第2話 プロローグ 2
〈 病に伏せていた小さき姫君、葵の君(葵の上)のくだり 〉
源氏物語、つまり物語の中にある平安の都で意識を失った、幼い葵の君(のちの葵の上)は、暗がりで目を覚まし、あてもなく前に向かって歩き、ひとりの不思議な
自分の目線までしゃがんで、ニッコリとほほえむ不思議な
「そなたは誰か?」
「わたし? わたしは葵」
降嫁された帝の妹、内親王であった母を持ち、貴族の頂点である摂関家の後継者、左大臣の娘である自分が、こんな粗雑な受け答えをされたことは初めてであった。
が、
そう考えれば、
そして本能的に、葵の君は、自分と同じ“葵”という名の
半死半生に近い身で、精進潔斎して一週間。きっとこれは
小さな“葵の君”は、不思議な
それを打ち消すことは簡単だったけれど、なぜか彼女の言葉は、本当だという確信しか浮かばなかった。
自分はこの先、健康を取り戻したとしても、血筋と美しい顔、そして数多い芸術の才能を持ちながら、性癖に難のありすぎる元皇子と結婚し、そのせいで
そのときに産んだ子供は、母君が育ててくださるそうな。子は女親の実家が見るのが世の常とはいえ、娘の幸せを願って、常日頃からかわいがってくださる両親よりも、先立つ不孝に胸がつまる。
「…………」
「大丈夫!? しっかりして!!」
しっかりなんて、もうできない……。
いままで生まれた身分に、常にふさわしくあろうと、自分を律し、誰よりも格式高く厳しい生活を送り、さまざまな教養も身につけてきた。
疲れやすい虚弱な体には、つらい毎日ではあったが、常に努力し重圧に耐えられたのも、いずれ中宮となり、一族や国家の繁栄を担う責任感と、なにより愛情に溢れた家族の将来の幸せを担う一翼である自負だった。
それが、それが……。
「わたくしを、わたくしの代わりにわたしを、そして家族を救って……」
もう耐えきれない……。
地面に倒れそうになる自分を、軽々と抱き上げた
なにかの助けになろうかと、高名な陰陽師から授かったという、首から下げていた小さな宝珠を彼女に手渡す。
「うん、分かったからしっかりして! なんでも聞いてあげるから、元気を出して!!」
「よかった……。お願い、お願いします……」
彼女の励ましを耳にしながら、葵の君は再び暗がりの中に、意識が消えてゆくのを感じた。
かくして彼女と彼女、『葵』と『葵の君』の魂は入れ替わったのであった。
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