第79話 転校生の正体と思惑




 数日後。


 事態は動く。


 ウィルヴァが次期『勇者推薦候補』を辞退したという噂が学年中に流れた。

 前回の期末テストで首位を取れなかったことに落ち込み、すっかり自信喪失したとか?

 現にそれ以降、ウィルヴァは学校を休むようになっていた。


 こうした背景があり、次期勇者は自動的にクロック・ロウへと決定するのではないかと囁かれる。


 しかし、一つ問題もあった。


 クロックがEクラスから動こうとしなかったことだ。


 勇者の推薦を受けるには、A・B・Cの『対竜撃科』クラスから選出しなければならない。


 エドアール教頭も痺れを切らし、「ウィルヴァに変わって同学年から、もう一人候補を立てる」という流れとなる。


 そして新たな候補者として最近頭角を現している、ソーマ・プロキシィに白羽の矢が立ったのだ。




「チョリース! オレっち、ついに勇者候補に選ばれちゃいました~ん!」


 Aクラスの教室に入った途端、ソーマは生徒達の前で喜悦し勝利のアピールをする。

 先程、担当のイザヨイ先生に呼び出され、そのように伝えられたらしい。


 他の生徒から「へ~え……そぉ」「おめでとう……」っと曖昧な言葉が送られる。

 これまでにないチャラ男のキャラなばかりに、その物珍しさから女子達に一時期は人気があったも、次第に飽きられてウザがられつつあるのも確かのようだ。


 しかも、国を代表する『勇者パラディン』になるのかもしれないのだから微妙な反応なのも当然である。


 ――こんなチャラい奴が勇者で大丈夫なのか、この国は?


 Aクラス生徒の誰もがそう危惧した。






 その夜、仄かに光を宿した一羽の鳩が飛んで行く。


 鳩は王都から外れにある『ロトム湖』へ向かい、湖畔に一軒の館へと降り立つ。


 館は、ランバーグ公爵が密かに所有する別荘館であった。


「――《言霊の鳩ラグ・ピジョン》。ソーマが放った魔法ですね」


 窓際に立つ、鳩を部屋に招き入れる少女。


 夜更けにも関わらず、部屋の明かりを一切灯さないのは外部の者に、自分らが潜んでいることを悟られないための配慮である。


 少女は鳩を抱きかかえ、地下室に降りた。


 そこだけは唯一、蝋燭ロウソクで明かりが灯されている。

 牢屋のような頑丈な岩々に囲まれた一室であり広々とした空間だ。


 だが、豪華なソファーや鮮やかな装飾品が並び、高級なワインなど調度品が並べられている。

 ある意味、王室を思わせる高級感が漂っている。


「シェイマ様、それは?」


 ソファーに座り、優雅にワイングラスを傾ける男が少女に話し掛ける。

 丁寧な口調と声。


「ソーマが連絡に放った魔法鳩です」


「ああ、あの野郎が? もう成果を出したってか?」


 もう一つの、ソファーに寝そべる男が起き上がる。

 威勢のいい声で、男の足元にはエール酒の瓶がいくつも転がっていた。


「きっと、何かの報告でしょうね。短時間ですが、会話のやり取りができるよう改良されているようです」


 竜聖女シェイマは言いながら、鳩を天井へと放った。


 鳩は天井に接触し、パッと弾けるよう光を発して消滅する。

 途端、各自の脳内から、ある男の声が聞こえてきた。


『チョリース! 気持ちよくハッスルしてるぅ~?』


 そのチャライ言動に、各々が眉間に皺を寄せる。


「テメェ! 時期がくるまで、俺達が動けねぇの知っているだろ!? ハッスルなんぞできるかぁ、ああ!?」


「わざわざ嫌味を言いに《言霊の鳩ラグ・ピジョン》をよこしたのか、貴様……」


「ソーマ、何か報告があるのでしょ? 二人がストレスで問題を起こす前に率直に答えなさい」


『シェイマ様~、ご意見きちぃ~。でも超クールビューティー! んじゃ報告っす~、オレっちなんと勇者パラディン候補に選ばれちゃいました~ん!』


「なんですって!? それは本当ですか?」


『もちのロングソード(意味不明)! もうじき、エドアールに呼ばれて正式に決まるよ~ん! どうよ、すげーべ!』


「それが本当なら、目的が一つ果たせますね――エドアール・フォン・ミルロードの抹殺。事実上、ミルロード王国の実権を握る吸血鬼ヴァンパイア。あの者を始末すれば、停滞している我らの目的も大幅に進行するでしょう」


