第202話 お姫様と魔法使いたち、或いは桜色の小さな稲妻/後編

 それから数刻後、ご飯も炊きあがり、皆はようやく、質素な朝餉の乗った膳の前に、それぞれ座ったが、瞬く間に朝餉が消えた。


 なんと、ようやく炊けたご飯と、質素なおかずは、あっという間に元の“龍神の姫君”に戻った、花音かのんちゃんに、前世『イナゴ』とあだ名されていた彼女に、無意識のうちに、ぺろりと食べつくされていたのである。


「お腹がすき過ぎて、気がついたら、ついつい……」


 姫君は、さすがに申し訳なさそうな顔で、そう言った。


「釜の蓋が開かなくなるぞ!(※食べることが、ままならなくなるという意味) いますぐにな!」

「どこに消えてるんだ一体?」

「……やっぱり焼いて食べるか?」

「火鉢と網を出してくる……」

「きっと今日だけですよ! 聞けば、槍の中で何年も食べてなかったらしいですから!」

「そーかい、じゃあ、お前の飯をよこせ!」


 お膳の上からなにもなくなり、しばらく大騒ぎになったあと、再び今度は饅頭が届けられたので、みなは慌てて自分の分を確保して、それぞれの部屋に姿を消した。


 洗い物の当番だった“伍”は、饅頭を食べたあと、昨日の今日で、式神を出す気力もなく、自分は一口も食べていない重箱を持って、井戸の側へ向かっていると、肩に違和感を覚えて目をやる。


 驚いたことにそこには、さっきの小さな龍。お姫様は、また龍の姿に戻ったらしい。お腹がいっぱいになったのか、どこかウトウトしているのが可愛い。


『自分が悪いんだけど、他の人間は、どうも信用ができないっちゃ……』


 そう思った花音かのんは、自分を唯一かばった“伍”にくっついておこうと決めて、肩の上に乗っていたのだが、井戸の側の洗い桶の中に、重箱を置いた少年は、しごく真面目な顔で、「人の姿の時に、もっと小さくなったりできます?」なんて聞いてきたので、子供の頃に聞いた昔話『三枚のお札』という話で、調子に乗って小さくなった山姥やまんばが、餅に挟まれて和尚に食べられた話を思い出して、ぞっとしたが、そうじゃなかった。


 井戸の縁に腰かけた少年が真面目に言うには、「小さいままの姫君だったら、重箱ひとつでも、とんでもない量の食事になって、お腹いっぱいになるんじゃないかと思って」そう言う。


『真理だ……』


 花音かのんは、再び今度は『お姫様、お姫様、小さいヤツ……』そう念じてみると、小さく変身するには、なんの問題もないようで、再び煙が立ち込めたあと、『一寸法師』(※3cm)ほどになっていた。ドヤ顔である。


“伍”は小さなお雛様みたいだなと思った。そしてお雛様はこう言った。


「お腹がすいた!」

「まだ食べ足りないんですか?!」

「いまの変化へんげで、またお腹がすいた!」

「はいはい……」


 井戸の側で重箱を洗っていた“伍”は、すっかり呆れたが、「なにかあったかなぁ」と言いながら、洗った重箱を持って台盤所に行って、“弐”がいつも菓子を隠している壺の蓋を開けて、中を探っていると、一緒に壺をのぞき込んでいた小さなお雛様は、変な顔で外を見ていたかと思ったら、台盤所から、ひょいと飛び出して行った。


「急に、どうかしましたか?」

「……硝子ガラスの壁が壊れて、変なお化けが入ってきている……」

硝子ガラス?」


“伍”が、お雛様の視線の先を見ると、人の目には見えないはずのやかた中に張ってある結界が破けて、この世のものでない『なにか』が入り込もうとしているのが、陰陽師である彼には確かに分かり、お雛様を懐にしまうと、打って変わった真剣な表情で“呪”を唱えだし、なんなくソレを退治して皆に報告した。


「結界の割れ目からコイツが入り込もうとしていたと?」

「そうなんですよ! それに、“龍の姫君”には、結界がちゃんと見えているんですよ! この京の空に張られた結界すらも!」

「見えてる。見え見え……見えない方がおかしい」

「…………」


 隠してあった餅を探し出して、小さく切って焼いた物を、大人しく齧っていた小さな花音かのんは、当然と言った顔で、偉そうにそう言った。


 花音かのんには、変な妖怪を始末してから、アタフタと他の陰陽師に説明している“伍”の結界がどうのとかまったく分からなかったが、ようはこの陰陽師というのは魔法使いで、このタイムスリップした平安世界には、本当に妖怪や怨霊がいて、“結界”と言う名の防犯装置があるようだった。便利で変な世界だなと思う。


