第41話 片想いの聖女様との語らい
「お話かい? 俺はいいけど、こんな有様で……いい?」
「はい、みなさん。よほど、クロックさんのことが好きなんですね」
俺の痴態ぶりも微笑ましく言ってくれる、ユエル。
あのパーティで唯一、この子だけは未来と変わらないのかもしれない。
「俺のこと、クロウって呼んでくれよ。その方がしっくりくる……特にユエルにはね」
「はい、クロウさん」
従順で可愛い……綺麗ともいえる、ユエルの笑顔。
未来で俺が想い憧れていた少女。
そんな彼女と一体何を話そうか?
俺のメンタルやトラウマについて……いや、この状況だと相談しても説得力がない。
十分、ハーレム満喫してんじゃんとか言われそうだ。
……う~ん。
ユエルを見ていると、どうしてもあの男が浮かんでしまう。
さっき俺が滾らせていた相手。
双子の兄であるウィルヴァ……。
同じ孤児なのに、あいつはトントン拍子にエリートコースを歩んでいる。
俺がこうして未来の仲間達を奪ってしまう形となっても、あいつの人生に影響はなさそうだ。
それは別にいい。
ウィルヴァは才能もあるし、それなりに努力もしてきている筈なのだから。
人柄だって決して悪くないし……。
けど謎も幾つか残っているんだ。
――何故、未来で俺をパーティに加えようと思ったのか?
技能スキルを沢山修得して高レベルと言ったって、別に俺に限ってではない。
Eクラスの連中なら大抵、技能スキル修得に躍起になっているからだ。
特殊スキルがハズレなばかりに劣等生としてぞんざいな扱いを受けている以上、唯一そこを頑張らないとやっていくしか術がなかった。
ただそれだけの理由だ。
したがって、ウィルヴァが俺なんかを特別視する理由なんてないだろうに……。
何か恨みを持たれていた? 嫌がらせ?
けど、俺はあいつの勘に障るようなことなんてしたことないし、そもそも相手にすらされていなかった。
それに、女子達に酷い目に合わされても、比較的に制して庇ってくれたのもウィルヴァだ。
今思えば情けなく惨めな絵面だったがな……。
実はそんな俺を上から眺めながら優越感に浸っていたとか?
だとしたら相当陰湿な野郎には変わりないのだけど……。
本当にその程度の軽薄男なのだろうか――?
「なぁ、ユエル……」
「何ですか、クロウさん?」
「キミの兄貴である……ウィルヴァは俺について何か言っているかい?」
「え? ええ……まぁ、よく不思議な人だと話しておりますよ。常に先々を見据えた眼を持っていると……」
そりゃ、そうだろうな。
何せ、五年後の記憶をもって、今の時代に戻って来ているから。
「他には?」
「面白い人とも言っています。そこは私も同感ですね」
「ユエルもかい?」
「ええ、なんて言いましょうか……時折、意図的に悪態を言われますが、本心ではお優しくて周囲に気を配れる純粋な方だと思っています」
「ははは……そんなことはないよ」
俺は苦笑いを浮かべる。
まさか、ユエルにそういう風に見られていたとは……。
「こんな風になっちまったのは、昔嫌な思いを沢山してきてね。そのトラウマのせいで、仲間にも時折八つ当たりしてしまうんだ」
「まぁ……」
「だから二度と、そうならないよう必死で足掻いているだけなんだよ」
おかげで女子達からの冷遇ルートは回避して、只今こんな囲まれて慕われる感じだけどな。
だけどそれも、いつまで続くのかわからない。
ひょっとしたら、また手の平を返されてしまう不安も拭えない。
アリシアは永遠に忠誠を誓ってくれたけど……人の心ってのは移り変わりやすいものだ。
現に今の状況だって、ウィルヴァから俺へと移った結果なだけかもしないと、心のどこかで思っている。
みんな純粋に慕ってくれているってのに……その想いすら歪んで見えてしまうんだ。
やっぱり俺は重症なくらい病んでいるんだろうな。
「わたし、そういう生き方好きですよ」
「え?」
ユエルからのいきなり好き発言に、思わず俺の胸がトクンと高鳴った。
