第196話 ダイブ・ヘヴン《突貫の天国》

 ~ユエルside



「俺が赤子だった二人を連れだそうとした時、ウィルヴァくんが寝ていた布団の中から、この魔導書を見つけたんだ! けどあの時はオールドが戻って来る寸前だったこともあり、持ち出す時間がなく放置したままで……どうして今まで忘れていたんだ?」


 ジェソンが興奮しながら当時のことを思い出している。

 16年前とはいえ、つい今まで忘れていた自分を不思議がっている様子だ。


 それにしても、この魔導書。

 

 ――空虚竜刻ヴォイド教典。


 相当、年期が入り古ぼけた表紙から例えようのない禍々しい邪気を感じてしまう。

 禁忌魔法が書かれた魔導書だと思われた。


「おい、ジェソンさんよぉ! 勝手に触んじゃねーよ! ランバーグの親父の事だ、そのまま放置なんて怪しいだろうがッ!!!」


 ニノス先生が凄い剣幕で怒鳴っている。

 いつも飄々として温厚な教師だけに、わたしまでびくっと肩を震わせてしまった。


「仮にもSSS級のカンスト盗賊シーフなのですから、迂闊な真似はしないでくだしゃい。まぁジェソンさんのスキル効果の影響もあって、その魔導書も呪術魔法が施されていないのは一目瞭然ではありしゅが……」


 シャロ先生も魔導書にトラップ魔法は施されていないという判断のようです。


 ですが、果たしてそうでしょうか?


 どうも、わたしには嫌な予感がしてなりません。

 何やら呪術魔法とは違う、別の種類の恐ろしい力を感じてしまっています。

 それは神官プリースト職である、このわたしだからこそ察知できるところ――。


 二人の教師に厳重注意され、ジェソンは「すまない、つい興奮して……」と反省して魔導書をベッドの上に置いた。


「私は専門外だが見たところ、このベッドと魔導書以外は特に怪しい点はなさそうだが――」


 カストロフ伯爵が言いかけたその時だ。

 不意に天井から嫌な気配を感じた。


 それは生物の気配ではない。

 何か霊的な存在、否、特殊スキル!


『――ジーザスゥゥゥッ!』


 天井に潜んでいた謎の存在は叫び、わたしの方へと襲撃してきた。

 上半身は骸骨であり、赤く染まったボロボロの外套マントを靡かせた幽霊ゴーストモンスター。

 しかし下半身は筒状となっており、末端から炎を噴射させ物凄いスピードで突進して来る。


「ラーニア!」


 咄嗟にジェソンが駆け出し、わたしを払い除ける。

 何気に母の名を叫びながら。


 刹那、骸骨はジェソンの身体に突撃し、そのままスッと体内へと入った。



 束の間――ボウゥ!



