第48話 輪舞 6
正式に発売後、国内の貴族階級の女君や姫君の間で、またたく間に人気を得た“
葵の君は、
唐に渡った“
やがては葵の君の予想通り、シルクロードに乗って、平安の世の日本では、未だ存在も知らぬ、ヨーロッパの国々へも輸出されてゆく。
そうして世界中の女性の抱えていた、重金属の
なぜ葵の君が、世の女性のためという大きな思いとは別に、並ぶべく家もない摂関家の姫君に転生を果たしながら、自分自身の財産の確保に思い当たったかといえば、自分が今現在どんなに高貴な身分であろうと、たとえ『薬師如来の具現』と、もてはやされようと、御祖父君や父君の意向次第では、明日の朝、目が覚めた時には『第二皇子/光る君』と結婚が決定していても、おかしくはない弱い立場だと、数日前、母君に届いていた帝の手紙で、改めて気づいたからであった。
実際、元々の源氏物語でも、葵の君は東宮妃候補として、大切に育てられていたにも関わらず、左大臣の光る君への傾倒のあまり、あっという間に結婚を取り決められていた。
本来であれば、すでに亡くなっていた関白、御祖父君の講義を通して、平安の世界における、
手紙を見ていた、その時の母君は、帝からの手紙を『左大臣家の姫君』の
ソレを火鉢にくべようとした時に、丁度、父君がやってきたので、母君は手紙を硯箱の中に素早く隠すと、父君と一緒に北の対に姿を消した。
脳内で真っ赤な
「煮え切らない……嫌な男」
眉をひそめて、個人的な感想を呟く。
しかし、その持って回った、遠回しな内容だからこそ、まだ逃げ道があるのも事実で……。
真っ白な顔で震えながら、手紙を元通りに戻し、努めてなにもなかったかのように振る舞うと、誰の邪魔も入らない御堂に閉じこもり、対策をゆっくりと考えた。
嫌な相手には無関心が一番とも言われる。が、実際のところ無関心だけでは、光源氏との結婚は、避けきれそうにない。
燈台の灯りに、小さな薬師如来像の横に飾られた、怨霊の力を振り払った
あの時の石の枕のように、降りかかる災厄を、すべて叩き切れたらいいのにね。物騒なことをチラリと考えて、深くため息をひとつ。
母君はなぜか気が進まない(だからこそ手紙を握りつぶすべく、隠したのであろうが)ご様子だが、手紙が示すように、自分の身に『光源氏との結婚』が迫っているのは確実であった。
『
そんなことも思ったが、いくらなんでも、摂関家の姫君が、行方不明になれば、見つかるまで捜索されるだろうし、
薬師如来の具現と言われている割には、元の葵の君を守り切れなかった僧侶には、彼女はあまり信頼を置いていなかった。
それに
『出家する?』
しかし、ほとんど修行らしい修行もない『バーチャル出家』でもよいとはいえ、よくよく考えれば、出家すれば精進料理一択。大好きな動物性たんぱく質が、食べられなくなるのだ。
せっかく左大臣家の食べ物も、おいしくなりつつあるのに! いや、出家以外、他にも方法があるはずだ。
彼女は自分の一生と、食い意地を同列に考える、食生活にこだわりが過ぎる、残念な女でもあった。
「怨霊事件を解決して、恩を売るのはどうだろうか? それとも……」
行儀悪く床に敷かれた畳の上で、あおむけになって、寝転がっていた葵の君は、自分が巻き込まれた帝にも関わる、怨霊事件を思い出すと、悪い笑みを浮かべ、ガバリと身を起こした。
第一皇子には、御祖父君のスパルタ教育を受けてもらい、もっと強くなってもらおう。わたしだって耐えたんだから、将来の帝である彼には、その義務と責任があるだろう。
近頃の帝のうわさを聞くにつれ、叩けば埃の十や二十は、出てきそうな感触は十分。勝機は見えたり! 彼女は思った。
大会前の最終日のように、円陣を組んで、大声で自分の抱負を叫べないのは残念!
あと、出仕したらできるだけ、『生意気で賢い女アピール』にも励もう! この時代の基本的な『モテ』の必須条件のひとつは、賢さをひけらかさず、漢字が読み書きできないほどの、頼りなさをアピールすることらしい。
御祖父君が、わたしを勉強地獄に追い込んだのは、どう考えても高級官僚である
内裏に出仕している間は、積極的に公務に励み、私生活(そんなものあるのかな?)でも『
刷り込み! いまから自分のことは、嫌な女だと光る君に刷り込んで、同時になるべく、
本妻を祟り殺すくらい、執念深い彼女のことだから、結婚さえ成立させてしまえば、監禁してでも、光源氏の女遊びを止めるかと思う。
わたしや周囲の姫君たちの幸せのために、是非とも頑張って欲しい。
初めからカップル成立がなれば、もし今回の怨霊が、
そういえば、母君の同腹の兄妹の夫に、先立たれた未亡人だから、嫁と小姑関係の母君から、引き出せる情報があるかも!
思い切って、
そう彼女は思い、固く決意を固めると、ぐっと小さな拳を握りしめていた。
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