第60話 聖女の決断と新たな争奪戦




 ユエルの意を決したような態度に、俺だけでなく他の女子達も見入ってしまう。


「わたしもクロウさんと共に歩みます」


「え!?」


 彼女の言葉に俺が一番驚き声を張り上げてしまった。


 それもその筈だ……。


 俺と歩むってことは、双子の兄であるウィルヴァと敵対する形となる。

 あれほど兄のことを尊敬していたユエルが……。


「い、いいのかユエル……キミの兄さんは……ウィルヴァはどうするんだ?」


「理由はセイラ似ているかもしれません……お兄様はお一人でも問題のない方です」


「そうかもしれない……けど妹としての情もあるだろ?」


「だからこそ……わたしもお兄様を超えたい。認めてもらいたい……今のままじゃ何も変われないと思うから……」


「ユエル……」


 俺はユエルの言葉を聞きながら、『古代遺跡洞窟の調査』のクエスト前日の宿屋で彼女が兄について話してくれたことを思い出す。



 ――兄はわたしにない全てを持っています。実力や才能、何事にも揺るがない強い意志……そして、あの方・ ・ ・への愛と信頼も。



 ユエルもまた、俺と同様に完璧すぎる兄と比較され差別されていることがわかった。

 未来で俺に分け隔てなく優しく接してくれたのも、きっとそれが理由だったんだ。


 彼女も彼女で兄のウィルヴァから独立して変わりたいと強く願っているんだと思う。

 気持ちは痛いほどわかる。


「わかった……俺は嬉しいよ。けど、ウィルヴァにはなんて言う? 俺もメルフィがいるから兄妹同士が揉めるのは頂けないんだけど……」


 妹に疎遠されるほど悲しいことはない。


 糞未来でその要因を作ったであろう男とて、今のウィルヴァに同じ目に遭わせるのは何か違うと思う。


「お兄様なら大丈夫です。昨日もお義理父とう様との報告で、お兄様から『ユエルは自分の正しいと思ったことをやりなさい』って仰っていただいたので……その時に、わたしはこれからも冒険者として、クロウさんと行動を共にしたい旨は伝えているわ」


「え? そうなのか?」


「はい、ウィルお兄様からも同意を頂いた上で決めたことです。ご迷惑でなければ気にしないでね」


「迷惑だなんて、そんな……じゃあ、これからもよろしく頼むよ」


「はい、クロウさん」


 ユエルは明るい笑顔を見せてくれる。

 何だろう? 未来のユエルより表情がとても自然体だ。


 いつも控えめで大人しい印象しかなかったのに……。

 きっと行動を起こしたことで、彼女の中で何かが変わったのかもしれない。


 俺はそう思いつつ、またユエルに惹かれていく。 

 けど何かが歯止めになり、心を打ち開けるまでには至らない。


 それが未来のトラウマなのか――いや違う。


 幼い頃、俺はある少女に恋をしていた。


 地区は違ったけど孤児院にいた美しい金髪で碧い瞳をした可愛らしい少女。

 交流会で同じ山で迷い一晩一緒に過ごしたんだ。


 そして少女と結婚する約束をした。


 初め意味がわからず軽い返事をしてしまったけど、その後とても大切な約束であることに気づく。

 けど次の交流会で探した時、少女はどこかに養女として引き取られてしまった。


 結局はそれっきりだ……。


 あの子、名前なんて言ったけ?


 そういや、どこかアリシアに似ているかもしれない。


 俺はチラッとアリシアを見ると、不意に彼女と目が合った。

 何故か機嫌が悪く、仏頂面だ。


「……そういえばクロウ様、ディネではありませんが、リーゼ先生殿と何か約束を取り交わしておられるのですか?」


 アリシアよ。何故、蒸し返す?


「どういう意味だよ?」


「いえ、教頭室での話し合いの時、クロウ様が『他の道を歩むのであれば、先生はそれについて行きたいと思っていますぅ』と言っていた台詞が、どうも私達と被っているように聞こえるのですが?」


「何が言いたいんだよぉ?」


「一生徒と教師の間柄にしては親密だなっと……」


「ち、違うよ! もう授業があるから行こうぜ!」


 危ねぇ~!

