第61話 忍び寄る暗躍の影




 ミルロード王国。


 世界で最も広大な国土を誇る世界有数の国家である。

 大陸から南西に位置し、5分の1に相当する国土は海と山の豊かな資源を有していた。


 嘗ては、その豊かな国土を狙って周辺国が幾度となく侵攻し戦争が勃発した歴史があり、それ故に軍事力においても屈強の勢力もつ側面を持ち合わせている。


 しかし、『竜』の出現で猛威を振るう中、現在は周辺国と共同して『竜狩り』を発信し支出する大陸の中心的な先進国であり、各分野においてもリーダー的な存在とされていた。




 そのミルロード王国の中心部に聳え立つ王城がある。

 全体的に真っ白な外壁に覆われた広大な城は、守護女神フレイアの象徴した造りであるらしい。


 月夜の明かりが照らされる広々とした一室にて、男がソファーで腰を下ろしていた。

 その手には鮮血のような赤ワインが注がれたグラスが握られている。


 真っ白なふわふわのガウンに身を包んでいる、大柄だが痩せた枯れ木のような老人のように見える。

 白髪交じりの焦げ茶色したオールバックに丁寧に整えられた口髭を蓄え、顔中に年輪のような皺が刻み込まれている。反面、切れ長の双眸はどこか力強い輝きを発していた。


 彼の名は、ゾディガー・フォン・ミルロード。


 ミルロード国の国王であり、こう見ても齢40歳である。



「……そうか。ようやく『彼』が『トキの操者』となったか」


〔――はい、陛下。ですがまだ目覚めたばかり、求めるべき先には行きついておりません〕


 どこからか声が聞こえてくる。

 まるで意図的に加工された不自然な響きであり、男か女なのかさえ不明であった。


「気をつけろよ……一巡目の世界で貴様は失敗している。《タイム・アクシス時間軸》のような個人の時間ならともかく、世界を丸ごと遡及するのに、どれほどのスキル・パワーを消費したことか……おかげで余の寿命が50年も削らされたのだ。三巡目はないと思えよ」


〔はい、ゾディガー陛下。その為に下ごしらえをしております〕


「今度こそ『彼』を正しく導くのだ……愛しき息子……いや娘の方か?」


〔こうして、危険を顧みずお会いできるのは『息子』の方です、陛下〕


「娘の方はどうしている?」


〔はい、『娘』は既に計画通りの行動を取っております。王都で逃走を図る『彼』に自身の潜在スキルを自覚させた後、今は常に監視下でいられるよう潜伏しております。問題が生じた際は逐一、私めに報告が入るように既に手は打っております〕


「……そうか、流石だな。だが余には時間がない……この肉体も後三年保てるかどうか」


〔必ずや、『彼』の《タイム・アクシス時間軸》をEXRエクストラ、さらにはそのへと導いて参ります〕


「頼むぞ、息子よ……一つだけ気掛かりがある。あの男が『彼』に関与し始めたことだ」


〔――エドアールですか?〕


「うむ、代々から王家に居座り根付く吸血鬼ヴァンパイア。王位継承権はないとはいえ、奴の影響力は強い。おまけに抜け目ない……スキル・カレッジにおいても、学院長の椅子を蹴って自ら教頭職に就き王家だけでなく貴族社会にも根を張るしたたかさ……それこそミルロード王国のオブザーバー、監視者のような男だ」


〔まさか、我らが成し遂げるべき『計画』が、奴に知られていると?〕


「それはない……まだな。だが、余の急激な老化に不信感を抱いている。一応、ストレスによる謎の奇病ということで誤魔化してはいるがな……しかしエドアールとて、余がやらんとしている事に行きつくことはあり得ないだろう」


〔……やはり『彼』とエドアールの接触は危険だったのでは? 下手をすれば『計画』が知られる可能性もあります〕


「エドアールが実際何を考えているかわからん……あの生への執着は『竜』に対する復讐心なのか、それとも野心のためか……遠い親戚ながら、食えぬ男だけは幼少より理解している。しかし『彼』の成長を急ぎ促すためにも、次期勇者パラディンの称号を掛けたイベントは必要だったのだよ。貴様とて、『彼』の気性は一巡目の失敗で学んだ筈だ」


〔はい……本来、『彼』は非常に温和な性格な故、他者との争いを好まぬ性分でありました。覚醒と成長を急ぐあまり幾度となく発破をかけるため、『彼女達』を使って煽るよう仕向けましたが、乗っかるどころか逆に塞ぎ込んでしまう始末……このままでは永久に《タイム・アクシス時間軸》に覚醒することはなかったことでしょう〕


「貴様からの報告を受け、『彼』を『軸』に私の特殊スキル、《レトロ・アクティヴ・ワールド遡及の世界》を発動させた……『彼』が自分の意志で、あのパーティから抜け出すことを発動条件にしてな。『軸』となった者は遡及される前の記憶が残り技能スキルも残る……無論、能力者である私の記憶も残る。それがスキル能力のルールだ」


〔その節は、陛下には真にご迷惑をお掛けいたしました……〕


「構わん……だが息子よ、貴様達は別格だったな。流石は『銀の鍵』……時空を超越せし者の――」


〔陛下、それ以上は……〕


「そうだったな……エドアールの話に戻そう。スキル・カレッジ内の行事に関して、奴が関与することは想定している。そのために息子よ、貴様達を差し向けているのだ。『彼』の競争心を煽り、まずはEXRエクストラへと成長させるよう導くのだ」


〔わかりました……全ては来るべき儀式のために……今度こそ、必ずやご期待に応えましょう。それと陛下が匿っておられるシェイマの件ですが……〕


「シェイマ? ああ、『竜守護教団』の竜聖女か……あの者がどうした?」


〔『彼』の成長のためにも、そ奴の力が必要でしょう。しばらく私に身柄を預けて頂けませんか?〕


「構わん……が、あの者は当然ながら余が関与していることを知らん。匿っている余の直属である隠密部隊には伝えておくが……どう接触するつもりだ?」


〔そこはおいおいご説明いたします。ですが近い内に大きく事が動でしょう……その際にシェイマの力が必要となります。『彼』の成長より促進させるための『鍵』となりましょう〕


「『鍵』か……わかった。息子よ、貴様に任せよう」


〔はっ、ありがとうございます陛下。では――〕


 声の主はフッと姿を消した。


 一瞬だけ、窓際から空気が突き抜ける音が聞こえ、カーテンを大きく揺らした。



「竜神との契約より産み落とされた二つの『銀の鍵』……その意味では我が息子に娘と呼ぶべきか?」


 ゾディガー王から発せられた言葉の語尾に躊躇する表現が含まれる。


 消えた声の主とのやり取りをしていた限り、親子らしい会話は一言もない。

 声の主とて、ゾディガーのことを父とは一切呼んでいなかった。


 それに、ゾディガーは15年前に正妻を病で亡くしており未だ独身である。

 子供は一人、「ソフィレナ」という一人娘の王女がいるが近日中に隣国へ嫁ぐことが約束され、次期王位は別の血筋を引く者が継ぐことで既に決まっていた。


 したがって暗躍する国王と忠実に従う謎の部下――そうとしか思えない関係性だ。



「――余とて、そう時間がない。今度こそ失敗は許されんぞ……『彼』の、クロック・ロウを必ず『刻の操者』として完成させるのだ……」


 ゾディガーは咳き込みつつ、手に持つワイングラスを掲げて眺める。


「全ては、時空の彼方へ導き『創生ジェネシスの領域』へ誘うため……我が神聖なる儀式のため――」



 そう呟きながら赤ワインを飲み干した。







《第一部 完》






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