無論、そういう意味で言ったわけじゃないのはわかった上だ。
「必死で何かを成就する強い意志……それが生きていく糧に繋がっていると思っています」
「そ、そう?」
「はい。でも、一つだけ……」
「なんだい?」
「もう少し彼女達を信じてあげてください」
「え――?」
「みんなとてもいい方達だと思います。そして何よりクロウさんを大切に思っているわ」
「大切……俺のことを……」
ユエルはこくりと頷く。
「い、いいのかい? 俺なんかで……ウィルヴァは?」
「ウィルお兄様? どうして、ここでお兄様が出てくるの?」
「いや……そうだよな」
俺は勝手に彼女達を奪ったとか寝取ったとか思っているだけで……。
この時代じゃ実際何も接点がないし事は起きてないんだ。
けど何か『縁』のような繋がりはあるのかもしれない。
逃れられない運命ってのが存在するのかもしれない。
「……確かにウィルお兄様は優秀な方です。同じ双子なのに、わたしとまるで違う……だから時折口惜しい」
「ユエルが?」
初めて聞く、最愛である兄への想い。
それは聖女と思っていた少女らしからぬ負の感情だった。
「兄はわたしにない全てを持っています。実力や才能、何事にも揺るがない強い意志……そして、
「あの方? ああ、義理の親父さんのことかい?……やっぱり、何かとウィルヴァと差別されているのか?」
「……え? は、はい……そうですね。でも、どうしてクロウさんがご存知なのです? まさかお兄様から聞いたのですか?」
「あ、いやぁ。ユエルの口振りから、多分そうなのかなって……」
「そうですか……流石、先々を見通せるクロウさんですね」
ユエルは俺の苦しい言い訳に納得してくれたようだ。
ふう、危ぶねぇ。
考えてみれば、今のウィルヴァが自分から誰かに話すわけがない。
ましてや、勝手に
糞未来でさえ、どんな心境で話したのかわからないんだ。
ユエルは話を続ける。
「わたしはお兄様から口利きのお情けでウェスト家の養女になった身。言わばおまけみたいなものです。養女なので政略結婚の材料にも使えない、言わば腫れ物……疎まれて当然の身です」
酷い話だな……。
ランバーグ公爵にとって、ウィルヴァの才能さえ手に入れば、ユエルなんてどうでも良かったっていうのか?
だから使用人当然にギルドへ使いによこしたのか?
それしか役に立たないと思われて――。
ユエルは決して無能なんかじゃない。
SR級の特殊スキルを持つ
そんな事も理解しようとぜず目先の損得ばかり……。
ランバーグ公爵……本当に一国を支える重鎮なのか?
しかし何故、俺がユエルに惹かれ、彼女も俺に優しくしてくれていたのかなんとなくわかってきた。
――俺達はよく似ているのかもしれない。
無能な劣等生と言われ冷遇されていた俺と、優秀すぎる兄と比較され役立たずの烙印を押されてきたユエル。
だけど……。
「俺は誰よりもユエルが優しくて優秀な聖女様だってことを知っている。だから、そう自分を卑下する必要はないさ……キミは今のまま変わらなくていいと思う」
そう、実際は似ているようで少し違う。
ユエルは無理して変わる必要はない。寧ろ変わらない方がいい。
――だが俺は変わらなければならない。
今度こそ、俺だけの実力でウィルヴァを超えてみせる。
Eクラスの劣等生でもエリートを圧倒できるってことを証明してやるぞ。
それから俺だけのスローライフを目指せばいい……。
もしアリシア達もついて来てくれるなら拒まない。
みんなとなら、ランクSSSの冒険者だって目指せるだろう。
ユエルは、ぐすっと鼻を鳴らす。
暗くてわからないけど、泣きそうになっているのか?
「ありがとう、クロウさん……お話しできて良かったです。それじゃおやすみなさい」
「ああ、おやすみ……ユエル」
こうして片想いだった少女との一時の語らいは終わった。
やっぱり、ユエルはいい子だ――。
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