第201話 お姫様と魔法使いたち、或いは桜色の小さな稲妻/前編

 ※この、お姫様と~の、二話の番外編は、まだ、なろうの方で連載をしていたときに、記念企画で、リクエスト募集をした時に、書かせて致いた話ですが、本編にもつながっております。


〈 大火の翌朝の早朝 〉


 熱々の『バーベキュー御殿』で、大活躍したあと、本来? の槍の姿に戻り、すっかり疲れて眠っていた『龍の姫君』として転生していた花音かのんちゃんこと、神道花音しんどうかのん(元、大学一回生、前世の身長178cm。スリーサイズ、B93cm、W56cm、H90cm、体脂肪率15%、少林寺拳法部所属、趣味はバイク、ドゥカティ・モンスター1100Sに乗って、大きなリュックサックを背負い、コストコに買い出しという名のツーリングなどなど)は、突然とんでもない音量の笛の音で飛び起きた。


! 麦茶のやかんが鳴っている! 火を止めないと! 沸騰してるとよ!」


 あとから知ったことだけれど、それは『この世の音』そう称される龍笛りゅうてきと対をなす『あの世の音』そう称される能管のうかんという笛の音で、その笛の音によって、この世界では『龍の姫君』として、不確かなままに漂っていた彼女は、本格的にこの世で目を覚ましたのである。


 そんなこととは知らない花音かのんちゃんは、慣れない袴と十二単で、沸騰した“やかん”を探して駆けまわってから、ようやくここが大学まで徒歩5分のワンルームじゃなくて、自分が『槍』になってから過ごしていた、巨大な庭つきの超豪華な平屋御殿によく似ていて、聞こえてきた音が、昔懐かしい“やかん”が沸騰したことを告げる“ピーピー”鳴っている音にしては、なんだかおかしいことに気がついた。


 なぜ彼女が、ここにいるかというと、大火の夜明けに「入りきらない」そう言って、彼女が封印されている大槍の深緋こきひを、右大臣に言われて引き取ったものの、やはり処遇に困った皇后宮職こうごうぐうしきの別当が、血縁にあたるここの住人の“壱”を思い出し、半ば押しつけるように強引に預けて行ったからである。(もちろん彼女は知らない。)


 知らぬ間にまた槍から抜け出して、十二単の桜色の髪のお姫様になってしまった自分に困った花音かのんちゃんが、どうしたものかと悩んでいると、“ピーピー”うるさかった笛の音が突然止んだ。


 廊下の角から音のした方を、そろそろとのぞくと、平安時代の服装をして笛を持った男の子と、布団にしがみついている男がもうひとり。


「あ――、もう、起きて下さい! もう昼ですよ! 朝餉がきてますよ――! 右大臣家から届いたんですよ――! 朝餉、食べましょうよ! 朝餉!」

「…………」


 そう言われても、男は頑として布団から離れず、わたしのお腹は鳴った。そして、いまは昼じゃなくて朝だ。どうやら少年は、寝汚い男を起こそうと、ウソをついているようだった。どうでもいいけど、平安時代からそんなウソついてたんだ。


『それにしても腹が……お腹が減った……』


 朝餉……朝ごはんか……、いいなぁ、どこにあるんだろう? でかい家だなあ……いや、屋敷? なにか紙でできた人形(式神の本質が彼女には見えた)は、ヒラヒラ漂っているし、屋敷や空の上に、なぜ硝子ガラスのドームがついているのかは、わかんないけど、とりあえず、とにかくなにか食べないと、もう何年もご飯食べてない……。


 花音かのんは、『よく死ななかったな……』そんな風に思いながら、よい匂いがする方向に、何度も袴に足を取られて転びそうになりながら、ふらふらと廊下を歩いて行った。


 葵の上となった『葵』が合氣道という、いわゆる段持ちは全員が袴を履いている特性上、なんなく袴を捌けたのとは違い、少林寺拳法は袴を履かない。しかもいま履いている袴は、とんでもない長さであったので、邪魔でしかない。


『脱いじゃおうかな?』


 そう思った矢先、丁度、よい匂いが漂ってきたので、花音かのんは、とにかくご飯ご飯と、必死で袴を捌いて、匂いの元にたどり着いた。


「おおぉ―――!」


 仕切りのある広い板の間には、三段重ねの『重箱』が六個積みあがっている。横には鉄の茶瓶と湯飲みが六つ。重箱をそっとひとつ開けてみると、一段目には綺麗に丸められた小豆ご飯、二段目と三段目には、とにかく美味しそうなおかずが、これでもかとギッシリ詰まっていた。


 もちろんそれは例の『白月しらつきの会』が、内裏や大内裏に勤務する人々に配ったお見舞いの御弁当だったのだが、前世、食べ放題の店の店員たちに、密かに『イナゴ』とあだ名をつけられる。そんな花音かのんちゃんの知ったことではなかったし、考える余裕もないくらいだった。


