第3話 第一皇子の憂鬱

〈 時系列は意識を失った“葵の君”が、“葵”とトンネルの中で、心と体が入れ替わった数週間前に巻き戻る 〉


 みかどの第一皇子である朱雀すざくの君は、最近の出来事を振り返りながら、ここしばらく病に倒れ、寝込んだままの娘の病の平癒を祈願する左大臣が出した大和国やまとのくに(奈良)の薬師寺に向かう、京から大和国やまとのくにまで連なろうかという大行列の一行に、みかどの代理、代参だいさんとして加わっていた。


 皇子は父であるみかどには似ず、ともすれば人形のように冷たい印象を受ける、母である弘徽殿女御こきでんのにょうごに、瓜ふたつの冴え々々とした美貌の持ち主で、当年とって八歳の大人びた雰囲気の少年である。


 性格はと問われると、見かけによらず、先帝であった御祖父君と似た、真面目で温厚ではあるが、少し遊び心を持ち合わせた性格であり、なにひとつ欠点のないように思われていたが、みかどの最愛の桐壺更衣きりつぼのこういが生んだ、どこか恐れを抱くほどに美しく、年を重ねるごとに、末恐ろしい才の片鱗へんりんを見せる“第二皇子”が生まれて以来、みかどにとっては、「取りたてるほどの取りもなく、面白みのない凡庸な、影の薄い存在になってしまった」と言うのが、世の中の評価であった。


 皇子は自分が、今上きんじょうである桐壺帝の代参だいさんとして、わざわざ大和国やまとのくにまでおもむく旨を伝えた時の“ちょっとした”内裏の騒ぎを思い出しながら、道を行く牛車に揺られていた。


 手にしたしゃくをもて遊んでいると、ふと小窓から見えた外の光景に驚く。


 数年来の飢饉が続き、諸国には病が蔓延まんえんしているという話を、外祖父である右大臣から耳にしてはいたが、ポツンポツンと点在する粗末な小屋には、料理をする煙も上がらず、道端では貧しい身なりの民草や子供たちが、行列に向かって餓鬼のごとき様相で物乞いをしていて、思わず息を飲む。


 前世の報いが今生の生まれと言われ、貧しい者や醜い者は前世の行いが悪いと、切り捨てることの許される時代ではあったが、それにも“ほどがある”と彼は思った。


 帝を中心とした宮中や、官僧が支配する御仏みほとけの世界が、栄耀栄華の頂点とすれば、このように弱り切った民草を見捨て、自身のことしか考えず、儀式や行事ばかり熱心に行うふるまいは、“前世の報いが今生の生まれ”という教えが本当であれば、とても正しいことではないのではなかろうか? 彼の胸の奥にはそんな疑問がわき、牛車の中で深く考え込んでいた。


 現代人の葵が知れば、なんてしっかりした子供だろうと驚いただろうが、成人年齢が早く、平均寿命も短い平安時代においては、彼くらいの年頃になれば、このくらいには物事を把握していた。(周囲も同様である。)

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