第134話 動き出す歯車
みんなとの楽しい海水浴を満喫した後。
ターミア領土から王都に戻った俺は一人で、アリシアの父親であるカストロフ伯爵に会いに騎士団本部へと訪れた。
一応は領主であり、また
俺が来た瞬間、衛兵隊の騎士達が一斉に立ち上がり整列し始める。
「クロック・ロウ男爵! お勤めご苦労様です!」
「今回もご活躍されたとのことで、流石は次期
騎士達が揃って俺を褒め称え持ち上げてくる。
次期、
あくまで推薦候補って話だし。
「い、いえ……俺は領主、いや冒険者として当然のことをしたまでっすから、はい」
「なんと謙虚なお言葉! 流石、アリシア様が主としてお認めになられたお方!」
「あの強くお美しい、アリシア様が忠誠を誓われるのも頷けます!」
「カストロフ閣下も大変喜ばれるでしょう! フェアテール家も安泰ですな!」
は、恥ずかしい!
頼むからそっとしておいてくれよ!
それに俺が
何、俺がフェアテール家の婿養子になるようなノリで言ってんの!?
いいからとっとと、カストロフ伯爵に会わせてくれ!
ただでさえ褒められ慣れてない、俺。
五年先の未来では、勇者パーティの
過去に戻り、すっかり逆転しているとはいえなんだかなぁ。
それこそ、アリシア達を連れて来なくて正解だったかもしれない……。
「これはクロック様、ようこそいらっしゃいました」
騎士団の鎧をまとった糞ガキ……じゃなく、アウネストが近づいてくる。
「やぁ、アウネスト君。お父さん、いやカストロフ伯爵にお会いしたいんだけど……事情はわかっているよね?」
俺だって当然、前もってアポを取った上で来ている。
メルフィに頼んで《
「ええ、この度のクロック様のご活躍、父上、いえ閣下も大変喜ばれております。おかげで私達騎士達の士気向上にも繋がっている次第です」
それで、このウェルカムぶりってわけか。
娘が仕えている、フェアテール家にとっちゃ都合がいいらしい。
悪い事は伏せたがるけど、良いことは徹底的に広報し宣伝しまくる。
ある意味、ミルロード王国の風習みたいなものだ。
「さぁ、クロック様、今すぐご案内いたしましょう」
「ああ……ありがとう。お姉さんは元気だぞ」
「……そうですか」
「たまに会ってやればいい。今なら自慢の姉だろ?」
「……個人的に会うのは、私が高等部に入ってからだと決めております」
「どうして?」
「私のことは良いではありませんか。クロック様が仰る通り、今は私にとって自慢の姉です。さぁ、ご案内いたしましょう」
以前のような糞生意気さというか刺々しさは感じないも、姉との距離を置きたがる、アウネスト。
姉弟というより、フェアテール家全体に関わる事情があるような気がしてならない。
まぁ、俺が首を突っ込む話じゃないと思うけど。
それから一室に招かれ、騎士団長であるカストロフ伯爵と対面する。
「クロック君、待っていたよ。どうか楽にしてほしい」
相変わらず威厳溢れるダンディな親父さん、いや人格者だ。
アウネストは一礼してすぐに退出した。
俺はソファーに座り、カストロフ伯爵に一連の出来事を報告した。
――ターミア領土で遭遇した、ダガンの件だ。
あれから、ダガンの遺体は既に騎士団により回収されており、ゾディガー王の命令で現在はランバーグ公爵の領土で預かり冷凍魔法を施された状態で貯蔵庫にて保管されているそうだ。
「どうして陛下はランバーグ公爵に保管の指示を?」
「ランバーグ公爵はミルロード王国でも有名な『竜学士』でもあられるからだ。義息子のウィルヴァ君もその影響を受けて目指していると聞く」
カストロフ伯爵の言葉に俺は「なるほど……」納得する。
未来でウィルヴァが『竜学士』になった理由も、義父であるランバーグ公爵の意志を継いでってところだろう。
義理とはいえ親子としての絆があるようで、なんか微笑ましく思える。
だからこそ余計に、ユエルとの関係に違和感を覚えてしまうのだけど……。
でも、ネイミア王城で会った時は、ランバーグ公爵からユエルを邪険にしている素振りは見られなかった。
寧ろ娘を心配する、いいお父さんっぽかった。
いや逆に、ユエルから距離を置いていたような気も……。
「――クロック君、今回もお手柄だったね」
「いえ、自分は……でも腑に落ちないこともありまして」
「そうだな。話に聞くと、竜聖女シェイマの仕業らしい。いつまでも捕らえられない我らの落ち度でもある」
「……やはり、どこかの貴族が匿っていると?」
「まぁな……実はもう絞り込んでいる」
「本当ですか!? どこにいるんですか!?」
「すまない。流石のキミでも、そこまでは言えん。凄くデリケートな問題だからね」
デリケート?