 これ以上掘り下げられたら、俺が勇者パラディンになった暁にリーゼ先生と結婚する約束になっていることがバレちまう!


 俺はただ、先生の五年後の娼婦館で働く未来を改変したくて、助言したことが仇となり、そんな流れになっちまったんだ。


 あの頃は勇者パラディンも目指すことはないと思って適当に返事しちまったばかりに、とんでもねぇ方向に改変しちまっているぅ!

 

 と、とにかく、近いうちにリーゼ先生と俺がその気がないことをはっきり伝えないと……それから、ちゃんとした無難な男を探さねぇと!



「えっと~、クロウくん達、まだいたの~? もう二時限目の授業始まっちゃうぞ~!」


 タイミング悪く、そのリーゼ先生が来てしまった。


「リーゼ先生殿、丁度いい。以前より、クロウ様と何か約束を取り交わされたのかな?」


 アリシアに問い質され、リーゼ先生は頬を染めて、もじもじと身体とボリューミーな両乳を揺らす。


「え? ええ……だぁめッ、言えなーい。だって先生とクロックくんだけの秘密だも~ん!」


「「「「はぁ!?」」」」


 おい、先生!?

 もうそれ、8割近くぶっちゃけているようなもんじゃねぇか!?


 ほら見ろ! ユエル以外の女子達が全員俺をガン見してるぞ!


「それじゃ、みんな授業遅れちゃだめだぞ~!」


「おい、先生待ってくれ! 爆弾落としたまま行かないでくれよ~!」


 リーゼ先生はスキップしたまま去って行った。



 ああ、ああ、これヤバイ展開……。


 何度も修羅場を潜ってきた俺だからこそ察知できるんだ。

 さっきから背中から刃を突き立てられたような複数の視線を感じている。


「さぁてと、我が主よ……どういう意味かご説明して頂きましょうか?」


「どうしたの、アリシアさん。目怖いよ? なんか目尻が吊り上がっているよ?」


「生まれつきです」


 嘘だ。

 キレかかっているじゃん……五年後の未来を彷彿するオーラが漂っているもん!


「クロウ……アンタ、やっぱり乳好きだったとはね……アタイに言ってくれりゃ、いつでも……」


「おい、セイラ。どくさに紛れて変な誤解を招くようなこと言うなよ! 俺は別に……」


「そうであったか。確かに……リーゼ先生殿やセイラには負けるかもしれぬが、私とて平均より断然ある方ですぞ!」


 アリシアまで変に張り合う必要なくね!?


「へへ~ん! クロウはおっぱい好きじゃないよ! 意外とロリコンな所だってあるんだからね! そうだよね、メルフィ!?」


「わ、私に振らないでください! 私はまだ発展途上なんですぅ! ディネさんみたいに何百年経っても成長が止まってませんからぁ!」


「何百年って聞き捨てならないよ! ボクはまだ168歳なんだからね!」


 ディネ、おま……エドアール教頭より年上じゃねーか!?

 やっぱエルフの寿命半端ねぇ!

 つーか、なんでそんなに長生きしてんのに、どうしておつむは平均以下なの!?


 ところで俺って、いつからロリコン疑惑が浮上してたんだ!?


「皆さん、クロウさんがそんな軽薄な方ではありません。きっと何か理由があるのでしょう? 決していい加減な返答して女心を弄ぶような卑劣で下衆な殿方ではありませんので、どうか信じてあげましょう」


 ユエルが一番鋭くヤバイことを言っている。

 ひょっとして何気にキレてません?


 何だこれ……。


 明らかに五年後の未来と違っている環境なのに、それにも増した重圧感プレッシャーを覚えてしまうぞ。


 ウィルヴァと次期勇者パラディンの称号を競う争奪戦と違った別の争いの火蓋が切った気がしてならない。


 その後、リーゼ先生とはやましい関係は一切ないことを必死で説明する。


 あの糞未来じゃ問答無用でボコられているが、今の時代では彼女達の物分かりの良さと俺の日頃の行いも相俟って、なんとか信じてもらえるに至った。






──────────────────


お読み頂きありがとうございます!


次回はいよいよ第一部の完結です。

同時に物語の全貌が浮き彫りとなるでしょう(^^)/


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