第69話 春の訪れ 4
「これは……」
隣に並んでいた葵の君は、不思議そうな顔で母君の顔を見上げ、関白と左大臣も同じく大宮を見ている。そして、
「どうかなさいましたか?」
葵の君は、これ多分、竹取物語だと思いながら、母君の前に広げられた巻物を見て首を傾げる。
どうしたんだろう? 別に成人指定な物語でもない、綺麗な絵巻物なのに?
いや、成人の祝いに、春画とか送られても困るけどさ。芸術なんだろうけど、凄い版画の技術だけど、アレはわたし的には、いまひとつよく分からない。まあ、他の芸術が分かるのかと言われれば、もちろん分かってないけど。
「いえ、失礼いたしました。くれぐれもよしなに、
実はこの絵巻物は、先帝の更に先、いまは亡き先々帝が孫にあたる『女三宮/現在の三条の大宮』が生まれた時に、祝いとして用意させた、ふたつとない絵巻物で、あまりの素晴らしさに降嫁する時も、宮中から持ち出すことを辞退した品であった。
もしこれから先、
「すっかりお忘れになって、
「はい……」
こわっ! めちゃめちゃ怖いっ! 母君の美しい顔が、凍りついている……。美人が怒ると大迫力だ!
元カノのプレゼントの時計を、気にせず身につけていた
そうして周囲を凍りつかせたまま、母君は優雅に衣の裾を捌き、姿を消す。
葵の君は母君に押しつけられた絵物語を抱えて、その場に固まっていたし、あとの二人は使者を見送るといって、そそくさとその場をあとにした。
それまで穏やかだった左大臣家の空気は、一瞬にして凍りつき、恐れをなした兄君は、珍しく妻である四の君のところに、妹君の
『あれは怖かったよね……』
葵の君は裳着(成人式)の当日の早朝、そんなことを振り返りながら、ハト麦茶で顔を洗い、身支度を始めていた。
娘のせっかくの成人式だと、気を取り直してくれてよかった。
それに今日は久々に
お待ちかねの
「桜が綺麗……」
庭に咲く桜は八分咲き。風にあおられて、舞い込んできた桜の
*
『本編とは恐らく関係ない小話/
弐「凄い! シメジが沢山!(高級品)」
伍「昨日、左大臣家の台盤所(調理場)の外の籠に、捨ててあったのを、拾ってきたんですよ。形が悪いからって、勿体ないですよね――」
壱「待て! みんな、箸をつけるな!」
参「……これ、しめじによく似た、毒キノコですよ」山奥の出身。
弐「危なっ! この馬鹿!」お玉で頭を小突いている。
六「そろそろ出勤の時間ですよ……」今夜は全員で、左大臣家に出勤なので、迎えにきた。
*
『とある日の左大臣家』
兄「しめじ、毒キノコ、毒キノコ、シイタケ、あわび茸、毒キノコ……」狩りに行って、持ち帰った、カゴの中身を、ピタリと言い当てている。
葵「全部同じに見えます! 兄君、凄いですね!」
兄「動物と違って、キノコは襲いかかってこないからね」しみじみ。
葵「キノコ狩りなら、弓は要らないんじゃないですか?」
兄が手にしている弓と、背負っている矢筒に、見栄えにこだわる男だなと思っている。
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