 爆発音。


 瞬間、ジェソンの右胸から肩にかけて内部から爆発し破裂した。

 肉体が粉砕され血飛沫と共に倒れ伏す。鮮血が床を染め始めた。


「ジェソンさん!?」


「逃げろ……ラーニア、逃げてくれ……ぐふっ」


 まだ生きている。けど辛うじてだ。

 損傷からして明らかに致命傷……回復魔法も間に合わない。

どう見ても数秒後に命の灯が消えてしまう。


 ですが、


「わたしなら命を繋ぐことができます――《イクアリティ・フェイト公正なる運命》!」


 わたしは特殊スキルを発動させ、背後から鋼鉄の両翼を出現させる。

 右側の白翼が変形しアーム型となった。

 変形した腕をジェソンの傷口に当て、自分の生命エネルギーを注いでいく。

 そうすることで辛うじて生命を維持し、絶命していく時間を稼ぐことに成功した。


「シャロ先生! わたしが命を繋いでいる間に、ジェソンさんの回復をお願いします!」


「はいでしゅ!」


 シャロ先生の職種は魔道士の最上位である賢者セージですが、あらゆる魔法を習得したオールラウンダー。

 回復魔法にも長けています。

 そのシャロ先生は急いで駆け寄り、ジェソンに回復魔法を施している。


「見事な判断だ、ユエル君! 今ジェソンを失えば、この屋敷の呪術トラップが作動してしまう可能性がある……しかし、その骸骨はなんだ!?」


「カストロフ伯爵ゥ! 追撃が来るっすよぉ!」


 ニノス先生は叫び、懐からナイフを投擲する。


 ジェソンを内部から破裂させた後、いつの間にか骸骨は体内から抜け出し空中を飛び交い旋回していた。

 たった今、ニノス先生が投げたナイフもあっさりと回避したかのように見えたが。


「特殊スキル――《エイミング・ショット《狙い撃ち》》! 絶対に外さねぇ!」


 外されたナイフが軌道を変え、骸骨を追撃する。

 ニノス先生の特殊スキル《エイミング・ショット《狙い撃ち》》は物質にスキル効果を宿らせ、狙った箇所に必ずヒットさせるという能力だ。

 しかも武器はスキルでコーティングされ、通常の投げナイフより威力が強化されているらしい。


 流石、遠距離攻撃と隠密行動に特化したBクラス担当の教師です。

 特殊スキルも相応に特化された能力を持っている。


 だがしかし、ナイフは骸骨の頭部に接触せず、そのまますり抜けた。


『ジーザスゥゥゥゥゥ!!!』


 宙を高速に舞う骸骨は、無駄な攻撃だと言わんばかりに喜悦し叫び散らす。


「ちくしょう! 幽霊系ゴーストモンスターかよ!? 物理攻撃が通じねーのか!?」


「いや違う。それに模した特殊スキルだ。内部から爆発させる能力か……まさか!」


 戸惑うニノス先生と比べ、カストロフ伯爵は冷静沈着だった。

 伯爵は前に駆け出し疾走する。


「フン!」


 激しく炎を噴射させ突進してくる死神のような骸骨に向けて、腰元の鞘からバスタードソード両手剣を抜き一閃した。



 ヴォォォン――!



 空気を斬り裂く鮮やかで豪快な一撃。


 しかし肝心の刃が敵を捉えていない。

 骸骨は物理的攻撃をすり抜け、カストロフ伯爵の間近まで迫っていた。


 このままだとジェソンのように体内へと入り内部から爆発されてしまう。

 いくらわたしでも二人の命を繋ぐことはできない。


 そう思った矢先。


「――その程度で、このカストロフを絶望させることは不可能だ」


 カストロフ伯爵は骸骨を斬ろうとしたのではない。

 空を斬ることで特殊スキルを発動させたのだ。


 斬りつけた箇所から亀裂が入り、縦に割れた異次元空間が発生する。

 すると骸骨は引き寄せられるかのように、その空間へと誘われていく。


『ジ、ジーザスゥ!?』


 下半身の炎を燃やし必死で逃げようとするも、骸骨は逃れることはできない。

圧倒的な力により亀裂の中へと吸い込まれると、異次元空間はフッと閉じられ消滅した。


「《ディメンション・タワー異次元の塔》――私の許可がない限り『塔』からは二度と出られん」


 カストロフ伯爵は呟き剣を鞘に収めた。


 事実上、永久の牢獄に閉じ込められ封印されたようなもの。

 なんて末恐ろしい特殊スキルでしょう。


 間もなくして、ジェソンの傷は回復され事なきことを得た。


「……シャロ先生、すみませんでした。とんだ迷惑をかけてしまったようで、ううう」


 ジェソンは起き上がろうとするも、ふらついてその場で座り込んでいる。


「無理しちゃ駄目でしゅ。傷は回復しましたが血液は失ったままでしゅよ。それに礼をいうなら、ユエルでしゅよ。彼女が自分の生命エネルギーを分け与えてくれなければ即死でしゅ」


「はい……ユエルさん、ありがとう」


「いえ、わたしの方こそ庇って頂き感謝しています……にしても今の骸骨はなんだったのでしょう? 特殊スキルのようでしたが、カストロフ伯爵がいらっしゃらなければ下手していれば全滅していたところです」


「――《ダイブ・ヘヴン突貫の天国》。《ディエス・イレ怒りの日》という特殊スキルの術式みたいでしゅ」


 シャロ先生は魔状を掲げると、先端から透明色で長方形の板を浮上させた。

 何やら色々と記載されているようだ。



───────────────────

《スキル紹介》


術式:ダイブ・ヘヴン突貫の天国


スキル:ディエス・イレ怒りの日


タイプ:効果型+遠隔型+自動追跡


【効果】

・予め設置した物質に生物が触れることで作動する罠式誘導弾トラップ・ミサイル

・あらゆる生物に向けて、骸骨の姿を模した幽霊ゴースト型の誘導弾が放たれ、体内へと入り込み爆死させる。

幽霊系ゴーストタイプなので物理的攻撃は通じない。遮蔽物でもすり抜けて行く。

・設置した物質から半径50メートル以内にいる生物全て対象とし、存在が消えるまで追撃を止めない。

・射程内の生物を全て葬ると効果がリセットされ、再び物質内へと戻る。


【弱点】

・一カ所のみしか罠式誘導弾トラップ・ミサイルの設置ができない。

・射程距離50メートルから離れられると攻撃することができずリセットされる。

・爆発威力は低いため、体内に入る箇所により致命傷を与えられない場合がある。

・ただし射程内にいれば、その生物が完全に死亡するまで延々と追撃と攻撃を続ける。


【備考】

・突撃対象者の注意を引き付けるため、「ジーザス!」と叫ぶ。

・言葉の意味は「おお神よ!」あるいは「くそったれが!」のどちらかを使い分けている。

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