第101話 勇気と誇り




「……クロウさんの過去に、そんな出来事があったのですね。どおりで時折、変貌すると思ったら……普段はとてもお優しい方なのに」


 ユエルは真っ白で柔らかそうな頬に掌を添え、哀れむ瞳で俺を見据えている。

 正直、この子にだけは知られたくなかった。


「左様なのだ。だから、私も気づく範囲でクロウ様に注意喚起していたのだが……」


 アリシアは他のパーティ女子達に、俺の『トラウマ』について自分の解釈で説明している。


 そう。


 今回のトラウマ・スイッチで、ついにバレてしまったのだ。


 俺が精神的に病んでいることを――。


 何せところ構わず叫んだのは初めてだったからな。

 しかもオーガ並みの形相をしていたらしい。


 おかげで義理妹であるメルフィには泣かれ、ディネは長い両耳が垂れ下がり小動物のように震えられ、セイラには犬耳と尻尾の毛が逆立つほど警戒されてしまう。


 これまでの醜態もあり、最早収集がつかなくなってしまったので、事情を知るアリシアに説明してくれと頼むしかなかった。


 っと言っても、彼女が知る範囲は「俺が中等部の頃、複数の女子達に嫌がらせをされた」という嘘の内容なのだが……。



「にしてもムカつくね~! その女共! アタイがいたら間違いなくブン殴って、ボコボコにしてやるんだけどねぇ!」


 いえ、セイラさん。

 そりゃ、自分で自分を殴ることになりまっせ。


「ボク、その子達、絶対に許せない! クロウ、ボクもぼっちだったから、凄くわかるよ……」


 ありがとう、ディネ。

 だけど、主にお前がアリシアに余計なことをチクったのが原因で、俺がヤキ入れられる羽目になっていたけどな。


「……兄さん、どうして私に相談してくれなかったの? 知っていたら、スパルちゃん差し向けて、その子達を全員抹消させたのに……」


 メルフィ、あのスパルでさえも『ご主人』のお前を消し去ることできないと思うぞ。

 つーか妹よ。何気に物騒なこと言わないでくれる?


「……私もクロウ様が、ここまで心に傷を負われていたとは思ってなかった。だが、皆にこうして説明する場を頂き良かったかもしれん。今後は皆で、クロウ様を心のケアをして支えて行こうではないか?」


 アリシアの呼びかけに、女子達全員が「おっーっ!」と腕を上げ躍起になる。


 俺的には、ツッコミどころは多いけど、この時代のこの子達は一切悪くないので何も言う資格はない。


 まぁ、おかげで俺がこれまで抱かれていた『あっち系』疑惑が払拭されたのでマイナスばかりじゃないだろう。



「あのぅ、クロウ様及びパーティの皆様方! お取込み中に失礼ながら、エルダードラゴンの件は如何なさいましょう!?」


 俺達が緊張感を忘れ呑気にやっている中、ついて来た王宮騎士テンプルナイトが痺れを切らして聞いてきた。


「そうだったな……すみません。ああして上空で舞っているうちは、『竜』も仕掛けることはできない筈だ。近づいてきたら、幻獣車を止めて戦闘態勢に入ろう」


「移動は続けるのでありますか?」


「ええ、まぁ。こちらも対抗できる人数は揃えているわけだし、きっとイエロードラゴンも警戒しているのでしょう。その隙に進み、上手く行けば『ネイミア王国』の領土に入れるかもしれない」


 知能が高い分、エルダードラゴンは用心深い側面もある。

 出だしは慎重な分、いざ戦闘に入ると理性を失い凶暴化するのが定番だけどな。

 あるいは『習性』に従い攻撃を仕掛けてくのか……。


 俺達『知的種族を全員食い殺せ』と――。


「『ネイミア王国』に入ってしまえば、『竜』どもは強力な結界で入って来れません……できれば、戦わないですめばいいのですが」


 自信なさげの王宮騎士テンプルナイト

 彼らは厳しい訓練は受けているも、実戦経験はなく騎士になりたてらしい。


 明らかに俺達よりも素人だ。


「あくまで上空にいるうちはって話っすよ。けど油断してはいけない……特に、イエロードラゴンは陸の魔物モンスターを配下として従わせる奴もいる」


 俺がそう言った矢先、別の王宮騎士テンプルナイトが駆け寄ってくる。


「クロウ様! 『竜』が……『竜』が地上から魔物モンスターを引き連れて、こちらに迫って来ています!」


「なんだって!?」


 俺は再び、階段を上り天井の昇降口ハッチを開ける。

 今度は地上に向けて『遠見』スキルを発動する。



 ただ広い平原の中、遠距離から左右に挟む形で向かってくる集団が見えた。


「ロックドラゴン(岩竜)が2頭ずつ……それにコボルトやオーク、トロールまで大勢いるぞ! まるで軍隊のように連携し合い、こちらへ迫っている! このままじゃ挟まれちまうぞ!」


