第120話 参内 3

尚侍ないしのかみ……」


 参議は列に並らびつつ、希望の星の名前を口にする。なるべくなら、つわりの酷い妻につき添ってやりたいので、関白頼みの状態が早く改善されて欲しい。

関白が戻られた時は、誰よりも喜んでいたのに、彼はいまでは早く尚侍ないしのかみに頑張って欲しいと、そんなことを願う。人とはよりよい生活を常に求めるものであった。


 離れたところに見える関白の横で、中務卿なかつかさきょうが、テキパキと補佐をしているのが目に入った。更にその両横に左右の大臣。


 御仏の御告げによって、関白が尚侍ないしのかみと彼の婚儀を取り決めたという話を耳にした時は、内裏中に衝撃が走ったが、古参の公卿たちは、関白はそんな迷信めいたことに、まどわされる人物ではないので、きっとそれを口実に摂関家のテコ入れを図られたと、したり顔で、うわさをしていたのを彼は知っている。


『息子は選べぬが、婿は選べる!』


 最早、少数派の旧来の価値観を持つ、関白と同期に近い古参の公卿たちは、関白の後継者問題の解決策(中務卿なかつかさきょうの婿入り)に、おおむね好意的であった。どんな大貴族であっても当主が無能で栄誉栄華に溺れたままでは、おのれの家や門閥を率いてゆくことはできずに、衰退するしかないのを、風流に流されて育っていない、老齢の彼らは理解していた。


 昨今の見栄え主義と迷信がはびこり重く扱われる時代的に、中務卿なかつかさきょうの火傷の痕は、「大きな傷」であったが、当主としてそれぞれ長く家を率いている彼らは、摂関家の当主が人柄だけの左大臣になったあかつきには、まつりごとのゆく末すら危惧をしていたので、摂関家が中務卿なかつかさきょうを婿取りしたのは、喜ばしいことと、早々に祝辞を述べ、なんなら安堵すらしていた。


 本来ならば強固に反対する立場の右大臣が、中務卿なかつかさきょうと葵の君の話を、唯々諾々いいだくだくと受け入れたのも、安心材料のひとつであった。


 第一皇子の元服と、東宮位の儀式への準備が進みだしたいま、「東宮には、第二皇子を押したい」そんな帝の気持ちを関白が寄りきって、第一皇子を東宮に確定させたゆえ、と言うのが太政官でのもっぱらのうわさで、大貴族の右大臣家を外戚に持つ第一皇子の東宮位決定と、左大臣家に養女に行った、右大臣家の幼い姫君の話に、この先の両家の固い絆を確信した貴族たちは、今後の政局に大きく胸を撫ぜ降ろしていた。


「却下」


 参議は耳に入った、にべもなき言葉に前をのぞくと、兵部卿宮ひょうぶきょうのみやが、がっくりと肩を落としているのが見えた。


 怠慢な彼のことだ。どうせ、今日の朝儀はあるまいと、ロクな準備も根回しもしていなかったに違いない。


 中納言と参議は八省とも連絡を取り、協議と推敲を重ねた自分たちの書類と計画には、自信があったので、「早くどけ」そんな視線を送った。


 そんな風に中務卿なかつかさきょうと、特に対立もわだかまりもない、ごく普通の中堅どころの公卿たちは、今後の期待を中務卿なかつかさきょう尚侍ないしのかみに抱いていたが、兵部卿宮ひょうぶきょうのみやのように、中務卿なかつかさきょうと同世代、同じ程度の官位の貴族たち、特に野心があればあるほど、彼らは中務卿なかつかさきょうをうらやんだり、密かにねたんだりしていたが、いまのところ彼らは、密かに陰口を叩くことくらいしかできることはなかった。


 やがて関白の「本日終了!」の言葉を受けて、公卿たちは解散し、帝から声掛けをいただいている、お歴々と中務卿なかつかさきょうらは『大宮の帰参&尚侍ないしのかみ歓迎会』のうたげに参加するべく、その場をあとにした。

ついでと言ってはなんではあるが、蔵人少将くろうどのしょうしょうも参加が許されて、蔵人所の別当のあとをついて行った。


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