第121話 桐壺更衣
〈
「今日は朝から大変な騒ぎでございますね」
葵の君の初出仕の当日、光る君は、ようやく静かになった
帝は昨日の朝まで、誰がなにを言ってもどこふく風と、
「今日は
「そうですね……」
母としては、いつまでも一緒に暮らせるように、このままの姿でいて欲しいが、そんな訳にもゆかぬ。美しく聡いわたくしの皇子であるが、帝の寵愛以外、うしろ盾のない心細い存在であった。
いつ失うか分からぬ寵愛ではあるし、まだ光る君には伝えていないが、第一皇子の東宮位を帝が決定されたいま、皇子の先行きは暗い。
自分を憎む
そしてふと思う。
彼は元皇子でありながら、
が、いまではどうであろう、自身の才覚を持って、いまでは誰もが認め、押しも押されもせぬ公卿としての立場を、堂々と確立していらっしゃる。
御仏の御告げがあってのこととはいえ、臣下の頂点、摂関家の当主である関白も、その能力を高く評価するゆえに、摂関家の唯一の姫君である、
わたくしの皇子も末恐ろしい才だと、いつも博士たちが褒めてくれている。いっそのこと、臣下に降りれば、この才を持って、彼のように彼以上に自身の力で、立身出世を望めるのではないかとも思う。
そうなれば、わたくしもこんな窮屈でつらい後宮の生活を捨てて、いや、すべては無理だとしても、せめて半年くらいは、皇子の暮らす市井のやかたで、気楽に生きることができまいか?
「母君、いかがなさいましたか?」
「……いえ、なんでもありません」
そう言いながら
わたくしには、まったく分からぬ世界であるけれど、
「そろそろ宴に、お出ましのお時間にて……」
女房の声に彼女は我に返ると、光る君をそっと抱きしめてから、渡殿に向かおうとするが、ふと動きを止めた。
「母君?」
常であれば頭を下げて、気をつかいながらの道行が、今日はどの殿舎(御殿)も清涼殿に向かう準備に忙しく、自分のことなど気にも留めぬと思えば、それがせめてもの慰めである。
少しくらい姫君に打ち解けて頂けて、もしかしたら
女房の声を待って入り口のあたりで、
「
いまは臣下のお立場とはいえ、帝の愛する実の妹宮で、元内親王である『三条の大宮』に対して、初めから彼女よりも上座につくなど、さすがにあり得ぬ話であった。
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