 それから真剣に話し合いをしている彼らの横で、食べていいと出された“プリンの山”に、シャベルのように大きな匙を突っ込んで、この世の幸せを味わい、すっかり満足する。


『等身大のプリンなんて、ここは天国か?!』


 タイムスリップしてよかったと初めて思う。そして「食べたあとにすぐ寝ると牛になるって、ひいおばあちゃんが言ってた……」そんなことを思いながら、巨大な匙を横に転がしたまま寝てしまい、真白の陰陽師たちは、妖怪を始末して、結界の修復を終えると、彼女を残して内裏へと仕事に向かった。


 それからあっという間に時間は流れ、花音かのんが、どこからか聞こえる読経の声に、パチリと目が覚めたのは、夕方も過ぎようか、そんな頃であった。


「なに? なになに?」


 横にあった置手紙には、帰りは遅くなると書いてある。読みながら自分の異変に気づいた。勝手に普通の人間サイズに戻った上に、体中に力がみなぎっている。この分だとまた大きな龍になれるかもしれない。


「小さくなって沢山食べる作戦は大当たりだった! コングラッチュレーションわたし!」


 飛び跳ねて喜んでいると、今度は『何か』が硝子ガラスの壁(結界)を割っている音がする。


「なに? 今度は誰?!」


 自分が“龍のお姫様”だという“お墨つき”をもらった上に、普通サイズ? に戻った花音かのんは、余裕の表情で野次馬よろしく音のした方へ向かうと、そこには例の割れた硝子ガラスの壁(結界)と、傘で顔を隠した五人くらいの怪しげな坊主。


『道場破り的な、なにかなんだろうか?』


 花音かのんちゃんには、宗教的な事情も源氏物語のこともサッパリだったが、ここの住人は“神社の関係者”とだけは聞いていたし、見るからに目の前の坊主が、自分を攻撃しようと、ジャラジャラのついた杖を構えたり、なにか呪文を唱え出したので、とりあえず悪者だと決めつけた。


 そして心の中で「龍になれ、龍になれ、デカイ方!!」そう唱えて見たが、まだ食べ足りなかったようで、自分の姿はそのまま、人のサイズの姫君だった。


『しゃーねーっちゃね……』


「こんな時は――、先制攻撃!!」


 そう叫んだ花音かのんちゃんは、重い十二単のかさねを、パッと脱ぎ捨てて、一番手前にいた、なにかお経を唱えだした坊主の側頭部に、思いっきり蹴りを入れて地面に叩きつける。


 花音かのんの座右の銘は、『断じて行えば鬼神もこれをく』(※固い決意をもって断行すればなにものも、それを妨げることはできない)という超強気なものであり、前世で彼女が、まあ人並みに? 平々凡々と暮らしていたのは、『コンプライアンスと法令順守』という現代社会のストッパーが、効いていただけであった。


 それに彼女の親友で、いまは葵の上である『葵』が所属する合氣道は、相手の力を利用する、いわば専守防衛的な武道であり、大会もおおむね『演舞大会』のみであるのに対して、少林寺拳法の大会の演目は、さっくりと説明してしまうと、『演舞(※型の正確さや美しさを競う競技)』に加え、『運用法(※ヘッドギアや防具をつけた乱取りという名の実践的な戦い)』という攻撃的な競技があり、大学によって得意部門すらも違う武道だ。


 そして花音かのんちゃんは“運用法の女神”と言われるほど、運用法を大の得意としており、前世、世界大会すら視野に入っていた彼女の稽古には、女子部員だけでは追いつかず、男子部員、もしくは全国大会優勝レベルの男子のOBが、輪番制で呼び出される強者であり、葵に輪をかけて攻撃的な彼女は、実は内心“ウッキウキ”であった。


 邪魔な長い袴は、腰紐や帯にはさんで、裾をたくし上げて、“もも立ち”をとればいいなんて、もちろん知らないので、適当にたくし上げて、無理やり腰回りに挟んでから思った。


『いまは反則なしだもんね――!』


「くらえっ!」


 彼女はそう言うと、次に杖を突きだした坊主の肺にめがけて、龍の姫君になった恩恵か、物理的に桜色の稲妻のような光が出ている拳を叩きつけ、庭の端まで吹き飛ばしていた。(※もちろん大会的には大反則だ。)


