第156話 追走曲 23
庭をしばらく歩いて、ふたりは誰もいない
「どうかなさいましたか?」
「いえ、なんでもありません」
そんな姫君に自分が果たして、いまと同じように恋をするだろうかと思うと、きっとそんなことはありえないと、「
「次に帝に夜の呼び出しを受けた時は、式神を飛ばしてください」
「どうしてご存じなの?!」
葵の君が驚いた顔で、
その後、ふたりはやっと隣にある
「月が綺麗ですね」
「えっ?」
葵の君はそう言ってから、自分を庭から孫庇に抱き上げてくれた
遥か先の世に「I Love You」の和訳となった、この有名なセリフの意味は
「今日が駄目なら明日、明日が駄目なら明後日、
『問題は見かけだけ! 絶対、十歳というところが引っかかっているだけだから!』
葵の君は、さっきの
それから暗い紫苑の
しばらくして、元の姿に戻った、なにも知らぬ紫苑が、姫君を探し回っていると、なんと姫君が自分の
ぐっすり眠っている姫君を、他の女房たちを呼んで、ソロソロと布団ごと姫君の寝所に運び、そっと姫君をご自分の布団に寝かせる。
紫苑は姫君が雷の恐ろしさで殿舎をさまよい歩き、自分を探しにきて、そのまま眠ってしまわれたのだろうと思い心が痛む。それからそういえば格子を降ろさねばと、部屋の隅にある几帳の側に近づくと、姫君の
あまり物事を深く考えない彼女は、『わたしの
覚えはないが、ひょっとして自分が預かって、そのまま忘れていたのだろうか? 背中に変な汗が出て止まらない。
でもきっとそうなんだろう。あの日の夜は、寝るのがかなり遅かったので、眠た過ぎて最後の方は記憶すらないのだから。
探しまわっていた女房たちに、申し訳ない気持ちで一杯になったが、怒られるのも嫌なので、こっそりと姫君の身の回りの品を収める厨子棚と屏風の隙間に置いて、見なかったことにした。あそこならなにかの拍子で落ちて挟まったと思ってくれるだろう。
それから紫苑は寝言封じの
少ししてから奥の孫庇から響く、大音量の紫苑の寝言に目が覚めた
姫君と紫苑は
「昨日は酷い目にあった」
そう言うのは元に戻った世界で、藤壺の騒ぎを表ざたにせぬようにと
「結果的にはよかったじゃないですか、責任は例の官僧に押しつけられましたから」
例の官僧と言うのは、結界の石の周囲にあったはずの生垣が人為的に壊されていて、そこに丁度、宮中の女房のところに忍んでゆこうと、通りかかって捕まったひとりの僧侶であった。
僧侶ははじめから壊れていたと言い張ったが、責任を押しつける“生贄”を探していた彼らに、話を聞いてもらえるはずもなく、色欲などもってのほかの不道徳な“官僧”が結界を壊したということにされ、もともと後宮の女の元に僧侶が通うなどという行為は、見つかればこうなるはずだったのだからと、牢に放り込まれていた。
実のところ内裏での怨霊騒動を聞いた帝も、自身の『徳のなさ』をささやかれかねないと、些細で終わったことであれば、結界を動かした犯人だけは捕らえて、騒動は
「ちょうどよかった」
そう言ったのは、まだ夜も開けぬ大内裏の自分の曹司で、着替えを済ませてから報告を受けた
帝と同じ内容を報告した“壱”は、
そして、昨日の大雨の騒ぎもすっかり忘れて、スッキリと目が覚めてから、命婦にみっちりと
紫苑が「
「あの子とお前、仲いいよな」
「
“六”の手には、それでも一応は礼にと、紫苑が置いていった大きな菓子箱がひとつ。
「だってあの子、なんだかんだ言いながら、いつもお前にしか
「それは他の陰陽師が、アテにならないと思っているから!」
“六”は無表情な顔で“弐”をビシリと指さしてそう言うと、菓子箱を小脇に抱えて自分の小さな住まいに帰る前、ふと思い出したことを口にする。それは
「
「どこが?」
「“匂い”がした。
帝と一緒にいた
「数珠の効果じゃないか? 手首につけていたアレ、かなりの品だった。“死者”の匂いは仕事柄だろう。検非違使も大概な匂いだ」
「まあそれはそうかもしれないが……」
「あんまり考え過ぎて、右大臣みたいになったらどうする? 早く帰って寝ろ、俺も帰る」
“弐”は夜が弱いにも関わらず、一睡もできなかったので、ついに立ったまま柱にもたれて寝てしまっている“四”を肩に担ぎ上げながら、そう声をかけて大内裏をあとにし、“六”も色々と疲れていたので、そう言われればそうかと思い、暗黙のうちにみんなが知らないことになっている右大臣の“つけ毛”を思い出して首を振ると、家に帰ることにした。
“六”の追究を、知らぬうちに、辛くも交わし切れた
手には藤の花がひと房。実はあの時、消えてゆく藤の花の中から、なんとか彼が手に入れた物だったが、記憶がなくなっている彼は、藤の花などなぜ持っているんだろうと思い、つまらなさそうな顔で後宮の庭に投げると、大内裏の典薬寮に帰った。
〈 その頃の運命の女神の世界 〉
検非違使の別当は、知人が貸し出した例の“本/料紙の束”を落として申し訳ないと、しきりとわびるのを、仕方がないと言ってから、やかたへ帰ると、妹君にそのことを残念そうに話していた。
「まあ、人から借りた本をなくすなんて! でも、大丈夫ですわ! ほら!」
妹君の手には、例の“本/料紙の束”を妹君自身が書き写した写本。
その写本に続きが時折、浮かび上がり、別当と妹君が読んでいることを、運命の女神は知らない。
『第一部/運命の女神編/了』
*
『小話/右大臣の秘密』
色々と心配事が多すぎて? 髪が抜けまくりで結えないので、最近とうとうウイッグみたいにメガ盛りのつけ毛な右大臣。
左大臣「今日は風が強いですなぁ。いかがされた?」内裏で唯一、つけ毛に気づいていない左大臣。
左大臣の烏帽子が風で飛んで行って、供人が慌てて拾いに行っている。その横で、めっちゃ烏帽子を両手でつかんで、髪を必死に抑えている右大臣。
右大臣「いえ、なんでも!」なんの心労もないから左大臣はフサフサなんだと思いながら、左大臣の頭を凝視しているのでした。
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