第272話 本篇になりそうでならなかった話2 紫苑の裳着
・葵の君の裳着直前に、紫苑が田舎に帰っていた頃の話
これも長くなりそうで没にしたはず……すぐに話を長くする悪癖が……この頃は、紫苑は“伍”とくっつくのかなと思っていましたが、“伍”は、周囲に振り回されて、なんにも考えてないので、なかったことに(´・ω・`)
***
「まあまあ、おかえりなさい! 父君もお待ちかねでございましたよ!」
葵の君の乳母であった母君が、紫苑を大はしゃぎで出迎える。京への帰り道、念のためと護衛についてくれた、陰陽師の“伍”も一緒であった。田舎ではあるが、大きな屋敷と大勢の使用人。
“伍”は、紫苑が実は姫君と呼ばれる上に、かなりのお嬢様なことに、とても驚いていた。
“伍”を「左大臣家の用意してくれていた、左大臣家に縁のある内裏の武官」と、紫苑が父君に紹介したので、とっておきの客間で、嬉しそうにくつろいだり、紫苑の父君に、最近の京の様子を話しながら、豪華な海の幸を、ご馳走になったり、釣りに連れて行ってもらったり、温泉に入ったりと、彼は幸せな毎日を過ごしていた。
一方の紫苑は、姫君に「
(一族の娘が、摂関家の姫君の側近中の側近の女房、そしていつかは命婦として、内裏に出仕するなど、紫苑の実家や親族にしても、
大人になった証の“裳”の腰結役をしているのは、駆けつけてくれた父方の叔父のひとりだ。
急な話なので、なにもかも簡素ではあったが、それでも摂関家の私的な荘園の中でも、一、二を争う豊かな受領(地方貴族)の家柄ゆえ、京の洗練された華やかさはないが、左大臣家や親戚、父君の知り合いの地方貴族たちからも、次々と立派な祝いの品が届き、紫苑も紫苑の家族も、急なことながら素晴らしい
「なにこれ?」
裳着は夜に開かれる儀式なので、翌朝、遅くに起きてきた紫苑は、改めて祝いの品を、嬉し気に見ていると、祝い事の定番、
「ああ、それは
「
姫君からの頼まれごとを、すっかり忘れている紫苑に、母君は渋い顔をしながら言う。
「父君が名産品を、裳着に参加して下さる皆様に、お配りするよい機会だと言いだして……この、なにもかもが、不作続きの世の中に、なぜか去年から豊作続きで、売り捌くことができずに、困ってはいるけれど、でも、
どうやら、このモシャモシャの名産品、ナゾに豊作続きで、大量に余って困っているらしい。
母君は色々と思い出して、ブツブツ言っていたが、あとで“伍”にその話をすると、姫君から頼まれていたことを指摘されて、紫苑は、ようやく頼まれていたことを思い出し、慌てて母君のところに引き返した。
『彼にも話していて助かった!』
「これ、京へ持って行って、いいですか!?」
「こんな田舎臭いものを、左大臣家に?」
母君は娘が田舎者と、馬鹿にされると心配したが、ちょうど左大臣家の姫君が、探していらっしゃると紫苑が言う。
「お見せして要らなければ、何百人もいる使用人で、汁物にでもして食べますよ! お土産ということで! なんなら壁の補修に使って頂いてもよいですし!」
「そう? 実用的と言えば、実用的かしら?」
「ええ! 喜んで頂けるし、家の蔵の空きもできて、一石二鳥! あるだけ持って行きます!」
「左大臣家から頂いた祝いも忘れずに、あと、そちらにある
数日後、母君は急いで娘の荷物を荷造りさせると、作っておいた唐菓子を、道中に食べられるように、紙に包んで、いくつか持たせる。唐菓子に使う甘味の
嬉しそうな顔は、まだまだ
「まさか紫苑が姉より先に、裳着を済ませるとは思いませんでした……」
「わたしも驚いたが、左大臣家のご都合、仕方がなかろう」
彼女の家は、紫苑の上にまだ裳着をしていない年上の姉が三人、小さな妹がひとり、生まれたばかりの弟がいる大家族であった。
両親は幼過ぎる娘の
「
京への帰り道、紫苑にそう言ってくれたのは、“伍”であった。
「はじめから言えばよかったです。わたし、要領が悪くて……」
少し照れつつ、贈物の檜扇を、もてあそびながら、そう答える。深窓の姫君である葵の君と違って、普段は、女房見習いとして働く紫苑は、気軽に牛車の窓から顔を出して、“伍”と道中も時々は話をしていた。
そんな彼女は、実家へ向かう道中に、牛車の中で
「一生懸命に取り組んでいたのが、素晴らしいと思いますよ……」
“伍”はニッコリ笑ってそう言うと、紫苑に怨霊の影が見えぬか確認して、再び行列のうしろに馬を戻す。(先輩の“六”に、彼女は怨霊に『鈍感』が過ぎるので、毎日チェックするように厳命されている。確かにここにくる途中にいた、わざと人を驚かせて喜ぶ妖怪の類が現れた時にも、ひとりだけまったく気が付いていなかった。凄いなぁ……)
彼女には事件後に、知り合いになった『真白の陰陽師』も連名で、裳着の祝いとして、素敵な『小さな魔除けの鏡』をプレゼントしてくれていて、それはもう大はしゃぎだった。(この時代、鏡は貴重な高級品である。)
もはや実家よりも、長く暮らしている、久しぶりに戻った左大臣家では、来年春の姫君の裳着、尚侍出仕へ向けて、粛々と準備が進められていた。
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