第88話 王城へ行ってみた
それから二日後、俺達が住む屋敷に兵士が訪れる。
「クロック・ロウ様とそのご一行様、お迎えに上がりました」
「えっとぉ、エドアール教頭が手引きしてくれた、これから俺達をお迎えしてくれる方達ですよね?」
「はい。この度は『護衛クエスト』参加ありがとうございます。さぁ、馬車をご用意しておりますので、ご準備が整い次第お乗りください」
学生の身分である俺達に対して、やたら丁寧で親切な兵士。
きっと王家や貴族社会に影響力を持つ、エドアール教頭からの指名という点で俺達は高く見られているのだろう。
兵士達の謙虚な姿勢を見ていると、何故かもう
胸を張る分にはいいが、勘違いだけはしない方がいいな。
それから俺達は身支度を整え、豪華な馬車に乗る。
メイドのメアリーさん達に見送られ出発した。
「俺……ミルロード王城へ行くのなんて初めてだよ」
そういや五年後の未来でも一度もなかったな。
仮にも勇者パーティの一員だったにもかかわらずにな。
あの頃、非戦闘員扱いだった
勇者だったウィルヴァやパーティ女子達は堂々と国王と謁見し褒美を貰っている中でな。
いつもそうやって弾かれている癖に、いざ実戦じゃ『囮役』ばっかりで散々だった……。
どうせ愚痴や意見しても無駄なんで諦めて割り切りことにしたんだっけ。
おかげで、門番兵のオッちゃん達と仲良くなったよ。
一緒にお茶飲んで、トランプして楽しかったぜ。
けど、内心じゃイラっとしたな……。
今でも鮮明に覚えてるぞ……。
あれは、俺が囮となって『竜』に喰われそうになった6度目の時だ――……。
「――クロウ様。少し深呼吸をなされた方がよろしいですよ」
隣に座るアリシアが心配そうに綺麗な顔を覗かせてくる。
「んあ!? あっ……ごめん。すぅ、はーっ……ありがとう、落ち着いたよ」
やべぇ。
久しぶりに「トラウマ・スィッチ」が入っちまった。
アリシアは俺にトラウマがあることを知っている。
っと言っても「中等部の頃に女子グループに酷い目にあった」という嘘の内容だけど……。
パーティのみんなを信頼するようになって以前よりはおさまったが、時折こうして断片的に忌まわしい記憶が蘇ってしまう。
最近じゃ、アリシアがトリップ状態から現実に引き戻してくれるようになった。
皮肉な話だけどな。
「兄さん……」
反対側の隣に座るメルフィが俺の腕を掴んで怯えている。
涙を滲ませ、黒瞳を潤ませていた。
どうやら周囲にバレるくらい、トラウマに浸っていたようだ。
「大丈夫だよ、メルフィ。俺達ずっと一緒な」
「はい♪」
メルフィは気を良くして、満面の笑顔を見せてくる。
さらに掴んだ腕に身体を密着させては、アリシア達に指摘されていた。
俺は微笑ましく表情を緩めながらも、いい加減に糞未来のトラウマを克服しないと、これから先へは進めないだろうと思い始めている。
「そういや、アリシアとユエルって王城に行ったことがあるかい?」
気持ちを切り替え、貴族出である二人に聞いてみた。
「わたしはないわ。ウィルお兄様なら、
ユエルは何故かランバーグ公爵に疎外されているからな。
その気持ちは十分に理解できる。
俺も同じだったからな……いかん、またトラウマが。
「私は何度か、父に連れられ城内の見学で伺ったことがあります」
「マジで、アリシアすげーっ」
流石、伯爵家の娘だな。
アリシアの家も何か問題はあるようだけど、少なくても父親のカストロフ伯爵は娘思いの良心的な人格者だ。
弟のアウネストには距離を置かれているが、あの少年騎士も性根はそう悪くないのも理解している。
「ところで、アタイ達はどうして城に呼ばれたんだい?」
向かい側の席に座っているセイラが聞いてきた。
「明日の早朝から、クエスト開始だから顔合わせと打ち合わせをするんだ。あと一晩泊ることになるだろうぜ」
「ひょっとして王様に会うのかな~?」
ディネが珍しく緊張し強張った表情を浮かべる。
「別に何か手柄を上げたわけじゃないからな……それに国王は奇病を患っているらしい。きっと、打ち合わせは一緒に護衛に就く
そう言っている間に、ミルロード王城に着いてしまった。
「え!? 俺達が陛下と謁見ですか!?」
城に着くなり、兵士にそう言われてしまう。
「はい。ゾディガー陛下からのお達しで、クロック様方に直接会ってお話ししたいとのことです」
おそらく、エドアール教頭直々の紹介だからだろうか?
一体どんだけ影響力があるんだ……あの
「俺達は別に構いませんが……確か陛下はお体が患われていると?」
「ええ、確かに謎の奇病に侵され、すっかり見た目がお変わりになられておりますが、それ以外は特にお元気なので謁見する分には問題ないでしょう」
そうなのか?
ウィルヴァの話だと余命幾ばくも無いって話だったけど……まぁ、噂とは尾ひれがつくものだ。
俺達は了承し、兵士の案内で『謁見の間』へと向かった。
初めてだから緊張する。
パーティ女子達みんなも普段見られないほど緊張している様子だ。
何せミルロード王国の最高権力者と直に対面するんだから無理もない。
本来、俺達ただの学生が簡単に会えるような存在じゃないからな。
やがて大きな扉の前にたどり着く。
俺は頭の中で、必死に覚えた礼儀作法を思い返している。
絶対、タメ口で話ちゃだめだ。アリシアのような喋り方を意識しよう、そうプランを立てる。
兵士によって扉が開かれる。
両側の壁一列ずつ、純白の鎧姿の
奥側の玉座に男の姿が見える。
ゆったりとしたガウンをまとい、白髪交じりの焦げ茶色したオールバック、丁寧に整えられた口髭を蓄えていた。顔中に深い皺が幾つも刻み込まれている。
パッと見は、齢90歳は超えているのではないだろうか?
実年齢は40歳と聞くが、とてもそうは見えない。
枯れ木のような身体つきといい、どう見ても年寄りだ。
しかし、切れ長の双眸はどこか力強い輝きと精気に満ち溢れていると感じた。
あれがミルロード王国現国王――ゾディガー・フォン・ミルロードか。
国王の右側に立派な白ローブ姿の宮廷魔道師の男性と、左側に女神フレイアのシンボルを刺繍された法衣服に身を包んだ最高司祭の女性が立っている。
兵士に促され、玉座より数歩離れた位置まで進み、俺達全員がその場で片膝をつき顔を下げた。
「其方らが、この度我が娘であるソフィレナの護衛に当たってくれるという冒険者だな。余がミルロード王国国王、ゾディガー・フォン・ミルロードだ。全員、面を上げるが良い」
とても威厳のある喋り方だ。
声も見た目と違い、ずっと若々しく聞こえる。
ゾディガー王に言われるがまま、俺達は顔を上げる。
ん? なんだ、この国王……?
どうして俺ばかりに、ずっとガン見してくるんだ?
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