第231話 恩師の救出

 ようやく『竜殺しドラゴンスレイヤー』となった俺。


 栄誉ある称号だけではなく、エンシェントドラゴンを斃した褒美として国と冒険者ギルドから多額の賞金と報酬を得られることになった。

 これだけでも、しばらくはみんなで遊んで暮らせる程だ。


 サリィ先輩じゃないが、どっかの領地を買ってみんなでスローライフしても良いかなと思えてしまう。


 だがその前にやらなければならないことがある。



 ミルロード王国一番の高級料亭にてパーティの女子達に温かく祝ってくれている中、俺は最後の締めとして重々しく口を開いた。


「みんな本当にありがとう。こうして無事に『竜殺しドラゴンスレイヤー』になることができたのも、みんなが俺を後押ししてくれたからに他ならない。本当に感謝だ……死んだ俺の両親もさぞ喜んでくれているだろう」


「いえクロウ様……我らは特に何も。全て貴方様の実力の賜物だと思っております。勇者パーティは解散になってしまいましたが、我々はこれからもずっとクロウ様と共に歩んで参ります」


「うん、アリシア。俺も同じ気持ちだ。そこで叙勲式前に話した事なんだが……」


「ああ、あの人の件だね?」


「ボク達はいいよ、クロウが決めたことだから」


 セイラの問いとディネの言葉に、俺は交互に視線を送り首肯する。


「でもクロック兄さん……肝心のあの方は素直に応じるのでしょうか?」


「大丈夫だ、メルフィ。俺に考えがある……あの人も、あんな所にいるよりは遥かにマシな筈だ」


「本来であれば、わたし達も支援に行くべきなのでしょうが……場所が場所だけになんとも」


「ユエル、当然のことさ。明日は俺一人で行くから、みんなはゾディガー王が用意してくれた邸宅で待機してくれ」


 俺はそう告げ場を締めくくった。



 翌日の夕暮れ頃。

 予定通り、一人である場所へと向かう。

 華やかに栄える王都の表通りの裏側にある、夜の都。


 聖女ユエルは疎か、一般の女性なら大抵は敬遠する場所だ。

 特に俺が向かっている所はもろそういった感じになる。


 ぎっしりと幾つも並ぶ建物。

 俺は目的地である館へと入って行く。


 看板には『娼婦館』と表記されている。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


 受付場にて店員が声を掛けてきた。

 身体が補足小柄の中年男、店側のコンセプトなのか執事のような恰好をしている。


「面倒くせぇ挨拶はどうでもいい。店長を呼べ、話がある」


「私が店長ですが?」


「そいつは話が早い。俺はクロック・ロウ――この金で、リーゼ・マインを買いたい。彼女が抱える借金ごとだ。お釣りが出るだろ?」


 俺は鞄から大袋を取り出し、カウンタ―の上に置いた。

 袋の中には大量の金貨がぎっしりと入っている。


「クロック・ロウ様? こ、これは偉大なる竜殺しドラゴンスレイヤー様……は、はいただいま」


 店主は俺の存在を知り慌て始める。

 そそくさと別の店員に問い合わせ始めた。


 俺の背後に用心棒らしき厳つい男達が立っていたが、チラ見すると「ひぃ! すみません!」と怯えて何故か悪くもないのに謝罪しながら店の外に出て行く。


 やれやれ、すっかり有名人だな。

 清く正しい『勇者パラディン職』とは違い、『竜殺しドラゴンスレイヤー』は戦果で認められる称号からか、こういった裏稼業の連中から畏怖された目で見られやすいようだ。



 間もなくして、リーゼ先生が受付室に入ってきた。

 如何にも娼婦らしい、薄着でボディラインが強調した露出の高い際どいドレス姿。


 ……まるでらしくない恰好だ。


 結婚した貴族の夫が莫大な負債を抱え失踪し、それが妻である彼女に降りかかり娼婦館に売り飛ばされたことは有名な話。


 そういや、この時代のサリィ先輩は勇者パラディン職を引退してから、パーティごとミルロード王国を離れたらしい。

 したがって彼女がこうなっていることは知らない筈だ。


 そのリーゼ先生の表情は、まるで覇気がなく憔悴しきっている。

 あのいつも元気でハイテンションだった彼女の姿はどこにもなかった。


 客とのプレイだろうか、頬が腫れており薄着から見える肌にも傷跡が多く見られている。

 とても痛々しい。望んだ結果じゃないだけに辛そうだ……。


 俺の姿を見て、リーゼ先生は驚いた表情を浮かべている。


「リーゼ先生、久しぶり」


「……クロック・ロウくん? どうしてキミが?」


「先生を迎えに来たんだ。一緒に帰ろう」


「帰るってどこに? 聞いているでしょ……私がここで働いている理由」


