第208話 クロウとウィルヴァの戦い《告白》

 遡及した世界で、スキル・カレッジの入学式。

 抜け出した俺が遭遇した占い師の女。


 その正体が、ウィルヴァだと!?


 俺に《タイム・アクシス時間軸》の存在を教え、『刻の操者』であると自覚させたのも、全てウィルヴァ自身の演出だってのか!?


 しかしあの占い師……全身こそローブ姿で顔を隠していたが、どう見ても女性だった。



「お、お前、男だろうが! まさか変身スキルでも持っているのか!?」


『違うよ。さっきも言っただろ、僕は神の子……言わば天使だ。天使は誕生した時から両方を備わっている。つまり僕は両性・ ・なんだよ』


 俺との鍔迫り合いバインドに耐えながら、しれっとそう答えてくる。


 つまり、ウィルヴァは両性具有なのか?

 その気になったら男でも女でもなれる――それが『銀の鍵』という存在らしい。


 好敵手ライバルの意外すぎるカミングアウトに、俺はつい戸惑ってしまう。


「……そ、そうか、へ~え。お前、随分と器用じゃねーか!」


『気味悪がらないでくれてありがとう、クロウ君……流石は僕が認めた男だ。その人柄に、僕は迂闊にも心を惹かれてしまったんだろうね』


 何を言っているんだ、こいつ?

 惹かれるって何がだよ? 

 意味がわからん。俺を動揺させる心理戦か?


 にしてもだ。

 わざわざ好敵手ライバルと親友を装いながら、まさか裏でそんな暗躍をしまくっていたとは……。

 これまでの絶倫説が吹き飛んだじゃねーか。


 しかし糞未来とはいえ、大切なアリシア達が手籠めにされたわけじゃなくて良かった。

 ユエルも、あの時代からガチのいい子だと判明したし。


 だとしても、なんか変じゃね、こいつ?


「ウィルヴァ……だからってよぉ。なんで、ずっとアリシア達を操作し続けたんだ? 俺の能力を覚醒させたいのなら、その時代のスキル・カレッジで既に失敗していると気づく筈だろ? お前ほどの聡明な奴なら尚更だ。俺にはお前が、ただ嫌がらせするだけの陰湿なクズとは思えない」


 こいつは親父の悪事に加担しているが、そこまで性根が腐ってはいない。

 寧ろ半強制的にやらされている節がある。

 そうでなければ、ユエルだって既にこの世にいないだろう。


 俺の疑問に、ウィルヴァは剣を握る力を維持しながら沈黙する。

 そして重々しく口を開いた。


『……アリシアさんのせいだよ』


「アリシア? ああ、そういうことか……」


 俺は妙に納得してしまった。

 何故ならウィルヴァは二学期の林間実習前でアリシアに告白していたからだ。


 きっと俺がアリシアと最も因縁深い関係だから、嫉妬して遠ざけようと目論んでいたのだろう。

 惚れたアリシアをモノにするためにか。

 どちらにせよ最低だぞ、この野郎……いや両方だから何て言えばいいんだ?


 しかし、ウィルヴァは首を横に振るった。


『多分、キミの解釈は違っているよ……正確にはキミだ、クロウ君』


「なんだと? どういう意味だ、コラァ」


『アリシアさんに、キミを渡したくなかった』


「はっ、はぁ!?」


 いや、何言っちゃってんの、こいつぅ!?

 俺をアリシアに渡したくないって……まさか。

 えーっ、そっち!?


「な、何言ってんだよ、ウィルヴァ!? お、お前、そういう冗談はやめろよな!」


『冗談じゃないよ。フェアテール家のことは義父のランバーグから聞いていたからね。勿論、アリシアさんこそ本当のソフィレナ王女であり拉致され孤児院で過ごしてきたことも知っている』


「……ガチなのか、テメェ」


『ああ。そしてキミとアリシアさんが幼い頃、心を通わせ婚約していたことも知っている。子供同士の約束とはいえ、アリシアさんはずっとキミのことを探していたようだしね』


「……それでアリシアに嫉妬したとでも?」


『その通りさ。会えば必ずキミ達は良い仲になるだろ? 今もそうであるように……僕はそれを阻止したかったんだよ。クロウ君……キミのことを独占したくてね。他の女子達に対してもそうさ。誰一人としてキミを渡したくなかったんだ』


「だからアリシアだけじゃなく妹のメルフィやディネ、それに親友のセイラまでも対象とし、俺を蔑ろにして遠ざけさせるよう仕向けたというのか?」


『まぁね……全て僕がキミを独占するためだよ。おかげで関係こそ異なるけど、クロウ君は僕に夢中だったろ?』


「……お前、神の子の癖に意外と病んでいるんだな。知らなかったぜ……悪いが、さっき言った通りだ。俺はお前を超えるべき好敵手ライバルとしてしか見ていない。これからもだ!」