「しかし、シェイマ様。順調すぎませんか? 元々は他の『使徒』達と合流するため、長期戦を目途としていた筈……何か腑に落ちません」


「案外、『罠』かもしれねーわな、ああ?」


『プププ……パイセン共、ウケる~! なぁに、テメェら? オレの活躍に嫉妬しちゃった系?』


「「ああ!?」」


 二人の男は立ち上がり、その場にいないチャラ男に対して殺意を漲らせる。


「はぁ……おやめなさい、貴方達。ソーマ、貴方もですよ」 


 シェイマは溜息を吐き、三人の男を窘める。

 少女にだけは忠実である男達は沈黙した。


「朗報ではありますが、二人の意見にも一理あります。ソーマ、貴方はそのまま計画通り続行で構いませんが、くれぐれも油断せず注意してください」


『チィース! わかりました~ん!』


「それと、公爵様のご子息はどうなさいました?」


『あん? ウィルヴァっとかいうヘタレ男っすか~? オレっちに負けて、最近じゃ学院を休んでいるようっすね~。負け犬は家で泣いてんじゃないっすか~』


「おい! ランバーグ様から許可を貰っているとはいえ、やりすぎるなって言ったろ!? 俺ら匿ってくれている恩人の息子だぞ、ああ!?」


「そうだぞ! いくら、クロック・ロウに手を出せない状況とはいえ、やり方ってのがあるからな!」


『知らね~。どうせ義理の息子じゃねぇか? オレはああいう幸運だけで生きている富裕層の同年代がムカついてしゃーないんだよ!』


 ソーマは仲間達に思いの丈をぶつける。

 三人は共感したのか、一時の沈黙が流れた。


「まぁ、いいでしょう。エドアールさえ始末すれば、もう勇者パラディンどころの話ではなくなるのですから……ランバーグ公爵様のご子息のこれからを考えれば、今から辞退した方が無難だったかもしれません」


「現国王であるゾディガーも謎の奇病でもうじき死ぬらしいからな……後は予定どおり、俺達が奴の娘である『ソフィレナ』を暗殺して他国との国交を断絶すれば――」


「残るは次期後継者の国王とその一族か……だが連中は既に、ランバーグ公爵様の手中に収まっている者ばかり。あの方がミルロード王国の実権を握ったのも同然となる」


『そうなれば、公爵様を通して、オレら「竜守護教団ドレイクウェルフェア」が調子に乗れるってことしょ~? なんせ、公爵様は「隠れ信者」なんだからよ~!?』


「仰る通りですね。だからこそ、私達はあの方にこうして手厚く匿って頂いているのです」


『見ててください、シェイマ様~! オレが歴史を変える火蓋を切ってやるっすよ~! エドアールの首を持ってね~! オレの特殊スキルなら、たとえ不死身の吸血鬼ヴァンパイアでも楽にキルできるっすからね~!』


「そうですね……期待してますよ、ソーマ」


 シェイマは言った瞬間、魔法効果が完全に消えた。





 男子寮の一室にて。


 ソーマ・プロキシィは自分の部屋にいた。

 仲間達と思念のやり取りを終わせ、窓を眺めている。


 黄金に輝き、光を照らす満月。


 ふと、黄金色の髪を靡かせる女子生徒の姿が浮かぶ。

 常に凛としたスタイル抜群の美少女。

 主に従順で健気な一面を見せる女騎士。

 

 ――アリシア・フェアテール。


 自分が『勇者候補』に名前が挙げられた時、思わず夢を見てしまった。


 オレが勇者になれば、アリシアが手に入るかもしれない。

 

 クロック・ロウから奪えるかも……。


 しかし、ランバーグ公爵と『竜守護教団ドレイクウェルフェア』のこれからやろうとしていること、その未来を考えると『勇者』になっても大した意味はない。


 きっと、ミルロード王国から『竜狩り』自体がなくなってしまうのだから。


「オレのやることは一つ、エドアールの暗殺……それから、アリシアたんをクロックから奪い取ってやる。ついでに、奴のパーティの女達も全員美味しくいただくぜ……ケケケ」


 ソーマ・プロキシィは欲望に赴くまま妄想を膨らませていた。






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