 飛んでいった坊主は、やっぱり硝子ガラスにしか見えない結界とやらにぶつかって、粉々になった結界の下で転がっている。


 花音かのんは、じりじりと下がって行く残りの三人を見ながら『石の上にも三年と言うけれど、ずっと槍になってから、めちゃめちゃ強くなっているな!! 十倍は破壊力あるかも?!』そう思い、残りの坊主と庭で大立ち回りを終えた。


 それから気絶した彼らを、とりあえず縛っておこうと、生垣を縛るために軒下に置いてあるロープで、なぜか昔のマジックショーと言えばアレ! そんなポールモーリアの『オリーブの首飾り』を、適当に歌いながら上機嫌で退治? した五人を庭先に並べた。完勝である。


 そしてまた、『一寸のお姫様』に戻ると、多分“伍”が置いて行ってくれたらしき、お椀を開けて、『小さく切ってあるカマボコ』を、上機嫌でモシャモシャと食べていた。


 帰ってきた真白の陰陽師たちが、縛られて顔の形の原型もない坊主たちを見て、呆れた顔をする頃には、小さくなった花音かのんちゃんは、板の間にあった座布団の上で、どこからか運んできたらしい手ぬぐいを、布団代わりに被り、再びスヤスヤと眠っていた。


 そして彼女には、誠に不幸なことに、慌てる“伍”が止めるのも聞かず、「丁度よかった。役に立ちそうだ」そう言って、結界を張り直し終えると“弐”の干し菓子と、手ぬぐいに包まれた花音かのんちゃんは、慌てる“伍”が止めるのも聞かずに、“六”にどこかに連れて行かれ、爆睡している彼女は、そのことにまったく気づかなかった。



〈 数か月先の真白の陰陽師のやかた/ナチュラリスト大活躍編 〉


 近年、遣唐使が廃止され、元々、輸入品しかなく、高値であったロウソクは、値段が上がる一方であり、真白の陰陽師のやかたでは、まったくと言っていいほど、買うことができなかった。


「やかた中が暗すぎて、桜姫さくらひめ様(花音かのんちゃん)を、いつか踏んでしまいそう……」


 桜姫さくらひめ様(“伍”の命名)は、どこででも気ままに寝てしまうので、“伍”は心配で仕方なかった。


 しかしたまに普通のサイズになると、やはりありったけの食事を食べてしまうので、一応、気を使った彼女は、極力小さくなって暮らしていた。なんのごうか、運命のさがか、龍の呪いか、食べ出すとなくなるまで、箸が止まらないんである。


 ちなみにロウソクに関しては、摂関家は独自の輸入ルートを持っていたため、「儲かるな……」そんな風に、関白は思っていたし、葵の上はロウソク不足には、まったく気がついていなかった。


 ただでさえ家賃を払うのにも四苦八苦していた上に、大変な食い扶持が増えた真白の陰陽師たちには、ロウソクを買う余裕はなく、ある日、“六”に踏みつぶされそうになって、真剣に命の危険を感じた桜姫さくらひめこと、花音かのんちゃんは、普通サイズの“龍の姫君”になると、何枚かの絵と書きつけを用意して、“六”以外の陰陽師たちに指示を出した。


「これでロウソクには困らないし、貧乏からも脱出ができるから!」


 彼らは、誰のせいでこんな貧乏になっているんだと思ったが、とりあえず龍神の言うことだからと、指示されたままに、山に詳しい“参”が中心となって、大量のはぜうるしの実を集めてくると、庭に積み上げた。


 満足そうにそれを見た花音かのんちゃんは、たすきがけをしてもらうと、それから何日も何日も、朝も夜も、せっせせっせと木の棒に和紙を巻いて、なにやら棒(燈芯)を作ってから、今度は何度も何度もはぜうるしの実で作った蝋をつけてゆく。彼女は前世の知識を利用して『和ロウソク』を作ろうと思いついたのである。


“弐”と“伍”も一生懸命に手伝った。“伍”は、桜姫さくらひめのことが純粋に心配であったからだが、「これで貧乏からも脱出ができる」そう言われた“弐”なんて、本業そっちのけであった。


「あれ? 今日の仕事は?」

「忌引きをもらった。祖母が亡くなったから……」

「確か数年前に、三人くらい亡くなっていませんでした?……いったっ!」


“弐”と“伍”が馬鹿な会話をしていると、そこに式神を連れた物忌み中の“四”がやってくる。うしろにいる式神たちは、なにか沢山の木箱を抱えていた。


「木型が届きましたよ」

「ありがとう!」


“龍の姫君”が精密な指示と共に、木型の元絵を描いたので、木型は期待通りの品が出来上がっている。(※花音かのんちゃんは、大学内の超少数派である芸術学部の学生であったので、けた違いの絵の上手さと、的確な指示が出せたので、間違いはなかった。)