『いいよ、それだけでも……生まれた時から「銀の鍵」として真っ当な人生を捨てていたからね。だから「ソーマ・プロキシィ」の件で、キミと共闘できた時は心底嬉しくて楽しかった。良い思い出になったよ』


「確かに楽しかったな。今でも心からそう思うぜ――ッ!」


 俺は両手の剣を押し込んだまま片足で前蹴りを放つ。

 だがウィルヴァはそこにいない。

 奴の特殊スキル《ゴールド・フラッシュ黄金の閃光》で回避し逃げたのか。


「いや違う――そこか!」


 既に俺は自分の双眸に《フォワード早送り》化を施し、限界まで動体視力を向上させていた。

 したがって、ウィルヴァがどう回避してどこに移動したのかがわかる。

 それでも奴の動きは速い。目で追うのがやっとなのがムカつくぜ。


 ウィルヴァはまた俺の真後ろに回ろうとしている。

 すかさず、剣を後方へと横薙ぎに払った。


 だが所詮、山勘混じりの剣撃だ。

 あっさりと奴に受け止められてしまった。


『無駄だよ。いくらスキルで速度を上げようと、僕の域までは不可能だ。この鎧を纏っている限りクロウ君に勝ち目はない。しかし、キミはつくづく想定外の男だよ……』


「何が言いたい?」


『僕は全てを打ち明けたにもかかわらず、クロウ君に怒りが見えない……てっきり激昂して我を忘れて僕を怨み、憎しみを抱いて襲いかかってくると思ったんだけどね』


「……それも『創世記ジェネシス計画』の一端てか? 俺を怒らせ、能力を引き出すための」


『そうだ。それが「銀の鍵」としての使命だからね。そのために、わざわざエンシェントドラゴン古竜の魔竜ジュンターを引き込んだのさ。彼もトリガーとなる要因の一部だ』


「……なるほどな。ウィルヴァ、確かに俺はお前にムカついている。散々、俺の人生をいじくり狂わしているんだからな。けどよぉ、俺の中でもっとムカついている奴がいるんだわ」


『本当の父、ヴォイド=モナークかい?』


「そいつは二番目だ。一番ムカついているのはよぉ――俺自身だ」


『え?』


 ウィルヴァの動きが止まった。

 フルフェイスの兜越しでも戸惑っている様子が伺える。

 奴の変化に構うことなく、俺は話を続けた。


「俺は前周で自分の運命に屈服していた。不遇すぎて全てに投げ槍になり不貞腐れていた……たとえお前達に因果カルマをイジられていたとはいえ、アリシア達を信じてやれなかった。今思えば、彼女達も断片的に良いところもあった……っと思う」


 ちょっぴり最後の方だけ、思い出すのに少し間が空いてしまったけどな。

 けど実際、竜に食われそうになった時、なんやかんや守ってくれたのも確かだ。

 今思えば、罵声の節々で激励してくれたこともあったと思う……言い方はトラウマが残るほど最悪だったけど。


『クロウ君……』


「それによぉ、何度も言わせんな! ウィルヴァ、お前は俺の目標なんだ! 絶対に超えてみせる! んな奪った力なんかじゃない! 俺自身の実力でな――くらえ、《時限起動タイマー》ッ!」


 俺は《タイム・アクシス・クロニクル時間軸年代記》を発動する。


 刹那



 ガッ!



 圧倒する速さで何かが飛来し、ウィルヴァのこめかみにヒットした。

 その勢いもあって、漆黒の兜は一部を破損させて吹き飛んでいく。

 ウィルヴァの長い銀髪が宙を舞い、その美しく端正な素顔を晒させた。


「うぐぅ! こ、これは!?」


「さっき投げた、ただの石だぜ! 時限式の《スキップ短縮》と《リワインド時間を巻き戻す》化させたんだ!」


 俺はただいたずらに打ち合っていたわけじゃない。

 その射線上に、ウィルヴァを誘き寄せていたのだ。


 一瞬でもいい、奴の注意を引きつけ動きを止めるために――。


「ウィルヴァ!」


 俺は自分自身に《フォワード早送り》効果を限界まで与え、一気に身体能力を超加速させる。

 そのまま奴の懐に入り込み、二刀のブロードソード片手剣の連撃を浴びせた。



 ガガガガガガガ――!!!



 超加速による斬撃の嵐。


 その猛攻により、奴自慢の鎧に何度も叩き込み斬り刻まれた。

 普段なら躱されてしまうところだが、今のウィルヴァなら容易にヒットする。

 次第に全身の鎧を破壊させ、奴の胴体を露出させた。


 どうよ、ウィルヴァ!

 これで面倒くせぇ《反特殊能力無効領域アンチスキルフィールド》の効力も失われた筈だぜ!

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