第163話 別れの時 3
〈
笠の周囲に垂れる白い
門から案内してきた官吏が言うには、例の『
「こちらです」
そういわれて中に通された女は、
女は妹の突然の悲劇を聞き、できる限り急いで駆けつけたが、やはりどこか信じられず、もしやなにかの間違いであれば、そう願っていたのだが、壺にかけられていた小さな数珠や
騒ぎを聞きつけた、最近の不審な事件の報告に目を通していた検非違使の別当が、女を自分の曹司に案内させ慰めの言葉をかける。長官である彼が対応することでもなかったのだが、あの悲惨な事件を思い返すと、なにかしら同情がわく。
聞けば、京の貴族であった父君を早くに亡くし、母君が地方の受領であった継父と再婚したが、その母君も亡くなり、ままある話でのち添えの新しい妻に疎んじられ、二人は別々に遠く離れた地で、女房として貴族のやかたで奉公していたらしい。
京の大貴族のやかたや内裏で、高貴な身分の方の側づかえの女房をするのならばともかく、元はといえば姉妹は、女房になるような出自ではなく、それもまた不憫な話で、別当は深く同情した。
「これからまた旅をして奉公先に帰られるのか? 少し休みを取った方がよいと思うが」
「いえ…それが、そのような長い休暇はやれぬと暇を出されました。幸い妹が仕えていたやかたで、水汲みなどの下働きくらいなら雇うと、おっしゃってくれておりますので……」
別当は驚いた。女房として働いていることですら不憫であるのに、どう考えても下働きなど無理であろう。その証拠に顔も手も日に焼けておらず、髪も相応に長かった。(出家した女君は別にして、所属する階級が下がるほど、女の髪は短くなり、肌も日に焼けているものである。)
根が親切な彼は、女に側づかえの女房としての働き口を紹介しようと申し出た。
「よろしいのですか……?」
「ああ、あいにく我が家の人手は足りているが、丁度、女房を探している貴族を知っている。やかたの主人にも話を通しておくから、少し待っていなさい。すぐにわたしからの紹介状を書こう」
女は涙を流して喜んだ。側づかえなどの高い地位の女房は、大体は幼い頃からそこで勤めているし、地縁血縁でキッチリと決まっているのが普通で、その上、京の貴族に勤めるとなれば、なかなか縁のあるものではなかった。
別当が紹介したのは、例の『怪しげで風変わりなやかた』とのうわさで、女房のなり手に困っている『
「そんな……元皇子でいらっしゃる大公卿のやかたの側づかえの女房など、田舎出のわたくしに務まりましょうか?」
紹介先が尊き血筋の元皇子である上に、八省の長を務める
「ええ、ええ、そうなんですよ、急なことで女房を募集してはいるのですが、今時、なかなか教養深く、たしなみ深い女房は少なく、困っておりました」
中に案内されてしばらくすると、人当たりのよい親切そうな、このやかたを取り仕切っているらしき、
少ない荷物を置いて北の対に行くと、そこには真新しくて絢爛豪華な婚礼調度が並んでいた。三種の厨子棚は左から書棚(歌書や巻物、硯箱が飾られている棚)、真ん中は鏡や櫛などがある化粧道具の棚、右は香などの薫物やその道具が収められた棚。手前にある貝桶(貝合わせ用の蒔絵の施された貝が入っている。)や脇息、どれをとっても絵物語から抜け出たように高雅な品ばかりだった。
女は奇しくも葵の君の裳着の時に、真白の陰陽師たちが祝いの品に抱いた感想を抱く。
『目が潰れそう!!』
「あの、北の方にご挨拶を……」
それでもなんとか気を取りなおして言葉を発した。京の事情に疎い女は、まだ女主人のことを、なにも知らなかったのである。
「あれ、なにも知らないでここに? ああ、まあそうか、そうでなきゃ、うちに気のきいた女房なんてくる訳……」
「え?」
「いえ、こちらの話です。北の方は摂関家の姫君であり、
「はあ……」
京の事情に疎い女は、女主人が誰かは知らなかったが、貴族の頂点である摂関家の嫡流、左大臣家の姫君のおうわさは、さすがに田舎にまで流れてきていたので、『そんな尊き方にお仕えできるなんて!!』そう思い、こんな身分の高い方のお屋敷に年老いた女房がひとりいるだけ、そんな不思議なことにも、北の方がご出仕なさっているのであれば、他の女房たちは一緒に出仕したのだろうとひとりで納得していた。
そして
女は気前のいい家人に、早速、当座の支度金と三年分の先払いの
「まともな女房をやっと
逃げられる前に、先に三年分の
ケチな家人が大盤振る舞いしたのには、ちゃんと訳があったのである。
*
〈
「新しい女房ですか?」
「ええ、検非違使の別当の紹介でひとり、乳母もいい年なのに、我が家は女手がなくて困っておりましたが助かりました」
その話を
『夕顔』
ああそうだ、兄君の妻のひとりで正妻の実家、右大臣家から嫌がらせを受けて、ひっそり姫君を産んで、その上、光源氏に運悪く引っかかって、祟り殺されて死体遺棄された人だ……。
葵の君は名前を聞いて、再び色々と原作を思い出しながら、しばし呆然としていた。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ、大丈夫です。そうですね、検非違使の別当の紹介であれば、なんの問題もないと思います。わたくしは内裏に参内している間、留守にする
しきりに自分の体調を気遣う
『取りあえず兄君に会わせちゃ駄目だ!! 話がまたややこしくなるかもしれない!!』
「紫苑は誰か女房になってくれそうな知り合いはいないかしら?」
「わたしの姉たちはどうですか? 四人いますけれど弟もひとりいますし、一番上の姉が家に残っていれば、父や母も文句は言わないでしょうし、憧れの京に出てこられると聞けば、姉たちも喜ぶと思います!!」
紫苑の姉であれば、身元も安心だと
そして数日後の夜、葵の君は
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