第60話 小夜曲 1
翌日の夕刻、葵の君は自分あてに届けられた、大きなプレゼントを目にすると、いまの自分の年齢ゆえに、伝えぬままの大切な気持ちを思い出し、小さな手で胸元を押さえていた。
目の前には、
母君の
それから、まるで目の前の
いっそのこと知らないまま、気のせいにしたまま、閉じ込めて置いた方がよかったのかもしれない……。鏡に映る自分の姿は、どこから見ても子供であった。
添えられた正式な裳着の祝辞とは別に、
もちろん二度と無茶はしないようにとの注意書きも。
取っておきたかったが、念のために火鉢で燃やす。
そっと手を胸元から
本当は初めて会った時、あの時の彼の眼差しに、自分は生涯にただ一度、物語の中のような、深い恋に落ちていたのだろう。
そして、彼の優しさも思いやりも、厳しさをも想い、ただただ愛おしさが増して溢れだし、これが恋愛感情というものだと、やっと気がついた。
ほぼ大人であった前世にいた頃ですら、愛も恋も
滑らかな陶器のような頬が、胸の内を表すように紅潮し、ついたため息は、十歳になったばかりの幼い姫君とは思えぬ、甘い憂いを含んだものだった。なぜかこみ上げた涙が一筋、頬を伝う。
『わたしが大人になったら、わたしが愛した貴方は、わたしを愛してくれますか?』
葵の君は
「まあ、これは“
「ら、ら、
葵の君は、
葵の君は驚いて、立ったまま
「これは、代々の帝が愛用されていた国の宝であり、
一息にそう言った母君は、まるで吸い寄せられるように、
「
「そんな、そのような、大切な品を頂く訳には……」
母君はオロオロと立ったり座ったりを繰り返す姫君の紅潮した頬を見ながら、なにかを考えていらっしゃるご様子であったが、やがて口を開く。
「きっと恐ろしい出来事に巻き込まれ、仕方のないこととはいえ、
「はい……」
そんな国宝級の
『不釣り合い』
そんな言葉が、東京証券取引所のサークルに浮かぶ、株価のように光りながら、脳内をグルグルと回る。
その日の母君の目は、常にないほどに座り、葵の君は数刻“
母君が内親王時代に、どんなに欲しがっても、同じような品を探すのは難しく、諦めて我慢していたらしい。そんなに欲しかったのかと、葵の君は少しおかしかった。
『目の色が変わっている』
天然のお姫様で、マリー・アントワネットそこのけの母君が、我慢したことがあったなんて! 少し感動するよね!
母君に手本を弾いて欲しいと、さりげなく“
母君のさすがの腕前に、
やがて母君は、再び
しかし今日は、この
ひとりになった葵の君は、どこかぼんやりと、普通の姫君のように、
いつの間にか空からは大きな牡丹雪。
気を紛らわすように、少し怖いと
やがて春がきて桜の花が散る頃、いよいよわたしは内裏に出仕して、光源氏とも対峙しなくてはならないのだ。数年後の悲劇を避けるため、この件だけは避ける訳にも、負ける訳にもいかない。
いまは確か六歳になったはず。アレと結婚させられたのは何歳だったっけ? 十五、十六……あと五~六年先か。
確か前世でも十六歳で結婚できた記憶が……。
わたし的には早いけど、この時代では十三歳から結婚できるし、いまなら十六歳でも結構、遅いよね。なんなら、それよりみなさん割と結婚早いみたいだし。(兄君とか)
彼女はしばらくして、不意に頭の中に浮かんだ考えに目を大きく見開く。脳内には巨大なエクスクラメーション・マーク!
『ちょっと待って! 十三歳で結婚してもいいなら、わたしが十三歳になったら
光源氏との迫る結婚に怯えていたくせに、どうして思いつかなかったんだろう?!
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