「クロウ様! 一端、幻獣車を止めて迎撃いたしましょう!」


 アリシアが剣の柄を握り進言してきた。

 心無しか身体を震わせているように見える。

 彼女だけでなく、他のパーティ女子達も同様だ。


 こんな事態だし、この時代で野生以外の『竜』と戦ったことのない彼女なら仕方ないか。

 スキル・カレッジの林間実習だって、ここまでハードな展開は皆無だ。


 俺は首を横に振るって見せる。


「いや、ざっと見た所、敵は100体ほどいる……上空の『竜』を合わせるとそれ以上だ。戦力だけなら『大隊規模(約1000兵)』相当だろうぜ。まともに受けて立っていたら、すぐに囲まれて全滅させられちまう」


 目測ではロックドラゴンが2頭、コボルトが50匹にオークが30匹程度、トロールが20匹と左右に分かれて隊列を組んでいる。


 あからさまに、こちらに向けて挟撃を仕掛ける気満々だ。


 きっと、上空に飛んでいる『イエロードラゴン』がそうさせるよう指示しているに違いない。


「では、このまま逃げに徹すると? しかし教科書では、ロックドラゴンは岩石のような重く硬い鱗の割には移動速度が速いと学んでおります。クェーサーが操る幻獣車では、すぐに追いつかれてしまうのではないでしょうか?」


「アリシア、打つ手はある。よくSSS級の冒険者が得意とするシンプルなやり方だ」


「シンプルなやり方ですか?」


「ああ、そうだ。なぁに、イエロードラゴンを斃せばいいんだ。魔物達モンスターに囲まれる前にな。そうすりゃ、他の連中は洗脳が解かれ野生に戻る。あとは邪魔そうな魔物モンスターだけ狩ればいい」


「なるほどね、大将を真っ先にやっちまえば指揮系統は崩れるってかい? クロウ、アンタやっぱり頭いいね~。アタイが見込んだ通りだよ」


「ありがとう、セイラ。んで斃し方は、前のクエストで野生の『スカイドラゴン』を始末したアレでいいだろう。ディネなら目視さえできれば、あの距離でも『矢』は届くだろ?」


「うん、当てるだけなら一発くらいは……またアリシアのマグネティック・リッター磁極騎士との合わせ技?」


「そうだ。イエロードラゴンを地上に引きずり下ろし、全員でボコ殴りにする。奴は『陸戦』も得意だが、300人の騎士隊+俺達なら斃せる筈だ」


「陸戦なら、スパルちゃんも戦えます! 私も頑張ります、クロック兄さん!」


「なんだか行けそうな気がしてきました!」


 メルフィとユエルの表情が明るくなる。

 アリシア、セイラ、ディネも同様だ。

 みんな、俺のことを心から信頼してくれる。



 それから即興で作戦を練り伝えていく。


「――よし! それじゃ、早速配置に着くぞ! 各々の特殊スキルを信じて立ち向かえば、エルダードラゴンとて問題ない! ここにいるメンバーは俺が認める最強パーティだ! 勇気と誇りを持て!」


「「「「「はい!」」」」」


 女子達全員が即答し、俺の指示通りに動く。

 これこそ、五年後の糞未来ではあり得なかった従順さと連携ぶりだ。

 彼女達にとって、本格的な『竜狩り』になるが問題ないだろう。


 当時より冒険者レベルこそ低いが、特殊スキルはそのままだからな。


 おまけに、この時代の彼女達は互いに信頼し合い力を合わせることができる。

 それだけでも、あの糞未来のパーティより遥かに優秀だと思った。


「こ、これが次期、勇者候補パラディンのチームワークですね……さっきまで、クロウ様を取り合って、あんなにポンコツそうだったのに……」


 最後に王宮騎士テンプルナイトの兄ちゃんが余計なことを言った。






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