない?」


 そう聞いた瞬間、リーゼ先生が叫び出した。


「――クロックくん! スキルの矢が大量に振ってくるよ!」


「まずい! そういうことか!?」


 ヒュウっと空を切りながら、上空から矢群がこちらへと迫ってくる。


 それは、ディネが放った100本の《ハンドレット・アロー百式の矢》だ。


 駄目だ! 


 数本程度の矢なら時間削除スキップで回避できるが、あまりにも数が多すぎる。



「ならば―― 《タイム・シールド時間盾》!」


 俺は両手でブロードソード片手剣を抜き、刃を重ねて特殊スキルを発動させた。


 剣先から眩いほど光り輝く『時計盤』が出現し、俺達の頭上を遥かに覆い尽くすほど巨大化させる。

 迫り来る、100本の矢に向けて発射させた。


 巨大な光輝を放つ『時計盤』は、矢群に接触し消滅する。


 同時に、100本の矢は全て上空でピタリと停止した。


「よし! みんな、今のうちに逃げるぞ! 攻撃範囲から離れるんだ!」


 俺の指示で全員が速攻で攻撃範囲外へと逃げて行く。



 みんなが無事に逃げたのを確認し、俺は停止能力を解除した。


 そのまま100本の矢は豪雨の如く地面を穿孔させて消滅する。

 深々と幾つも削られた地表を見て、俺達はぞっと青ざめた。


「あ、危ねぇ……予め奴の能力を知らなかったら、これが全て俺達の身体に突き刺さっていたってことかよ……」


 クソッ! あの野郎やりやがって!


 しかし……先に仕掛けたのは俺達だ。

 いきなり攻撃を受けた奴にとって防衛行動だと考えれば悪いのはこちら側でもある。


 そもそも住民達への実害はないと聞くし……。


 突然変異種ミュータント竜人リュウビト族だっけ?


 こいつは一体なんなんだ!?






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