「ちょっとくらいなら、一段づつなら、ばれないかも知れない……いただきまーす……」


「もう少し……もう一口だけ、もう一口……」そして数刻も立たない間に、『真白の陰陽師』が借りている寝殿から、重箱弁当の中身は最後のひとつを残して、あっと言う間に消失し、少ししてからやってきた“壱”から“四”は唖然とし、“伍”は呆然として空の重箱の横で、気まずそうな顔をしている花音かのんを凝視していた。


ものがどうやって、このやかたに入った?」


 昨日の大火の騒ぎで、結局ここに明け方近くから泊まっていた“六”は、あとからやってきて、桜色の長い髪で、十二単をまとう、華やかで鮮やかな顔立ちの花音かのんを、うろんな目つきで見ながら、しゅを唱えはじめる。


 陰陽師のやかたにものが入り込むなど、とんでもない醜態だ。どうせいい加減な“弐”が、結界を適当に張ったに違いないと思い、さっさと片づけようとしたのだ。


 一方、六個目の重箱を抱えていた花音かのんは、自分の体が足元から、もの凄い勢いで、どこかに流れて行くのを感じながら、本能で自分の身の危険を感じて、ひしと最後の中身の入った重箱を抱きしめ叫んだ。


「誰が“もの”か! わらわは、あの大火から姫君を助け、火を収めた龍神であり、三位の位を持つ“深緋こきひ”に宿りし龍神なるぞ! たわけ者が!」


『決まった!』


 内心、大いに焦っていた花音かのんちゃんは、それでも子供の頃に見ていた昔話のアニメに出てる神様っぽく偉そうに叫んだ。彼女は本番で“はったり”をかませる度胸のある女であった。


 集まっていた六人の真白の陰陽師たちが、少し胡散臭げな顔をしていたのは、まあ、いきなり言われてもビックリだよねと花音かのんは思ったが、彼らが胡散臭そうだったのは、口の端についたご飯粒と、小脇に抱えた重箱が、その神々しさを台無しにしていたからである。


 しかも偉そうな啖呵を切ったあと、自称『龍神のお姫様』は、またお弁当を食べはじめていた。


「……本当に“深緋こきひ”に閉じ込められていた『龍神』なんですか?」


 最後の重箱の中身を、ほとんど食べ終えた頃、不思議そうな顔の“伍”は、お腹空いたなぁと思いつつ、恐る々々聞いてみた。


「もし本当なら……なにか証拠とか見せられません? ほら、龍が持っているたまとか?」


 そう言ったのは“弐”だった。当然と言えば当然の質問であったのだが、言われた花音かのんは困った。たまなんて持ってないと思う。多分。


 困ったな――、あの時は火事場の馬鹿力的な感じだったし、あれ以前に『槍』から抜け出せたことはないんだよね……。龍のたまねえ……。


 空になった重箱を見つめていると、どこからか地を這うような声がした。声の主は、目つきの悪いアルビノの中高生くらいの男の子。


「貴様、やはりもの……」

「ちょっと待て、ちょっとだけ待て……」


 あの時どうしたっけな? 今日はわかんないけど、あの時は確か龍になって、あのお姫様たちを助けたいと思って、槍から抜け出せたんだよね。とにかく集中、集中しよう。


『龍になれ、龍になれ、龍になれ……』


「!!!!」


 一瞬、花音かのんの周りに煙が立ち込めて、皆が驚いて煙を見ていると、やがて煙の中から、あの時、あの大火の日に舞い上がった“深緋こきひ”色の龍が、ちんまりと手のひらに乗るくらいの大きさになって表れて、空になった重箱の上で、こちらを見上げていた。


「一応は本物みたいですよ?」


“伍”は、そう言いながら、恐る々々“六”に向かって威嚇するように、小さな火を吹いている『龍』を両手ですくい上げる。


「あの時に力を使い果たして、まだ元の大きさに戻れないんだなきっと」

「“深緋こきひ”に龍神の姫君が封じられていたとは……」

「……それはいいけど、朝餉どうするんだよ?」

「台盤所に行って米を焚いてこい。元々、お前が当番だろうが」


 みなが口々に感想と、朝餉について意見を述べる中、小さな龍を一瞥した“六”は、にべもない言葉を発していた。


「それを網に乗せて焼けば、食べられるかもな」

「なんてこと言うんですか! が呼び出した“龍神の姫君”に!」

「…………」


 なぜか気に入らない、そんな顔の“六”であったが、葵の上の名前を出されては、さすがに黙り、“弐”は、「とりあえず、ありあわせで朝餉を用意するしかねーな」そう言いながら、台盤所に向かった。


 彼らを本当の悲劇が襲ったのは、その数刻だった。


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