 そのあとの工程も『時空を超えたナチュラリスト花音かのんちゃん』の指示と、陰陽師たちの努力によって順調に進み、その翌年、いままで使用されていた蜜蝋みつろう(※蜂の作り出したろうでできたロウソク)の約五倍の明るさもある、本来はもっと先の時代の発明品であるはずの『和ロウソク』は完成した。


 商品に付加価値をつけるべく、桜姫が季節の花の絵を描いた品や本物の季節の花を、美しく散らしたロウソクは、貴族の中でハレの日などのプレゼントに大流行して、それはとんでもない値段の高さと、入手困難な人気の品になる。


 その後も次々と花音かのんちゃんは、石鹸やタワシなど、生活必需品と自分が思う物を、普通サイズで、やかたの中で製作に勤しみながら、平和で楽しい毎日を送っていたが、食事時になると「早く小さくなって下さい」そう言われるのが日課となっていた。


 そんなある日、今日も今日とて物理的に小さくなって、御弁当を食べていると、嫌なヤツがやってきて、食べるのを止める。


「なに? なんの用?!」

「用があるからきたに決まっている……」


『大火のあとの事件』で、大変な目にあわされた小さな花音かのんちゃんは、匙を槍のように構えて、やってきた“六”を、上目遣いで睨んでいたが、彼はゴソゴソと懐に手を入れると、“弐”に銀二もんめ(約 10,000円)を渡して、綺麗な押し花が入ったいま、もっとも姫君に人気のプレゼント『花模様アロマ入りロウソク/睡蓮』を、色違いで二本購入して、綺麗な料紙に包んでいた。


「誰にあげるの?」

「…………」


 返事はなかった。



 それからまた月日は流れ、大槍の深緋こきひは新しく立て直された内裏に大切に保管されることとなり、桜姫さくらひめと呼ばれている花音かのんちゃんは、そのまま、やかたで暮らしていた。


 しかしながら、さすがに桜色の長い髪は、目立ち過ぎるし、陰陽師のしゅもかからなかったので、花音かのんちゃんは、ほとんどやかたの中で過ごし、たまに『一寸のお姫様』のサイズで、“伍”に手提げのカゴに入れてもらって、時々、カゴの隙間から京の見物をしていた。



 そんなある日、ふとしたことで、葵の上として暮らしている『葵』ちゃんに気づき、旧交を温めた花音かのんちゃんは、ここが源氏物語という『物語』の中にある平安時代とよく似た物語の世界風の場所だと聞いて、ざっくりと粗筋を聞いたあと、「これから一緒に、ソイツを池の橋の欄干に、逆さ吊りにする?」などと、光源氏に対して柳眉を逆立てながら、かなり物騒なことを言い出したが、さすがにまだそんなことをする理由は、残念ながらないと言ってから、相変わらずだと思い、葵は同意しつつ、そのアイデアを保留した。



 そして遠い未来、中務卿なかつかさきょう宿直とのゐで留守の際に、やかたに帰っていた葵の上の元に、こっそり忍び込んだ光る君は、丁度、泊まっていた一寸の小さな花音かのんちゃんに、思いっきり鼻の頭をジャンピングパンチされて、自分が散々、笑いものにしていた末摘花の姫君のように、鼻の頭が真っ赤になってしまい、痛さの余り転げ回って、やかた中の女房に見つかる大騒ぎを起こし、「ちょっとは反省したらどう?」そんなことを、小さくて見えない花音かのんちゃんに耳元で言われて、なにかしらの祟りに違いないと思いながら逃げ帰り、一生治らなかったらどうしようと、誰にも会わずに、鼻の頭を真っ赤にしたままで、何日も熱を出して寝込んでしまったのでございました。


「あ! アイツを逆さ吊りにするの忘れてた!」


 小さな花音かのんちゃんは、次の日、迎えにきた“伍”の手提げカゴの中で、うっとりと沢山のプリンに囲まれながら、それを思い出して残念に思っていたが、あとで彼には朱雀帝が、凄まじい雷を落としたと聞いて、「それならまあいいか」そう思い、陰陽師の力と自分の知識を利用して、なんとか木製の冷凍冷蔵庫を作るのに、最近は試行錯誤していた。


 ナチュラリストだけど、京の夏の食品衛生の悪さには、根を上げたのである。


 閑話休題

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