第178話 魔竜ジュンターと謎の黒騎士
『あ~っ、だるっ。もう朝かよ……まだ兵隊は集まんねぇのか、黒騎士ぃ?』
「ええ、魔竜ジュンター。本命のミルロード王国に攻め入るには、もう少し竜が必要でしょう。前回、ネイミア王国への襲撃作戦で思いの外、貴方様の配下も失っております。もうじき、
『ケッ! あんな一国をヤッちまうのに、それほどの戦力が必要だってのか!? 残りのエルダードラゴンを貸してやっから、テメェらでヤッちまえばいいじゃねぇか、ああ!?』
そこは多くの竜が待機する森。
魔竜ジュンターと名乗るエンシェントドラゴンは長い首を上げ、グルルルっと喉を鳴らしている。
他の竜より高い知能を持つとされる最高位の古竜であり、古代語交じりの思念で言葉を話せると言う。
だが、この魔竜ジュンター。
エンシェントドラゴンにもかかわらず、どこかフランクな喋り方をしていた。
そんな古竜の前に、一人の人族が佇んでいる
すらりとした細見の身長で、全身に漆黒の鎧を纏った騎士風の男。
フルフェイスの兜を脇に抱え、圧倒的な存在感を放つ巨大なエンシェントドラゴンを落ち着いた様子で見上げていた。
その者こそが、魔竜ジュンターから「黒騎士」と呼ばれた男だ。
眩い朝陽に照らされて素顔は不明だが、注がれた光により銀色の長い髪が鮮やかな輝きを放っている。
シャープな顔の輪郭や声質から、物腰が柔らかく育ちのよさそうな優男風だと思えた。
黒騎士は知的種族の最大の宿敵であり、絶対的な存在を前にしても物怖じすることなく堂々とした自然体だ。
「ミルロード王国を侮ってはいけない……これまで貴方様が見下し滅ぼしてきた、どの国よりも屈強揃いであると断言いたします。特に
『――刻の操者か? おたくらの竜神様のスキルを奪った神の末裔……名前はなんっつたっけ? ク、ク、クロ、クロ、クロノスケ!』
「……大ハズレ。貴方はただ、古き神と交わした盟約に従い僕達に協力しなければならない。空虚なる君主――《ヴォイド=モナーク》との」
『俺の前でその名を出すんじゃねぇ! クソッ! 黒騎士がぁ……テメェが『銀の鍵』じゃなけりゃ、今頃食い殺しているってのによぉ!!!』
魔竜ジュンターは咆哮を上げた。
常人なら間違いなく発狂させる魔力が秘められている。
現に遠く離れた場所で隊列を組み待機している信仰騎士達は怯え始め、また直属の配下であり同じ竜であるエルダードラゴンすら動揺させるほどの影響を及ぼしていた。
唯一、黒騎士だけは平然としたまま、じっと古竜の姿を見据えている。
「――なら仕事しろ、ジュンター。いや、『
『ぐふぅ……それ、ガチなんだろうなぁ『銀の鍵』? 約束通り元の姿……人間としてだぞ。それと必ず俺が過ごしていた時代だからな……コラァ!』
「わかってますよ。その為にも、『刻の操者』を
『ああ、やってやる……俺は
「頑張ってください、淳太君……」
「――団長ッ!」
信仰騎士の一人が駆けつけて近づいて来る。
そして、興奮し猛り立つエンシェントドラゴンの姿を見るや、「ひっ!」と喉を鳴らした。
「なんだい?」
「あっ、いや……そのぅ」
「怯えなくていい。キミら竜神様の加護を得た者達にとって、彼は最強の味方だ」
「は、はい、そうでありました。曲者らしき知的種族が数人ほど、こちらに近づいています。隠密行動を取っているようですが、斥候隊にしては素人が見破れるほどバレバレで……それに近づいて来る意図も不明です。如何致しましょう?」
「……なるほど、ついに『彼』らが動いたようだ。まずは僕らで迎撃しよう、魔竜ジュンター様への友情の証として」
『俺はそういう偽善的な台詞は大っ嫌いだ! エルダードラゴンと魔物共を貸してやるからとっとと消えろ、黒騎士め!』
魔竜ジュンターの嫌悪感剥き出しの暴言に、黒騎士は形の良い唇を吊り上げる。
脇に抱えていた、フルフェイスの兜を装着した。
『――それでは、『
◇◇◇
(そろそろ敵に勘づかれるころだ――)
俺達はエンシェントドラゴン達が駐留する森へと潜入した。
距離からしてあと3キロほどで連中と遭遇する位置だ。
(はい、クロウ様。別行動を取られている、勇者殿は我らの足を引っ張らないか心配です)
アリシアが茂みに隠れながら怪訝の表情を浮かべている。
ちなみにリーゼ先生の《
(仮にも元
(けど、クロウ、アタイらのクエストは信仰騎士団の挑発と誘導だろ? コソコソ隠れてないで、もう少し派手に動いてもいいんじゃないかい?)
(いや、セイラ。それだと俺達が囮役だとバレちまうだろ? ちょっと下手くそっぽい感じが丁度いいんだよ。そうすりゃ腹を空かせた竜やモンスターも警戒せず釣れるってもんだ)
(流石、クロウは頭いいね……アタイの体はアンタに預けるよ。心もね)
(もうセイラさん! 私の兄さんに向けて何げにアピールするのやめてもらえます? 作戦行動中ですよ!)
(ちょっとボクが仕事している時に、クロウの気を引こうとするのやめてよねぇ! 森の精霊達と交信している最中なんだから黙っててくれるぅ!? あと、クロウ! 頑張ったご褒美に背中ハグだからねぇ!)
お前が一番、質が悪いぞ、ディネ。
そういうのは、みんなに内緒でお願いするもんだ。
いや、俺まで何言ってんの? 戦いに集中しねーと。
(……それよりディネ。敵の動きはどうだ?)
(うん、上手く釣れているようだよぉ。精霊達から信仰騎士団が騎馬に乗ってこっちに向かっているってぇ! 竜達にも動きがあったみたい!)
(ん? てことは信仰騎士団が総出でこっちに向かっているのか? 竜やモンスターも?)
(そっだよぉ。どうしたの、クロウ?)
(……奇妙だな)
(何が奇妙なのです?)
考え込む俺に、アリシアが顔を近づけてくる。
しかもやたら至近距離だ。
(いや普通、俺達の程度の少人数を相手に騎士団総出なんてあり得ないだろ? ましてやまだ一戦も交えてないってのに……まるで俺達が
(では暗殺がバレていると?)
(けど、兄さん。逆に囮役としては成立しているのではないでしょうか? 竜も誘き寄せているのなら、逆にエンシェントドラゴンの護衛は手薄ということになります)
(ああ、メルフィの言う通りだ。だからこそ腑に落ちない……アリシアの言う通り、奇襲や暗殺がバレているのなら、俺なら自ら首を晒すような真似をしない。より護衛を強化し、守りに入るのが鉄則だ。伏兵を予想した上でな……)
(……上手くいきすぎている、ですね? では我々はどう動きましょう?)
(このまま予定通り囮役に徹しよう。敵の出方を見ながらな……サリィ先輩には俺が思念で、その旨を伝えるよ――)
俺はリーゼ先生に依頼し、思念のチャンネルを別行動中の
先輩に敵の動きに疑念を抱いていることを報告した。
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