「ああ、知っている。けど先生が抱えている借金はたった今俺が完済させた。だからここに留まる理由はないんだ」


「リーゼ、竜殺しドラゴンスレイヤー様もそう言っておられている。どうせ、ろくな客も取れない年齢と身体だ。とっとと荷物をまとめ出ていきなさい……ひぃ!?」


 余計なことを言ってくる店長に俺は鋭い眼光を浴びせた。

 びびって気まずくなった奴は、「し、失礼しました……」と怯えたまま部屋から出て行く。


「糞野郎が……まぁいい。先生、こんなところさっさと出よう」


「出てどうするの? 私、もう帰る場所なんて……」


「――結婚しよう」


「はぁ?」


 突然のプロポーズにリーゼ先生は唖然とする。

 けど俺は勢いを止めるつもりはないぞ。


「これからは俺達と一緒に暮らすんだ」


「ち、ちょっと待ってクロックくん、何を言っているかわからないよ……どうしてこんな叔母さんなんかと」


 叔母さんって……まだ26歳じゃないか。

 仕方ないとはいえ、すっかり自暴自棄だ。


「決まっているだろ? リーゼ先生のことが好きだからだよ。それに生徒だった頃から、数え切れないほどの恩がある。このまま放って置けないよ」


「ありがとう……でもキミとは一緒に行けないよ。クロックくんの噂は聞いているよ……まさか『竜殺しドラゴンスレイヤー』になったなんて……そんな凄い人と一緒になるなんてできる筈ないもの」


「俺も強引なのは十分に承知の上だ。けどこんな所にいるよりは遥かにマシだと思う。結婚はまだ先でいいからさ。まずはここを出よう?」


「でも……店長も言っていたでしょ? 私はすっかり汚れちゃったのよ……こんな私じゃクロックくんに迷惑かけちゃうもの。一緒にいるだけでもおこがましいわ」


「なんだ先生、そういうの気にしているのか……わかった。手を出して」


「え?」


 言われるがまま、リーゼ先生は右手を差し出してきた。

 俺は彼女の手を力強く握り締める。


「――《タイム・アクシス・クロニクル時間軸年代記》、《リワインド巻き戻す》」


 特殊スキルを発動させ、五年前の姿まで巻き戻した。

 以前ギルドマスターの髪の毛を戻したように、大切な部分だけ調整して《リワインド巻き戻す》可能だ。

でも先生は年の差も気にしているっぽいので同い年まで若返らせた。


「あ、あれ? 私、どうしちゃったの?」


「リセットしたんだ。五年前くらいまでね。これが今の俺の力だよ」


 俺は言いながら自身が纏うコートを脱ぎ、彼女の肩に羽織らせた。


「クロック君……」


「クロウでいいよ。帰ろう、リーゼ先生」


「う、うん……ありがとう」


 リーゼ先生は大粒の涙を流し、俺の胸に身を寄せてくれる。

 良かった……本当に彼女が戻ってきてくれて。


 よし、これでリベンジ達成、コンプリートだ――。



 忌々しい館を出て、俺とリーゼ先生は宿泊している豪邸に到着した。

 そこで待機していたアリシア達と合流する。


 以前から彼女達には、リーゼ先生の話をしており全員が快く承諾してくれた。


「――というわけで、リーゼ先生も嫁になったからよろしく」


「リーゼです。皆さんよろしく……あとクロウくんに『先生と呼ぶからね』と頼まれているので、皆さんもそう呼んでください」


「わかった先生殿、同じ嫁として其方を歓迎しょう。ただし初婚と正妻の地位だけは譲りませぬぞ」


 アリシアは初婚と正妻の地位にやたらと拘っている。


「よろしくな……けど先生、あんま変わってないね?」


「本当だぁ、スキル・カレッジで見かけた時と同じような気がするぅ!」


「というより歳を取られてないように見えますが?」


 セイラ、ディネ、メルフィも疑問を投げかける。


「察しの通りだ。俺が先生を五年前まで戻したんだ……先生ってば色々気にしちゃっているからね。俺は別に気にしない主義だけど」


 俺の説明に、事情を知る彼女達は「あ~あ、そっか」と納得してくれる。


「同じ女として気持ちはわかります。リーゼ先生、どうかよろしくお願いします」


 ユエルも賛同し丁寧にお辞儀して見せている。


 リーゼ先生も「よろしくお願いしますぅ!」と少しずつだが本来の調子に戻っていた。

 何故か俺より女性達の方に気を遣っているけどな。


 だけど……うん。みんなとてもいい雰囲気だ。


 俺は愛しい嫁達を眺め微笑みながらこう思う。



 ようやく全てを終わらせた。

 あとはお前次第だぞ、クロック・ロウ――。

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