どういう意味だ?
相当大物な貴族が手引きしているって意味なのか?
今思ったけど、ダガンの件といい……何か可笑しい。
作為的な何かを感じてしまう。
まさかゾディガー王……ダガンの件を見越して俺達に何とかしろって意味で、領土をくれたのか?
美味しい話には裏があったと言うべきか。
他に何かしらの意図があるのか。
そして、竜聖女シェイマ。
あの女だけは許せねぇ!
見つけたらギタギタにしてやる!
「どちらにせよ。このままではすまさん。必ず追い詰める! しかし物事には手順が必要だ。私はこれから、ある方に頼りつつ事を成し遂げようと考えている」
「ある方ですか?」
「キミがよく知る人物だよ」
ふと笑みを零す、カストロフ伯爵・
それ以上、何も話さずに、俺は退出した。
やはり、シェイマの件はカストロフ伯爵に任せるしかないな。
俺は俺で自分のやるべきことをやるだけだ。
明日から二学期が始まることだしな。
これまでにないほど、夏休みも満喫したことだし。
そういや、海水浴から女子達の様子が可笑しいぞ。
特にリーゼ先生と女子達の間だ。
初めこそ、互いにぎくしゃくしていたけど、ソフィレナ王女から勇者の「一夫多妻」の話を聞てから、妙に親交が深くなったような気がする。
何か様子が変だと思い、みんなに聞いても「内緒」と言われてしまっている。
何なんだ、一体……。
**********
王立
「これは、カストロフ伯爵。随分と突然に現れたものですね。この私に何用で?」
普段通り暗闇の中、書類に目を通していたエドアール教頭は、不意に現れた訪問者に差ほど驚くことく問い質した。
机を境に、すぐ目の前に鎧姿の初老の騎士、カストロフが立っている。
「王族の方に対しての、不意のご無礼をお許しください。何分、機密事項である故、どうしてもエドアール様にご相談したく、このような形で参上仕りました」
「……それがキミのスキル能力だろ? 知ってるよ……それに私は王族の身とはいえ、末端だからね。礼節は不要だよ」
エドアール教頭は指を鳴らすと、カストロフの背後からソファーが現れ、促されるまま腰を下ろした。
「それで? 私に相談ごととは?」
「――
「何だって? う、む……そうか、案外あり得るかもな。キミが
「あり得るとは?」
「ランバーグ公爵には、大臣職以外にも、もう一つ裏の顔があるようだ」
「裏の顔?」
「国王直属の隠密部隊。私でさえも噂程度しか聞いたことがないが……これまでの経過を考えれば存在すると思っていいだろうね」
「隠密部隊……そんな組織があったとは」
「無理もない。彼らは国ではなく、王に仕える私兵だからね。元々、ランバーグも貴族出ではなく一代で懐刀にまで成り上がった男……その出世街道を客観的に見ていれば、キナ臭くも感じるものだよ」
人間を放棄して、150年も生き王族のオブザーバーとして地位を確立した
「……だとしたら全ての黒幕は」
「ゾディガー王で間違いないだろう。突然、老け込んだ頃から何か企んでいるとは思っていたけどね」
「陛下に限って……いや案外、あの子のことを……」
「あの子?」
「カストロフ伯爵、何か思う所があるなら私に話してほしい。ミルロード王国にとって良からぬ企みを抱いているのならば、同じ王族としてゾディガー王を止めねばならない。それが
「……わかりました。全てお話しましょう、エドアール様」
カストロフは、エドアール教頭に全てを話す。
フェアテール家もゾディガー王のエゴに振り回された家系であり、それにより大切な家族が引き裂かれたこと。
また一人の少女が辿る数奇な運命と悲しき真実を――
第二部 完結
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